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友の死

喜之助は後退しながらも、正国を抜いた。

熊に向けて構えると、熊は鋭い爪を持った手で、喜之助に襲いかかった。

喜之助は身を引いて、突進をかわした。

もしかわし損ねていたら、爪で肉をえぐられていただろう。

熊は再び、手を喜之助に向けてきた。

だが喜之助は、その手を正国でぶった斬った。

切断された片手が地面に落ちると、熊は怒りの咆哮(ほうこう)を上げた。

今度は凄い勢いで、喜之助に向かってきた。

喜之助は、無我夢中で逃げた。

しかし、熊の方が早かった。

これでは、逃げ切るのはムリと分かると正国を抜いた。

熊は近くまでくると四つ足で走るのをやめ、二本足で立った。

その隙に喜之助は、熊の腹に正国を突き刺した。

まだ熊は倒れない。 

正国を引き抜くと、今度は別の場所に刺した。

これでも、死なぬか。

熊はヨロヨロとふらつくと、喜之助もろとも下敷きにして倒れた。

喜之助は必死の思いで、熊の体の下から這い出した。

もう死んでいるのだろうか。

試しに、足で蹴ってみた。

ピクリとも、動かない。

どうやら、死んだらしい。

やれやれ、押し潰されて死ぬかと思った。

それにしても、正国を持っていなければ、今頃は死んでいただろう。

この刀は強運の、守り神だ。

喜之助はこれからも、正国は決して手放さないと固く決めた。


    ――――――――――――――――――――――――――


その日の晩飯は、熊の肉を食べた。

あの熊は、食べてもらうために現れたに違いない。

しかし、肉を食ったのは生まれて初めてだ。

こんなに旨いとは、知らなかった。

日本人が肉を食するようになるのは明治からである。

喜之助は野良犬が他の動物の死骸を食べるのを何度も見てきたので、肉が食えるのは知っていた。

喜之助は傍らにいる小太郎に言った。

「それにしても小太郎、お主はわしがいくら話しかけようとも、一向に話し返さぬのだな。

もし望みが一つだけ叶う、というのであればお主と話す事が出来る、というのを選択するぞ。

お主と話が出来てもええような気がするがの。

まあ、そうならぬのもこの世の不便な所じゃ」

喜之助は小太郎に、肉を一切れ差し出した。

「お主は肉、いるか?」

しかし小太郎は、首を甲羅の中へ引っ込めた。

「そうか、いらぬというのじゃな。

今日はこの辺で寝るとするぞ」


   ――――――――――――――――――――――――


その夜、喜之助は小太郎の夢を見た。

夢の中では小太郎は、巨大な怪獣のように大きかった。

小太郎は鎌首を喜之助の近づけて言った。

「そんなにこのわしと、話がしたいのか。

よかろう、話し相手になってやろう。

何なりと聞くがよい」

喜之助は夢の中で、体が硬直して動けなかった。

恐ろしくて、声が出なかったのだ。

「どうした、このわしと話がしたかったのではなかったのか。

何も心配するな。噛みついたりしない」

喜之助は何も話したくなくなった。

こんな大きく、恐ろしい大亀と。

「話したくないのであれば、話さなくともよいぞ。

だが一つだけ、言っておいてやろう。

わしはお前が嫌いじゃ」

小太郎は鎌首を、喜之助の目の前まで持ってきて言った。


    ――――――――――――――――――――――――――


明くる日の朝、目覚めると小太郎の夢を見たのを思い出した。

試しに話しかけてみた。

「小太郎、そんなにわしが嫌いか?」

当然の如く、返事はない。

「何故なのじゃ?毎日、エサは上げとるじゃろう?

どこが気にいらぬと申すのじゃ?」

小太郎は黙ったまま、喜之助の方を向いている。

喜之助も段々、バカらしくなってきて小太郎に聞くのをやめた。

夢と現実を混同してはならない。

あれは夢だったのだ。

「しかしまあ、夢の中だけでも、話せて嬉しゅうござった」


   ――――――――――――――――――――――――


三日後。

喜之助が食料を持って洞穴に帰ると、小太郎はひっくり返っていた。

今まで、ひっくり返ったままの状態のは見た事がない。

「小太郎!小太郎!」

喜之助は小太郎を手のひらに乗せて話したが、小太郎は動かなかった。

既に死んでいたのだ。

「たった一匹の友達まで失うとは・・・」

たかが亀一匹だったが、本当に悲しかった。

だが亀など、いくらでもいる。

喜之助は小太郎を土に埋めると、代わりの亀を見つけるべく、川に網を張った。

今度、亀が引っ掛かったら、小次郎と名付けるつもりだった。

しかし、網には何も引っ掛かっていない。

今日の収穫はナシだ。

喜之助は残念な気持ちのまま、洞穴に戻った。

戻る途中で、気がついた。

自分以外の足跡が、洞穴まで続いていたのだ。

それも、三人分。

棲みかを発見されたに違いない。

喜之助は警戒しながらも、洞穴の近くまで戻った。

茂みから顔を出し、周囲を観察してみる。

麓の村の住民とおぼしき者が三人、洞穴の前にいる。

その三人は昨日、魚を焼いた時に使った火の跡を見て、話し合っていた。

「間違いねえ。この洞穴には、誰かが棲んでいやがる」

「今、どこかに出払っている最中だな。

そいつがわしらの村の物を夜な夜な盗んでいってる泥棒猫に、違いねえ」

「おう、その通りだ。戻ってきたら、殺してやる。

何しろ、村の者を一人殺されてるんだからな」

「そうとも。誰であろうが、必ず仇は取ってやる」

三人のやり取りを、喜之助はじっと陰から聞いた。



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