一
ドアが叩かれたのは、九時五十二分だった。
低いところだった。
台所で湯呑みを洗っていた私は、蛇口を止めた。こん、こん、こん。三回。玄関のドアの、下のほうから聞こえた。大人が拳で叩く高さではない。小さな子どもか、しゃがんだ人の高さだった。
時計を見なくても分かった。電子レンジの表示が、21:52 になっていた。
私は手を拭かずに玄関へ行った。覗き窓に目を当てた。門灯に照らされたポーチのタイルと、門の格子と、その向こうの暗い道が見えた。誰もいなかった。
しゃがんでいるのだ、と思った。覗き窓の下に。
「帰ってください」
ドアに向かって言った。返事はなかった。門の開く音も、道を歩いていく足音もしなかった。私は鍵とチェーンを確かめて、台所に戻った。湯呑みの残りを洗った。水が冷たかった。
*
野村拓海という名前を、私は三年、口に出していない。
三年前の六月十四日、二十一時五十二分、高校一年だった優斗は、塾からの帰りに県道を自転車で走っていて、対向車線にはみ出してきた軽のバンにはねられた。雨だった。運転していたのが野村拓海で、二十二歳で、配送の請負をしていて、その日は十四時間走っていた。居眠りだった。
裁判で、私は被害者参加をした。最後に意見を述べる時間があって、紙に書いて用意していったが、読まなかった。一生許しません、とだけ言った。禁錮二年、執行猶予四年。あの人は刑務所に行かなかった。
裁判が始まる前から、手紙が届くようになった。はじめの何通かは、あの人の弁護士から送られてきた。私が受け取りを拒まなかったので、そのうち、あの人の字で、直接届くようになった。示談の書類には、うちの住所が書いてある。月に一通。白い封筒の表に、うちの住所と、片岡様、とだけ書いてある。私は返しもしなかった。開けもしなかった。流しの下の、米びつの横に菓子の空き箱を置いて、そこに入れてきた。
数えてはいない、と言いたいが、数えている。今月のぶんで三十四通になる。
二日前の命日、あの人は門の前で土下座した。夕方から降りだした雨の中で、八時から九時まで、一時間。私は居間で時計を見ていた。窓には行かなかった。娘の莉子が二階の窓から見ていたことは、あとで知った。九時になると、あの人は立ち上がって、門に向かってもう一度頭を下げて、帰っていった、と莉子は言った。
だから、ドアの低いところを叩いたのも、あの人だと思った。
*
事務所は、駅前の雑居ビルの三階にある。所長の税理士と、職員が四人。私がいちばん古い。二十年になる。
昼前に、秋山さんが私の机のそばに来た。二十六で、入って二年目になる。
「片岡さん、すみません。松井商店さんの五月分、一件、二重に入れてました」
画面を見ると、消耗品費の一万二千円が二回入っていた。
「次から気をつけて」
「すみません」
秋山さんはもう一度頭を下げてから、自分の席に戻っていった。
夕方、別の会社の現金出納帳が、三百十円合わなかった。二時間探して、見つからなかった。私は合わない三百十円を仮払金に入れて、付箋に「310円 原因不明 6/17 片岡」と書いて貼った。所長は、そんなもん雑損で落としといたらええ、と言う。私は落とさない。合わないものは、合わないまま残しておく。
*
家に帰ると、玄関に優斗のスニーカーがある。
白い、紐の端のほつれた、二十七センチ。爪先をドアに向けて、揃えて置いてある。あの朝、優斗は雨だからとこれを履かずに、学校の革靴で出ていった。三年、私はこれを靴箱にしまっていない。
居間では夫の達郎がソファに座って、音を消した野球を見ていた。事故のあと、達郎は二階の寝室で寝なくなった。どちらが言いだしたわけでもない。ソファの肘掛けに、畳んだタオルケットが載っている。
「牛乳、切れてた」二階から下りてきた莉子が、冷蔵庫を開けて言った。「ごめん、朝、全部飲んでもうた」
莉子は十七になった。優斗が死んだとき、十四だった。
「明日買うてくる」
莉子は冷蔵庫を閉めて、麦茶のボトルを出した。
九時四十八分に、私は台所の椅子に座って、携帯を開く。
毎晩ではない、と言いたいが、毎晩だ。
あの夜、優斗は私に電話をかけてきた。私は風呂に入っていて、出なかった。気づいたのは十時半を過ぎてからで、警察から電話があったのは、その十分後だった。留守番電話は消えてしまうものだと知らなかった。翌朝、莉子が、消えへんようにしとく、と言って、私の携帯の中に音声のファイルにしてくれた。パソコンにも一つ、移してくれた。そのパソコンは去年、修理に出したら、中身ごと戻ってこなかった。残っているのは、携帯の中の一つだけだ。
再生すると、雨の音がする。
「あ、おれ。今から帰る。雨すごいわ。なんか買うてくもんある?」
ぷつり、と切れる。
八秒しかない。「ある?」のあとに、切れるまでの、一秒に足りない間がある。私は毎晩、そこで息を止める。
あの子は、何を頼んでも、何をされても、ええよ、と言う子だった。小学生の莉子がトロンボーンのマウスピースを床に落として欠いたときも、ええよ、と言った。私が弁当を入れ忘れたときも、ええよ、パン買う、と言った。
私はもう一度再生して、携帯を閉じた。
九時五十二分に、ドアの低いところが三回叩かれた。
私は玄関へ行かなかった。
*
三年、私は、いいよ、と言っていない。
職場でも、家でも。誰かが謝ると、私は別の言葉を探す。次から気をつけて。分かりました。もうええから。それは同じ意味ではないかと言われれば、そうかもしれない。でも、私の口は、その二文字だけを避けて通る。
四日目の夜、達郎がドアを開けた。
九時五十二分に叩かれて、私が台所で手を止めていると、達郎がソファから立って、玄関へ行った。止める間もなかった。鍵を外して、チェーンを外して、ドアを開けた。
「誰もおらへん」
私も玄関へ行った。門灯の下のポーチのタイルが、ドアの前のところだけ、濡れていた。
「雨も降ってへんのに」と達郎は言った。
その週は、一滴も降っていなかった。梅雨の晴れ間が続いて、庭の紫陽花の葉が丸まっていた。
達郎はドアを閉めて、鍵をかけた。誰の仕業やろな、と言って、ソファに戻った。私は、あの人だと思っていることを言わなかった。言えば、達郎は、ほっといたれや、と言う。もう謝りに来るのもしんどいやろ、と言う。
五日目、宅配の荷物が届く予定の時間に届かなかった。七時過ぎにやっと来た若い配達員は、遅くなってすみません、と、帽子を取って頭を下げた。額に汗が光っていた。
「はい」
私は荷物を受け取って、ドアを閉めた。
六日目も、七日目も、八日目も、ドアは叩かれた。九時五十二分に、低いところを三回。私は開けなかった。一度だけ、ドア越しに、帰って、と言った。
*
九日目の昼、その人が来た。
インターホンの画面に、小柄な女の人が映っていた。五十代の半ばくらいで、灰色のブラウスを着て、両手で紙袋を提げていた。額の生え際に、横に一本、赤い線がついていた。帽子のゴムの跡だと、あとで分かった。
ドアを開けると、その人は深く頭を下げた。
「野村と申します。拓海の、母です」
私は何も言わなかった。
その人は頭を下げたまま言った。
「拓海が、亡くなりました。十六日の夜に。……自分で」
十六日。命日の二日後。最初にドアが叩かれた夜だった。
「お知らせせなあかんと思って。それだけで。……四十九日は、八月の三日です」
その人は紙袋から菓子折りを出して、私に差し出した。
私は受け取らなかった。
その人はしばらく菓子折りを持ったまま立っていた。それから、門の内側の、ポーチの段の上に、そっと置いた。もう一度頭を下げて、帰っていった。
菓子折りは、そこに置いたままにした。拾いもしなかったし、捨てもしなかった。
*
その夜、九時五十二分に、ドアの低いところが三回叩かれた。
私は玄関に下りて、しゃがんだ。ドアの下のほうに、郵便受けの差し入れ口がある。内側の蓋を、指で押し上げた。
細い隙間から、門灯の明かりが入ってきた。
ドアのすぐ前のタイルに、濡れた丸い跡が二つ、並んでいた。人の膝の大きさだった。その少し前に、もう一つ、小さな楕円の跡があった。
額の跡だった。
隙間から、匂いが入ってきた。雨の夜の道路の匂いだった。濡れたアスファルトと、どこかで漏れた油の匂い。
蓋を戻す指が震えて、金具が、かちかちと鳴った。
私はそれでも、ドアを開けなかった。




