亀の友
男は死んでいた。
喜之助に、頭蓋骨を割られたのだ。
思わず、鍬を落としてしまった。
まだ心臓が、高鳴り打っている。
生まれて初めて、人を殺した。
喜之助は恐ろしくなり、何も取らずに山に逃げ帰った。
走って逃げ帰っている途中で、殺した事が何度も頭をかすめる。
やってしまった事は、元に戻らない。
だが殺さなければ、自分が殺されていた。
殺すしか、無かったのだ。
だが例え正当な防衛であったとしても、殺人という行為そのものが天の道に反しているように感じる。
洞穴に戻ると、傷の手当てをした。
まだ額には、生温かい血が流れている。
もう、あの村に戻るのはやめよう。
しかし、村人が一人殺されたのだ。
村の仲間連中が血相を変えて、自分を探しに山まで追ってくるに違いない。
それが一番心配だが、万一に備えて自衛手段を取るべきだろう。
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一週間が経った。
すっかり傷は元通りになった。
村から誰かが探しにくるかも知れないので、入り口前に落とし穴を作り、落ち葉を上にかぶせて偽装した。
これで寝ている間は、一安心だ。
喜之助は洞穴を出ると、正国を抜刀した。
試しに、木の枝を切り落としてみる。
切れ味はいいが、正国はまだ自分にとっては重すぎる。
もっと体が成長すれば、自由自在に使いこなせる事が出来るのだが。
喜之助は竹刀で父に、打ち込んでいた時を思い出した。
剣の修行をするのを、すっかり忘れていた。
毎日、食糧を確保するのが精一杯だったからだ。
しかし今後からは剣の修練にも時間を当てよう。
また自分を殺そうとする者に、会わないとも限らない。
自分の身は、自分で守るのだ。
だが稽古をしようにも、練習相手がいない。
こんな時に父がいてくれたら・・・。
いくら考えても、それは不可能だ。
喜之助は正国を持って、近くの川へ出掛けた。
川の中に入ってみると、鮎が泳いでいる。
すかさず正国で、川の中の鮎を突き刺した。
正国を水中から出すと、見事に一匹の鮎川が突き刺されていた。
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その日は、鮎を火であぶって食べた。
火打石は、別の村から盗んできたものだ。
屋鋪の風呂を沸かす時に火打石を使っていたので、すぐに火をつける事は出来た。
久しぶりに魚を食べれたが、旨いものだ。
毎日とまでちかなくても、魚が食べてみたい。
魚を取るには、どうすればいいのだろうか。
釣竿なんかは、持っていない。
網はどうだろうか?
だがここには、網は持ち合わせていない。
また盗んでこようか。
しかしまた、九死に一生はたくさんだ。
今度は、正国を持って行く事にしよう。
まあ出来れば抜かずに済むので、あればそれに越した事はないが。
喜之助は夜、密かに山を降りると海辺の漁村に行った。
農村よりかは、漁村の方が網は置いてあるはずだ。
思惑通り、網は置いてあった。
網をつかむと、後ろめたさを感じながら、山に戻った。
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翌日、川に網を仕掛けた。
夕方に戻ってみると、鮎が三尾引っかかってる。
これだけ獲れれば、大漁だ。
喜之助は網を川から引っ張り上げる時に、奇妙な物を発見した。
それは、一匹の亀だった。
いくら腹が減ってるとはいえ、亀まで食べるつもりはない。
だがせっかく網に引っかかってくれたのだから、持って帰る事に決めた。
亀を隣に置くと、鮎を炙り始めた。
亀は別に逃げようともせず、喜之助の方向を見つめているる。
何か言いたげな亀を見ると、喜之助は話しかけた。
「お前も晩飯、いるか?」
しかし、当然だが亀は黙ったままだ。
「黙ってないで、何とか言えよ」
喜之助は鮎を食いちぎりながら、亀に聞いた。
「何も言いたくなけりゃ言うな。
お前は黙ったままでいい。
丁度、話し相手が必要だった所だ」
喜之助は段々、亀が気に入ってきた。
「わしは魚住喜之助。
お主は何と申す?」
返事が返ってこないのは、分かり切っている。
しかし話し相手に飢えていたので、話しかけたのだ。
「答えんのか。機嫌が悪いようじゃな。
名前ぐらい、言ってもよかろう」
喜之助は一人でしゃべりながら、鮎を食い終わった。
「答えんのなら、お前に名をつけてやる。
お主は小さ過ぎるから、小太郎でどうじゃ」
喜之助は洞穴の寝場所に戻ると、横に亀を置いた。
「小太郎、一人ではさみしいから一緒に寝てくれ。頼む」
その夜、初めて喜之助は一人だけではない夜を過ごした。
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自分が食べる以外にも、小太郎の分が増えた。
喜之助はまた川に、網を仕掛けに行った。
洞穴を出る時は、愛刀・正国を携帯する事に決めた。
また、いつ何時襲われるか、分からないからだ。
川へ行く途中、喜之助は何かの叫び声を聞いたので、辺りを見回した。
さき程の雄叫びみたいなのは、以外に近くからだった。
突然、木の陰から一匹の熊が飛び出してきた。
一瞬だが、喜之助と熊の目が合った。
ここは逃げるべきか、闘うべきか。




