悲劇
あの三人のチンピラはまた性懲りもなく、美代を襲う計画を立てていた。
美代だけでなく、吉右衛門にも先日の返礼をする目的もあった。
いくら剣の達人と言えど、寝首をかかれては人たまりもあるまい。
三人はそう考えた。
そのためには深夜に魚住邸に忍び込み、吉右衛門を殺害し、美代を奪う。
そういう筋書きだった。
ついに、実行に移す時は熟した。
丑三つ時。
三人は密かに魚住邸の塀をよじ登り、潜入した。
その時刻、喜之助、美代、吉右衛門、母のお栓は就寝中だった。
三人の男は先に邪魔な吉右衛門から、殺す事に決めた。
三人は忍び足で居間に入ると、そこには吉右衛門と妻のお栓が寝ていた。
三人は各自持ってきたドスを抜くと、吉右衛門の胸に一斉に三本とも突き刺した。
吉右衛門は、そのまま即死した。
突き刺した時のザクッという音で、隣に寝ていたお栓が目を覚ました。
「何者っ?!」
お栓は得体の知れない三人を見るなり、咄嗟に叫んだ。
だがお栓は縄で首を絞められ、すぐに死んだ。
これで邪魔者は、いなくなった。
後はガキを殺して、女をかっぱらってしまえば終わりだ。
三人は静かに、美代のいる部屋を探し始めた。
一方、美代と喜之助は一緒の部屋に寝ていた。
喜之助は何やら、ガサゴソという音で目を覚ました。
何か、おかしい。
先程、母の悲鳴が聞こえたような気がする。
喜之助は布団から出ると、美代を揺すぶった。
「姉上、起きて下され」
美代は目を覚ました。
「どうしたのじゃ?」
「物騒な物音が聞こえました。
もしかすると、泥棒が入ったのやも知れませぬ」
泥棒、と聞いて美代は眠気が吹き飛んだ。
「もしそうであれば、大変な事じゃ」
「姉上、私は父上、母上に別上あらぬかどうか見て参りますゆえ、ここで待っていて下され」
喜之助は手燭に火をつけると、両親が寝ている居間へ行った。
喜之助が居間に入った時、信じられない光景が広がっていた。
父は全身、血だらけだった。
血は畳一面に広がり、周りは血の海と化している。
父の横では、母がぐったりとしていた。
「父上!母上!」
喜之助は絶叫した。
父を揺すぶったが、ピクリとも動かない。
これだけ血を流して、生きているはずもなかった。
父はもう、既に死んでいる。
あきらめた喜之助は、揺すぶるのを止めた。
なら、母はどうだ。
母は目立った外傷はない。
喜之助は母の両肩に両手を乗せて、激しく揺さぶった。
「母上、起きて下され!」
だが母も死んでいる。
喜之助は母の首筋に、不気味な絞め跡を発見した。
壁にもたれると、放心状態になった。
一夜にして、孤児になってしまったのだ。
喜之助は絶望と、深い悲しみに襲われた。
だが悲しむのは、まだ早い。
父と母が殺されたという事は、まだ泥棒が屋敷にいるかも知れないのだ。
まだいるなら、何をするだろうか?
そうだ、姉上!
姉上の身が、今度は危ない。
両親を殺され、たった一人の肉親を殺されてたまるものか。
喜之助はすぐに、もといた寝室に引き返した。
戻る途中で、美代の悲鳴を聞いた。
「姉上!」
大声を出してフスマを開けると、そこには先日の三人の暴漢がいた。
美代は足で踏みつけられ、縄で縛り上げられている。
「チッ、まだガキが残っているじゃねえかよ」
三人の内の一人が、喜之助を見て言った。
「喜之助、逃げて!」
身動きがとれずに、うつ伏せのまま美代が叫んだ。
「そうはいきませぬ。
姉上を助けなければ!」
「この聞き分けのない奴!
お前のような子供が、三人の凶悪な大人相手に救い出す事が出来ると思うておるのか?!
早う安全な場所へと、逃げるのじゃ!」
美代は激怒した。
このままでは、二人とも殺されてしまう。
「姉上を野獣の元に置いて逃げ去るなど、そんな卑怯な真似など出来ませぬ!」
「ええい、この姉の言う事が聞けぬと申すのか!?
ならばお前など弟でも何でもない!
さっさとくたばるのがいい!」
美代はかな切り声を上げた。
逃げるか、とどまるかは、喜之助にとって人生最大の岐路だった。
だが姉の言う事も、もっともだ。
このままでは、二人とも殺される。
喜之助は無念断腸の思いで、姉をあきらめた。
くるりと美代に背を向けると、全速力で逃げ出した。
「追え、逃がすんじゃねえぞ!
あのガキには現場を見られてるんだ!」
三人の内の、二人が追いかけてきた。
喜之助は手燭を庭に捨てると、振り返る事なく走り続けた。
自分はどんどん、美代から遠ざかって行く。
だが、ここで戻る分けにはいかない。
せめて姉だけでも助かってもらいたかったが、不可能だったか。
喜之助は深夜、町外れの野原まで走った。
まだ追いかけてきているのだろうか。
ようやく後ろを振り返り、追っ手がいないかどうか確かめた。
後ろには、誰もいなかった。
喜之助の余りの俊足に、二人は追いつけなかったのである。
走り疲れて原っぱの地面に、どっと倒れ込んだ。
大の字に寝ると、満月が美しく輝いて見える。
月はあんなにキレイなのに、さっき自分が見た光景は地獄そのものだった。
たが美代はどうすればいいのだ?
夜が明けたら町奉行所に行き、事の成り行きを説明するしかない。
そして、屋敷まで参上してもらおう。
だがそれまでにあの三人は、屋敷にとどまっている事は絶対にあり得ない。
美代の変わり果てた姿を見るか、連れ去られているかのどちらかだ。
しかしどちらになろうとも、戻らなければならない。
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夜が明け、朝日が昇った。
まだ明け六ツ(午前6時)の時刻だった。
朝四ツ(午前10時)にならなければ、町奉行所は開かない。
いっその事、門を叩きまくって開けさせるか。
しかしそんな事をすれば、お上に迷惑をかけたかどで、逆に己が捕まえられるだけだ。
喜之助は、一人で戻る事に決めた。
これからは誰にも頼れない。
どの道、泥棒たちはいないのだから、一人で戻っても心配はない。
しかしどんな無惨な光景を見るかは、覚悟しなければならなかった。
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喜之助は急ぎ足で戻った。
何やら、町の様子が慌ただしい。
朝早くから、人々がせわしなく急いでいる。
何か大きな事件が、起こったに違いない。
しかしその大きな事件とは、夜中に起こった自分の屋敷の事ではないか?
喜之助は事の真相を確かめるために、走って屋敷のある場所に戻った。
そこには黒だかりの人々が、集まっていた。
屋敷はなかった。
火をつけられ、跡形も無くなっていたのだ。
あの三人は証拠を残さぬため、火を放ったのだ。
喜之助は焼け落ちた残骸の中を、トボトボと歩いた。
父と母の遺体を探しても、見つからない。
きっと瓦礫の下に、埋まってしまったに違いない。
喜之助は焼けて煤だらけになった木片を、片っ端からどかしていった。
そうしている内に、父と母とおぼしき遺体が見つかった。
二つの遺体は真っ黒になっていて、どちらが父と母なのか
も判別がつかない。
喜之助は地面に、ガクッと膝をついた。
もう何もする気力がない。
これから、どうやって生きていけばいいのだろうか。
それよりも、美代は無事なのだろうか。
無事でも今頃は、輪姦されているだろう。
一生、美代と会える事はあるまい。
ここら辺に、親類縁者は一人もいない。
喜之助の面倒を見てくれる者など、一人もいなかったのである。
取り敢えずは、この場から去った方がいい。




