喜之助という男
その時、背後から山賊の頭領とおぼしき人物が声を上げた。
「この者たちを生かして返す分けにはいかぬ。
我々の顔を見られておる。
この者たちが町へ下りれば、我々にどんな被害を及ぼすかも知れぬ」
「め、滅相もござえやせん。
あなた様方の事は、町へ戻っても決して口外いたしませぬ」
喜多八が慌てて顔を上げて、説得を試みた。
「そうかな?噂は口にて広がる。
その口がお主たちには、ついておる」
弥次郎兵衛と喜多八の決心は決まった。
ここは逃げるしかない。
突然、二人は脱兎の如く逃げ出した。
共に全速力で逃げるのではなく、別々の道を逃げた。
そうすれば一緒に逃げるよりかは、敵の数を分散させる事が出来るからだ。
敵も二手に別れて、追ってきている。
走ってる弥次郎兵衛の心臓は、今にも破裂しそうだった。
しかし、今走るのをやめたら永遠に休む事は出来なくなる。
走り疲れてしまう事は、死を意味していた。
弥次郎兵衛よりも、山賊の方が足が早かった。
山賊の一人、編笠を被った男は弥次郎兵衛に追いついた。
弥次郎兵衛を一刀両断の元に、斬り捨てた。
大量の血飛沫を出して弥次郎兵衛は膝を地面に付くと、絶命して倒れた。
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一方喜多八の方だが、何とか追っ手を巻く事に成功したようだ。
走りながら振り返って見ると、誰もいない。
この分なら、何とか生きて山を降りれそうだ。
そう思っていた喜多八の足が、急に止まった。
何故なら喜多八の手前には、先程の編笠を被った男が、立ちふさがっていたのである。
その男は編笠を深く被っているので、こちらからは顔がよく見えない。
静かに刀を抜いてきたのを見ると、喜多八の顔は青白くなった。
「旦那、命だけは助けてくれ。あんたは情けってもんを持ってねえのか」
「いや、生憎だが持ち合わせていない」
そう言い切ると、その男は喜多八の腹に刀をブスリと突き刺した。
刀の先端は、喜多八の背中から貫通して出た。
喜多八は口から血を吐き出しながらも震える手で最後の力を振り絞り、相手の編笠をつかんだ。
紐がほどけて、喜多八は編笠を握ったまま地面に倒れた。
男の顔が明らかになった。
年は二十代半ばで、一辺の喜怒哀楽も出せぬ無表情な顔つきをしている。
男が刀を鞘に収めると、仲間の山賊たちが息せき切って現場へ到着した。
「遅かったな。もう一人もこの通り、俺が始末した」
男は遅れてきた仲間に、状況を説明した。
「さすがは喜之助だな。ちゃんと獲物がどこに逃げたか、お見通しだ」
たどり着いた仲間が、感心して言った。
「今日の仕事はこれで終わりだ。
引き上げるぞ」
喜之助と呼ばれた男は編笠を被り直すと、仲間たちを尻目にその場から去った。
喜之助の後に続き、山賊たちは何処ともなく消えて行った。
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遠州の森。
夜も更けて山賊たちは火を焚いて周りを取り囲み、酒盛りをしていた。
「さて、今日の仕事の結果だ。
あの二人、金は七千文と八千文しか持って無かった。
ケチな旅人だな。
合わせて一万五千文。
取り分だが、刑部 が四千文。
わしと喜之助が、二千文。残りが各一千文ずつだ」
山賊の副官、伊丹重蔵が金の配分について説明している。
それを聞いていた喜之助は地面の上に寝ていたが、ゆっくり起き上がった。
「俺の取り分は、三千文だ」
喜之助は、横から口を挟んだ。
「てっ、てめえ!そこまで取りやがったら、俺たちの分はどうなるんだ?!」
残りの者が声を荒げた。
新参者の態度のデカさに、立腹した様子だ。
その時、奥に座っていた一番年配の男がしゃべった。
「まあ、待て」
この男こそはカマイタチの頭領で、大谷刑部といった。
「喜之助の取り分は三千文にしてやれ。
残りの者どもの分は、わしの分から差し引いておけばよい」
「は、ですが・・・」
「いいから言われた通りにしろ!
このわしの命令は絶対だ!」
刑部は語気を荒げた。
重蔵はしぶしぶ喜之助に三千文を渡し、他の者に一千文ずつ渡した。
「じゃあ、俺はここらでお暇させてもらうぜ」
もらった銭を懐に入れ、立ち去ろうとした喜之助に残りの者たちが立ち塞がった。
「喜之助。お前だけ三千文とは、どういう了見だ?」
皆、納得いくまでここを通さぬ、と言った感じである。
「俺がいなかったら、あの旅人二人にうまく逃げられていたではないか。
俺が受け取る報酬がお主らより高いのは、当然だ」
「てめえー!」
山賊の一人、土門源三郎が喜之助を斬りかかろうと、刀に手をかけた。
しかし喜之助は源三郎が刀を引き抜くよりも早く抜刀し、源三郎の喉元に当てた。
「ここで死にたいのか、えー?」
喜之助は冷酷な表情のまま言った。
源三郎は先程の威勢とは打って代わって、大人しくなっている。
「待て!喜之助の言う事も、もっともじゃ。
あの二人に逃げられては、今頃厄介な事になっておった。
どうかこの場は、わしの顔に免じて許してやってくれい」
刑部は血相を変えて、飛んできた。
「同士討ちなどは、言語道断。
皆、相分かったな?!」
刑部は有無を言わせぬ、と言った態度で皆を牽制した。
「刑部がそこまで言うんなら・・・」
皆、戦意消失した感じである。
荒くれ者の仲間が大人しくなると、喜之助は刀を鞘に収め、黙ったままその場から立ち去った。




