試練
まだ子供である自分では、あの三人から姉を救う事は出来ない。
ならば、父を呼んでこよう。
走って帰れば、間に合う。
父は剣の達人だ。
あの三人をまとめて倒す事など、造作もあるまい。
幸いにして、屋敷からさほど離れていない。
喜之助はすぐさま、走って屋敷へ戻った。
息をはずませながら、美代の事だけを考えた。
頼むから、間に合ってくれ。
そんなに遠くには行くな。
すぐに戻るからな。
一方、三人は美代の体を触るのに夢中で、喜之助がいなくなった事など完全に忘れていた。
それが三人の命取りになった。
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喜之助は全速力で、屋敷に走り込んだ。
父上はどこにおられる?!
この時間だと、多分書斎だ。
喜之助は大慌てで書斎に飛び込んだが、居なかった。
次に急いでフスマを開けると父は縁側で、盆栽の手入れをしていた。
「喜之助か、早かったな。しかし、フスマを開ける礼儀作法がなっとらん」
喜之助は父の前で、素早く片膝をついた。
「父上!一大事でござりまする!
先程、路地裏で姉上が三人の下郎共に襲われておりまする!」
「何!?それは誠か?!
喜之助、その方すぐに案内いたせ!」
喜之助の容易ならざる表情に、事の重大さを知った吉右衛門は木刀をつかみ、大急ぎで屋敷を出た。
「こちらにござりまする!」
喜之助は先導して、吉右衛門に道案内をした。
しかし先程の絡まれた場所には、美代と三人の男はいなかった。
一足遅かったのだ。
だが、まだそんなに遠くには行ってないはずだ。
「喜之助、そちはそちらを探せ。
わしはこちらを探す!」
喜之助と吉右衛門は二手に別れ、連れ去られた美代を捜索した。
吉右衛門は少し走った所で、三人の男が一人の女を取り囲むようにして歩いているのを見た。
女は口を塞がれているが、あれは間違いなく美代だ。
「美代!」
吉右衛門は叫んだ。
女は抵抗して、叫んで振り向いた。
やはり美代だった。
「父上!この下郎を倒して下さいまし!」
三人は一斉に、吉右衛門に振り向いた。
「うちの娘に手を出す輩は、容赦いたさぬ」
吉右衛門はそう言うと、木刀を構えた。
一方、三人も吉右衛門の前に、立ちふさがった。
「お前が父親か、やっちまえ!」
掛け声と共に、三人は飛びかかった。
一辺に飛びかかれられては、不利だ。
吉右衛門は後ろに下がって、距離を開けた。
一番最初にきた奴の脛を、木刀で叩いた。
激痛の余り、男は脛を抱えて地面に倒れた。
次に吉右衛門は、左前方の男の後頭部めがけて、木刀を振り上げた。
男は延髄を強打し、意識を失って倒れた。
最後に残った一人は吉右衛門に立ち向かうか、迷っている。
「畜生、覚えてやがれえ!」
捨て台詞を残し、仲間を残して走り去った。
「美代、大丈夫か?!ケガはないか?」
吉右衛門は、美代に歩み寄った。
しゃがみ込んでいた美代はいきなり、父親に抱きついた。
「怖かったわ、お父様。
殺されるのではないかと・・・」
美代は興奮する余り、泣き出してしまった。
「もう大丈夫だ、美代。今はこのわしがついておるからな。さあ、うちへ帰ろう」
吉右衛門は、美代の背中をさすりながら慰めた。
その時、喜之助が路地裏から走ってきた。
「喜之助ぇ!」
美代は膝をついて喜之助と同じ高さになると、抱きしめてやった。
「姉上、無事で何より・・・」
姉に何もなく、喜之助は一安心した。
「美代、もう泣くでない。
しかし、喜之助。さすがは魚住家の長男。
見事姉の難儀を知らせてくれたな。
それでこそ、我が息子よ」
父に誉められ、喜之助は嬉しい気持ちになった。
美代の事が気がかりで、無我夢中になっただけなのだが。
「美代、喜之助。こんな所に長居は無用じゃ。
早う帰るぞ」
吉右衛門は二人を連れて、早々に帰った。
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喜之助には、一つ目標が出来た。
姉を守るために強くなる、という事である。
自分の胸の内は早く大きくなって、姉を暴漢共の魔手から守る。
それだけであった。
吉右衛門からの剣術の稽古に、喜之助はより一層真剣になった。
寺子屋にも行かず、毎日剣の稽古ばかりした。
また同じような事が起こらない、とは言い切れない。
その時になって姉を守れるのは、自分しかいないのだ。
助けてくれる者が近くに居てくれる保証など、どこにもいない。
喜之助にとって、その時は徐々に近づきつつあった。




