第6話 嘘の重さ
敗者復活戦の会場は、地下にあった。
観客席のない、石造りの計量室。中央に、人の背丈より高い黄金の秤が一台。左右の皿が、松明の灯りを受けて鈍く光っている。
相手は、もう来ていた。エジプト枠の代理、ネフェルという少女だった。結人と同じ歳頃で、化粧気のない目が、まっすぐこちらを見ていた。
「この競べに、剣はいらない」
進行の神官が言った。
「両者、交互に問いを発し、答えを皿に載せる。答えた言葉は、秤が量る。皿が地に着いた者の負け」
「言葉の、重さを量る……?」
「アヌビスの秤は、死者の心臓を量った神器。ここでは心臓の代わりに、言葉を量る」
結人は逸話を思い出していた。死者の国の審判。心臓と、真実の羽根を天秤にかけ、心臓が羽根より重ければ——魂は喰われる。
ならば、と結人は考えた。嘘は重い。誠実に、軽く答えればいい。
その考えが甘かったと知るのに、三問とかからなかった。
「問う。あなたは、なぜ戦う」
ネフェルの声は静かだった。結人は正直に答えた。
「契約神との約束のためです。隣で勝つと、約束したので」
嘘のない言葉のはずだった。なのに、結人の側の皿が、ぐ、と沈んだ。石の床が軋む。ネフェルの皿は、ほとんど揺れていない。
「……ということは、誠実さの問題じゃない」
結人は口の中で呟く。今度はこちらの番だった。
「問います。あなたは、なぜ戦うんですか」
「家のためだ。私の家は代々、秤の神に仕えている。私が勝てば、家の格が上がる」
淀みのない答え。ネフェルの皿は、やはり僅かしか沈まない。だが——結人の耳は、その答えの中の小さな空洞を聞き取っていた。家のため、の「家」を言うとき、彼女の視線が一瞬だけ、自分の左手首の組紐に落ちた。古い、子供の手で編んだような組紐に。
問答は続いた。三問、四問。結人の皿は沈み続ける。誠実に答えているのに沈む。むしろ、誠実に答えようとして言葉を選ぶたびに、深く沈む。
選ぶ、たびに。
「……そうか。量られてるのは、口に出した言葉じゃない」
結人は顔を上げた。皿と床の距離は、もう指二本ぶんしかなかった。
「真名看破を、宣言します」
結人の声に、神官が眉を上げた。計量戦の最中の看破宣言は、外せばその場で敗北になる。
「アヌビスの秤の真名は——《隠り事の秤》。量っているのは嘘の重さじゃない。言葉にしなかったものの重さだ。口に出した答えが誠実でも、言い落としたことが多いほど、皿は沈む」
結人は自分の皿を指した。
「僕はさっき『約束のため』と答えて、本当のことを隠しました。——本当は、怖いんです。草薙剣に負けてから、また全部出して届かなかったらと思うと、怖くて仕方ない。それを隠して格好をつけた分だけ、僕の皿は沈んだ」
言い切った瞬間、結人の皿が、ふ、と軽くなった。目に見えて浮き上がった。
そして、承認の光が計量室を満たした。
ネフェルは長いこと黙っていた。それから自分の左手首の組紐に触れて、初めて年相応の顔で笑った。
「……私の隠しごとも、言おうか。家のため、は半分。本当は、弟が編んだこれを、勝って自慢したかっただけだ」
彼女の皿も、軽くなった。勝敗はもう決していたけれど、それはどちらの皿でもない場所で、何かが釣り合った音がした。
帰り際、ネフェルは言った。「次は負けない」——今日いちばん軽い言葉だった。
地上に出ると、もう夜だった。チギリが縁で待っていて、無言で麩菓子を差し出した。本戦復帰。次の抽選は、二日後だという。




