残酷な遊戯
翌日、喜之助は小屋を引き払い、別の場所に移った。
また同じく小屋を建てようと考えたが、気が乗らずにやめた。
もう山で生活するのは、懲り懲りだったのだ。
わしも麓へ降りて、自由な生活がしたい。
いつまでもこんな山の中で、ひっそりと暮らすなんて。
誰からも相手にされず、一人でさびしく死んでいくのは、寂しすぎる。
もう、山を降りよう。
喜之助は決心した。
この時、喜之助は十五才。
身体も立派な大人の体格に、なっていた。
武家の子なら、元服式を既に迎えている。
だが元服式をしようにも、両親は死んでいるし、誰も引き取ってくれる者もいない。
喜之助は誰も武士として、認めてくれないのである。
山を降りるのは構わないが、どうやって生活していけばいいのだろうか。
通常、武士は主君から棒祿をもらって生活しているが、喜之助に棒祿を出す主君はいない。
ならば、それでいい。
人を殺して、金を奪って生活するさ。
喜之助はその晩山を降り、準備資金として一軒家を襲う事にした。
小屋には、明かりが漏れていた。
格子窓から覗くと、一家団欒の食事のひと時であった。
両親が二人に、子供が二人。
女の子と、男の子だった。
女の子の方が体が大きいから、姉であろう。
その一家は鍋から雑炊をすくって、食べていた。
母親が小さい男の子の口元に雑炊を持っていき、食べさせている。
女の子は父親の膝の上に抱っこされて、雑炊をすすっていた。
一家水入らずの、楽しいひと時。
喜之助はその楽しいひと時を見て、無性に腹が立った。
あの家族はあんなに幸せなのに、俺は両親を殺さ、泥水をすする毎日を送っているのに!
世の中、不公平だ。
喜之助は、神仏を呪った。
神に祈っても、通ずるのは悪魔でしかない。
自分の境遇をあの家族にも、味合わせてやらなければ気が済まない。
喜之助は足で、扉を蹴飛ばした。
扉はもろくも、倒れてしまった。
家族四人、ビッグ仰天している。
外は寒かったために、囲炉裏の火が暖かく感じられた。
「失礼ながら、ご無礼つかまつる」
喜之助は正国を抜きながら言った。
「何よ、あんた?!出てってよ!?」
母親が喜之助の刀を見て言った。
「拙者は誰の命令も受けぬ、世捨て人じゃ。
怒らせると、ためにならぬぞ」
喜之助はすぐさま、母親を斬った。
目の前で母親を無残に殺された子供たちは、泣き出した。
父親はその子供らを両腕に抱いて、かばっている。
「一体何のつもりで・・・。
金ならいくらでも・・・」
無論、金銭目的もあったがそれだけではない。
わしは自分の苦しみを他人にも、分かち与えたいのだ。
「お主、その子供らはかわいいか?」
喜之助の予想外の質問に、父親はキョトンとした。
「ええ、そりゃあもう・・・。
この幼子の命だけは、ご勘弁願いやす・・・」
喜之助は父親の前に、正国をポン、と投げた。
「ならば、かわいい我が子を守ってみよ。
父親ならば、守ってみよ。
その刀で、わしを斬るがよい。
わしは手に、何も持っておらぬ。
無防備じゃ。
例え斬れぬとも、かすり傷でも負わす事が出来れば、お前ら三人の命を助けてやろうではないか」
冷酷な遊戯だったが、かすり傷でも負わせれば本当に助けるつもりだった。
父親は震える手で、正国を取った。
刃には、先程の母親を斬った時の血で濡れている跡がついている。
「どうした?いつまで待たせる?」
踏み込めないのが分かっていたにも関わらず、喜之助は急かした。
「わしを斬れぬのならば、あの二人の幼子、わしが斬ってくれようぞ」
喜之助はなかなか踏み込めない父親を焦らすために、わざと言った。
父親はそれを聞いて、我が子を殺されてなるものかと向かってきた。
だが父親の刃は、喜之助にやすやすとかわされてしまった。
喜之助は両腕を組んで、平然としている。
「ちゃんと狙え。お前の妻を奪った憎き仇をな」
父親は激怒した。
しかし次も、喜之助にかわされた。
刃は代わりに鍋を吊っている自在鉤に、当たってしまった。
鍋は中身を、火焚場にぶちまけた。
「次が最後じゃ。
今度外したら、お前の命はない」
父親は、額に汗を垂らした。
喜之助の言う事が本当なら、今度こそ失敗すれば娘と息子を殺されてしまう。
父親は喜之助を真っ二つにするつもりで、刃を振り上げた。
だがその刃は、喜之助が真剣白刃取りで受け止めてしまった。
「その眠くなるような動きでは、このわしを斬る事は出来ん」
喜之助が一気に両手の平を下に振り下ろすと、刀は握っていた父親の手から離れた。
父親から取り返した正国を、喜之助は再び握り直した。
「約束じゃ。お前ら三人は死んでもらおう」
言うが早いか、喜之助は父親の首を正国で斬った。
父親の首筋から吹き出した血が、幼い姉弟に降り注いだ。
喜之助は一瞬、子供だけでも助けようかと迷った。
しかし生かしておいては、この先親の仇討ちなどされては面倒だ。
人と思わず大根だと思って、ぶった斬った方がいい。
喜之助は泣き叫ぶ姉弟に斬り、金を奪った。
殺人の快楽に酔いしれながら、小屋を後にした。
もう人を斬って殺すという事自体、造作も無くなっていた。
人を殺すのが慣れてしまったのだから、今度は剣の技を磨きたい。
次からは、剣の使い手に勝負を挑むのだ。
そのためにも、こんな山の中にいてはダメだ。
喜之助は東海道を下り、一路京都へ向かった。




