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最弱神の代理戦争  作者: 悠暉


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22/24

第22話 祭りのあと

翌朝の万神殿は、二日酔いのような顔をしていた。


参道には昨夜の紙吹雪が掃き残され、屋台は半分だけ店を開け、誰もが少し寝不足で、誰もどこか嬉しそうだった。百年に一度の夜の、次の朝というのは、こういう顔をするらしい。


「よお、兄ちゃん! ……いや、もう兄ちゃんなんて呼べねえか」


賭け札屋のおじさんが、店先で帳簿を抱えて呻いていた。


「勝者なし、だからな。全額払い戻しだよ。うちの店は今日も傾いてら」


「すみません。儲けさせられなくて」


「馬鹿言え」


おじさんは帳簿を置いて、にっと笑った。


「百対一の欄外者が決勝まで行くのを、最初から最後まで見られたんだ。木戸銭にしちゃ、安いくらいだよ。……なあ、次はあるのかい。来年の万神殿は」


「あると思います。今度は、本物の約束の上で」


結人は麩菓子を二袋買った。一袋は自分の分、一袋は、縁側でまだ眠っている小さな神の分だった。


医務棟の廊下は、日だまりと消毒の匂いがした。


鎧から解放された人々は、奥の棟で眠っている。百年ぶんの勝者たち。目を覚ますまで何日かかるか、医務方にも分からないという。


廊下の長椅子に、シグネがいた。昨日と同じ場所、同じ姿勢。銀の髪だけが、窓の光の角度で昨日と違って見えた。


「代われる人、いないんですか」


「いる。断った」


「ですよね」


結人は隣に座った。それきり、どちらも喋らなかった。廊下の奥から、規則正しい寝息がいくつも、薄く聞こえてくる。そのうちのひとつが兄のものだと、彼女はもう確かめたのだろう、と結人は思った。


長い時間が経ってから、シグネがぽつりと言った。


「昨日、光の粒が、私の前で止まった」


「見ていました」


「あれは……止まった、よな。気のせいでは、ないよな」


三年間、記録の一行を追いかけてきた人の声だった。強い女の、いちばん柔らかい場所から出た声。結人は、観察者として答えた。観察者としてなら、断言できた。


「止まりました。三秒。あなたの顔を、確かめるみたいに」


シグネは、両手で顔を覆った。泣き声は、最後まで立てなかった。ただ、肩だけが少しの間、揺れていた。結人は黙って、日だまりの廊下の続きを見ていた。それが、隣に座った者の仕事だった。


縁側に戻ると、チギリはまだ眠っていた。


三百年ぶんの大仕事のあとだ。小さな神は昨夜からずっと、日なたの猫のように丸くなって、驚くほどよく眠っている。結人は麩菓子の袋を枕元に置き、自分は帳面を開いて、書くこともないのに頁を撫でたりして、夕方までを過ごした。


日が傾いた頃、チギリはむくりと起きた。


「……妾は、どれほど寝ておった」


「丸一日と、少し」


「そうか」


それだけ言って、枕元の麩菓子に手を伸ばす。齧る。咀嚼する。もう一口。世界を救った翌日の神様の、それが最初の仕事だった。


「結人」


「はい」


「今日は、何もなかったか」


「何も。賭け札屋さんが払い戻しでぼやいて、医務棟の人たちはよく眠っていて、屋台の水飴が半額でした」


「……よい一日じゃな、それは」


チギリは麩菓子を齧りながら、暮れていく空を見た。結人も並んで、同じ空を見た。明日には神々の使いが来るだろう。約束の結び直しの儀があり、証人の話があり、忙しくなる。でも、それは明日だ。


今日はただ、夕暮れと、麩菓子と、縁側だけがあった。


「なあ、結人」


「はい」


「水飴、半額と言うたな」


「……買いに行きますか」


「行く」


小さな神は、縁側から飛び降りた。その足取りの軽さが、なにより雄弁な回復の報せだった。

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