カマイタチ
1601年、徳川家康は江戸と京都を結ぶ東海道に五十三の宿場を整備した。
東海道に宿駅制度が整えられたのは、今から四百年も前の事である。
東海五十三次には大名行列だけでなく、大勢の庶民もその街道を利用したのだが、そこには旅人を襲い、金銭を強奪する盗賊がいた。
その盗賊は次々に場所を替えては金品を奪い、挙げ句には
旅人を殺してしまうという残虐極まりない輩だった。
常に神出鬼没で今日箱根に現れたと思えば、半月後には鈴鹿の山中に現れると言った具合で、潜んでいる場所も特定出来ない。
道中奉行所も、手のうちようが無かった。
いつ何処からか現れ疾風の如く消える盗賊は、いつの間にか「カマイタチ」と呼ばれ、旅人連中に恐れられていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
東海道五十三次の一つ、とろろ汁で有名な丸子宿。
そこの旅籠では明け方から、二人の客が出発しようと土間で草鞋を履いていた。
そこへ旅籠の主人が、見送りにきた。
「旦那方、気をつけてお出掛け下せえやし。
近頃じゃあ、カマイタチって言う恐ろしい無頼の集団が山中に出るっていう噂ですからねえ」
話しかけられた若い男の一人が、草鞋を履き終わって振り向いた。
「ああ、その話しは平塚でも聞いた。
金を奪われた後は、必ず息の根を止めるってな」
「情け容赦なく一人残らず殺されるんで、誰も盗賊連中の顔は分からねえって話だ」
もう1人の連れも、話し始めた。
店の店主は、心配になってきた。
この二人、丸っ切り他人事のように感じているからだ。
「いや、私が言いたいのはですね、お客さんの事ですよ。
くれぐれも、山ん中に入る時は気をつけて。
もし身の危険を感じたら、すぐに引き帰すことです。
さもねえと、殺されて後から白骨死体で見つかるだけだからねえ」
「平塚で聞いた話じゃあ連中、最近は箱根山中に現れるって噂らしいな」
「心配ない。箱根から岡部まで行っても相当かかる。
連中、今頃は由比の山だろうよ」
「まあ、何にしても無事に行って下せえな」
二人は宿の主人に別れを告げると、三度笠を被り、一路岡部へと出発した。
岡部宿に至るには、途中から山に入らねばならない。
二人は駿河道中の難所、宇津ノ谷峠へと差し掛かった。
うっそうと生い茂る樹木に、太陽の光はほとんど遮られている。
「弥次さん、この辺りで休憩しねえか。
おいらの草鞋、鼻緒が切れちまった」
「喜多さん、そうしたいのは山々だがね。
日が暮れる前には、どうしても着いとかなきゃならないんだ」
前を歩いていた弥次郎兵衛は、後ろの喜多八へ振り返って言った。
「弥次さん、そう硬い事言わねえで・・・」
その瞬間、二人の背後の茂みがザワザワと鳴った。
二人がギクリとして振り向くと、そこには十人ばかりの物騒な輩が姿を見せていた。
しかも、腰には刀が。
一目見るなり、弥次郎兵衛ははたと気がついた。
もしかすると、コイツらが世間を騒がしているカマイタチではないか。
カマイタチの正体は、落ちぶれた浪人たちだったのか。
弥次郎兵衛と喜多八は、無意識の内に後ずさりを始めていた。
その時突然、その連中が口を開いた。
「お主ら、我々の事は知ってるか?
我々はカマイタチと呼ばれる山賊集団だ。
今すぐ身の回りの物を、置いていくがよい。
命は助けるつもりじゃ。
しかし我々の言う通りにしないと言うのなら、お二人には死んでもらわざるを得んな。
さあ、どっちを選ぶ?
我々の恐ろしさを知っていれば、もちろん生きて帰る方にするが」
弥次郎兵衛と喜多八、この二人には考える余地は無かった。
相手は十人からなる武装集団である。
こっちは二人。
勝てる分けがない。
しかも弥次郎兵衛と喜多八も刀を持った事すら無かった。
この連中は人を殺す手練れなのだ。
二人はすぐに所持金を差し出し、持っていた旅道具も連中に渡した。
弥次郎兵衛は心臓が、高く波打つのを感じた。
喜多八も同様、体中の毛穴から汗が出ているのを感じた。
とにかく今は連中の言う事を素直に聞いて、山を下りる他ない。
果たして自分たちは、生きて帰れるのだろうか。
それを考えただけで、二人は背中に寒気を感じた。
「持っている物はこれだけです。
どうかこれで勘弁して下せえ」
弥次郎兵衛は震えながら、腹の底から精一杯の声を出した。
最も、山賊たちには蚊の鳴くような声にしか聞こえなかったが。
弥次郎兵衛と喜多八は、額を地面にこすり付けて命乞いした。
連中の言う通りにしたのだから、これで山を降りれる。
だが待てよー。
このカマイタチは姿を見た旅人を、決して生かしてはおかなかったのではなかったのか。
喜多八はここは、連中の隙をついて逃げるべきだと考えた。




