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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第16章 第5話:国境を越える授業――同じ空を違う名前で呼ぶ


 空良は、英語の原稿をまた消した。


 ノートパソコンの画面には、途中まで書いた文章が残っている。


『My town is very beautiful.』

『We have a river and many trees.』

『Please come to Japan someday.』


 間違ってはいない。


 でも、自分の町を本当に伝えている気がしなかった。


 隣の席では、真央が発表スライドを整えている。観光地の写真、祭りの写真、名物料理の写真。どれも明るくて、見栄えがよかった。


 教室の前方には、大きなモニターが置かれている。


 今日の授業は、国境を越えた共同プロジェクトだった。


 日本の中学校。


 海辺の国の学校。


 山岳地域の学校。


 三つの学校をオンラインでつなぎ、「私たちの空と水」について交流する。


 英語が得意な生徒は楽しみにしていた。


 国際交流が好きな生徒もいる。


 けれど、空良は朝から落ち着かなかった。


 英語が得意ではない。


 発音にも自信がない。


 相手の国のことも、よく知らない。


 翻訳ツールを使っても、変な文になっていないか不安になる。


 間違えたら恥ずかしい。


 うまく言えなかったら、日本の代表なのに申し訳ない。


 そんな気持ちが、胸の中で何度も膨らんだ。


「空良、できた?」


 真央が聞いた。


「まだ」


「写真は?」


「選んだけど」


 空良は、フォルダを開いた。


 観光地の写真はない。


 自分が撮ったのは、学校の近くの川だった。


 雨の後で水かさが増え、茶色く濁っている。川沿いの道には、黄色い注意看板が立っていた。


 もう一枚は、曇り空の写真。


 灰色の雲が低く広がり、電線の向こうに少しだけ明るい部分が見える。


 きれいな写真ではない。


 でも、最近よく見る空だった。


「それ出すの?」


 真央が少し首をかしげた。


「暗くない?」


「うん」


「国際交流なら、もっときれいなやつの方がよくない?」


「だよね」


 空良は、写真を閉じかけた。


 明るい空。


 青い川。


 有名な橋。


 祭りの提灯。


 そういうものを見せた方がいいのかもしれない。


 相手にわかりやすい。


 日本らしい。


 発表としてきれいにまとまる。


 けれど、今日のテーマは「私たちの空と水」だった。


 自分にとって今の空と水は、青くて美しいものだけではない。


 急に強くなる雨。


 川の増水。


 夏の暑さ。


 曇った日の重さ。


 でも、それを英語でどう言えばいいのかわからない。


 空良は、原稿をまた消した。


 授業が始まる前、教室に一人の先生が入ってきた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 白瀬灯理。


 世界の学校を旅し、さまざまな学びの場を訪ねている先生だと紹介されていた。


 灯理は、モニターの横に並べられた国紹介スライドを見た。


 観光地。


 料理。


 伝統行事。


 民族衣装。


 美しい写真がたくさん並んでいる。


 それから、空良の画面に一瞬映った灰色の空の写真を見た。


 空良は慌てて画面を閉じた。


 灯理は何も言わなかった。


 やがて、オンライン接続が始まった。


 モニターに、二つの教室が映る。


 一つは、海辺の国の学校。


 窓の外に強い日差しが見え、壁には青い海の絵が貼られている。


 もう一つは、山岳地域の学校。


 教室の後ろに、雪をかぶった山の写真が飾られている。


 互いに手を振る。


 少し遅れて、画面の向こうの生徒たちも手を振る。


「Hello!」


「Hello!」


 声が重なる。


 最初は、それぞれの国紹介だった。


 日本側の生徒が、スライドを見せる。


「This is our town.」

「We have a summer festival.」

「This is a famous food.」


 海辺の国の生徒は、浜辺の写真を見せた。


 青い海。


 白い砂。


 漁船。


 魚市場。


 山岳地域の生徒は、山と雪解け水の写真を見せた。


 石造りの家。


 細い水路。


 段々畑。


 どの発表も丁寧だった。


 けれど、どこかぎこちなかった。


 観光案内のように、きれいなものを順番に見せている。


 質問も、用意されたものが多かった。


「What food do you like?」

「What is famous in your country?」

「Do you have festivals?」


 悪いわけではない。


 でも、相手の生活に触れる前に、表面を撫でているような感じがした。


 空良は、自分の発表順が近づくにつれて、手のひらに汗をかいていた。


 英語原稿を見る。


 短い文。


 安全な文。


 でも、読んだらそれで終わってしまいそうだった。


 その時、海辺の国の生徒の一人が、画面の向こうで何かを言った。


 翻訳字幕が少し遅れて表示される。


『最近、浜辺が小さくなっています』


 教室が静かになった。


 その生徒は、海の写真をもう一枚見せた。


 美しい観光写真ではなかった。


 波がぎりぎりまで迫った浜辺。


 倒れかけた木。


 土のうのようなもの。


 英語はゆっくりだった。


 時々、言葉に詰まっていた。


 でも、写真は強かった。


 山岳地域の生徒も、雪解け水の流れる細い水路の写真を見せた。


 翻訳字幕が表示される。


『水は山から来ます。でも、雪の量が変わっています』


 空良は、閉じていた自分の写真フォルダを思い出した。


 灰色の空。


 増水した川。


 きれいではない写真。


 でも、今の自分の町の水だった。


 灯理が静かに前へ出た。


「少し、活動の形を変えてみませんか」


 日本側の教師が頷いた。


 画面の向こうの先生たちにも通訳を通して伝えられる。


 灯理は黒板に書いた。


『国を紹介する』

 その横に、別の言葉を書く。


『同じ問いに答える』


 教室の生徒たちが顔を上げる。


 灯理は続けて問いを並べた。


『今日の空はどんな色か』

『水をどこから得ているか』

『雨の日に困ることは何か』

『水が足りない時、誰が困るか』

『空を見上げる時、どんな気持ちになるか』

『未来の水について心配なことは何か』

『相手に聞きたいことは何か』


 日本側の教師が、少し驚いたように言った。


「発表原稿とは違う形になりますが」


 灯理は頷いた。


「はい。正しく国を紹介する時間から、同じ問いを別の場所から考える時間へ変えてみます」


 画面の向こうの先生たちも、少し相談した後に頷いた。


 活動は、三つの学校で同じ問いに答える形になった。


 完璧な文章でなくてよい。


 写真、絵、短い言葉、母語、翻訳ツールを使ってよい。


 相手に聞き返してよい。


 意味がずれたら、確かめ直してよい。


 灯理は、空良の方を見た。


「空良さん」


 空良は肩を揺らした。


「はい」


「写真、持っていましたね」


「でも、きれいじゃないです」


「はい」


「国際交流っぽくないです」


 灯理は少し首をかしげた。


「国境を越えて学ぶ時、きれいな写真だけが必要でしょうか」


 空良は答えられなかった。


 灯理は静かに問いを重ねた。


「先生、ちゃんと英語で言えないなら、交流する意味ありますか」


 空良は、自分の胸の中にあった言葉を聞かれた気がした。


 小さく頷いた。


「そう思ってました」


 灯理は言った。


「うん。では、国境を越えて学ぶことは、完璧な言葉で相手を説明することだけでしょうか」


 空良は、画面の向こうを見た。


 海辺の国の生徒が、翻訳ツールを使いながら、浜辺の写真を説明している。


 山岳地域の生徒が、言葉に詰まりながら水路を指している。


 誰も完璧ではない。


 でも、伝えようとしている。


 空良は、フォルダを開いた。


 灰色の空。


 増水した川。


 その二枚をスライドに貼った。


 英語の文は、短くした。


『Today sky is gray.』

『After heavy rain, river is big.』

『I feel little afraid.』

『I want to ask about your water.』


 文法が正しいかはわからない。


 でも、自分の問いに近かった。


 発表順が来た。


 空良は立ち上がった。


 心臓が速い。


 手が震える。


 画面の向こうの生徒たちが、こちらを見ている。


 日本の教室の友だちも見ている。


 空良は、深く息を吸った。


「Hello. My name is Sora」


 少し声がかすれた。


 それでも続けた。


「This is today sky in my town」


 灰色の空の写真を映す。


 教室が少し静かになる。


「Not blue. Gray」


 空良は、写真の雲を指した。


「When I see this sky, I feel……」


 言葉が止まった。


 怖い。


 重い。


 雨が来るかもしれない。


 でも、英語が出てこない。


 空良は、日本語で言った。


「少し、心配になります」


 教師が短く訳してくれる。


 画面の向こうの生徒たちが頷く。


 空良は、次の写真を出した。


 雨の後の川。


 茶色く濁り、岸の近くまで水が来ている。


「After heavy rain, river is big」


 それから、少し迷って言った。


「Not beautiful photo. But this is my water」


 自分の英語が変かもしれないと思った。


 でも、言い切った。


 海辺の国の生徒が、チャットに短く書いた。


『I understand. Our sea is also beautiful and scary.』


 翻訳字幕が出る。


『わかります。私たちの海も美しくて怖いです。』


 空良は、胸の奥が少し熱くなった。


 美しくて怖い。


 それは、自分の川にも近かった。


 山岳地域の生徒が手を挙げた。


 ゆっくり英語で言う。


「Our water comes from snow. When snow is small, we worry」


 翻訳字幕が出る。


『私たちの水は雪から来ます。雪が少ないと心配します。』


 空良はノートに書いた。


『海は美しくて怖い』

『雪が少ないと水が心配』


 同じ水。


 でも、違う場所で違う不安を持っている。


 灯理は、黒板に三つの言葉を書いた。


『川』

『海』

『雪解け水』


 その下に、同じ問いを書く。


『水が変わると、誰が困るか』


 三つの教室で、子どもたちは考え始めた。


 日本の教室では、川の増水で困る人を出し合った。


 川沿いに住む人。


 通学路を使う小学生。


 農家。


 橋を通る人。


 避難に時間がかかる高齢者。


 海辺の国の生徒は、浜辺が狭くなると困る人を話した。


 漁師。


 海辺で暮らす家族。


 観光で働く人。


 海の近くの学校。


 山岳地域の生徒は、雪解け水が減ると困る人を話した。


 畑をする人。


 家畜を育てる人。


 水路を管理する人。


 遠くまで水を取りに行く子ども。


 翻訳ツールは、時々おかしな言葉を出した。


 山岳地域の生徒が「水路」と言った言葉が、日本語字幕では「水の道路」と表示された。


 教室に小さな笑いが起きた。


 画面の向こうでも、笑っている。


 でも、その後で生徒は絵を描いて見せた。


 山から細い水が村へ流れている図。


 空良は頷いた。


「水の道」


 そう言うと、画面の向こうの生徒も笑って頷いた。


 誤訳は、完全な失敗ではなかった。


 意味を確かめ直すきっかけになった。


 次の問いは、『空を見上げる時、どんな気持ちになるか』だった。


 日本の生徒たちは、それぞれ短く書いた。


『雨が来そうで不安』

『夕焼けは安心する』

『夏の空は暑そう』

『台風前の空は怖い』


 海辺の国の生徒は、朝の海の上の空の写真を見せた。


『明るい空の日は、漁に出る人が安心する』

『嵐の前の空は、みんなが準備する合図』


 山岳地域の生徒は、山の上にかかる雲の写真を見せた。


『雲が低いと雪が来る』

『晴れた空は、遠くまで歩ける日』


 空良は、自分の灰色の空の写真をもう一度見た。


 この空を、以前なら失敗写真だと思ったかもしれない。


 でも今は、誰かに問いを渡す写真になっていた。


 活動の最後に、それぞれの学校から「相手に聞きたいこと」を出すことになった。


 空良は、最初また手が止まった。


 質問。


 英語。


 相手に失礼ではないか。


 でも、ノートにはもうたくさんの言葉があった。


 海は美しくて怖い。


 雪が少ないと水が心配。


 水の道。


 空は準備の合図。


 空良は、短い英語で書いた。


『What do you do when water is dangerous?』

『Who helps children?』

『What sky tells you?』


 ちゃんとした英語かはわからない。


 でも、聞きたいことだった。


 空良は画面に向かって言った。


「I want to ask. When water is dangerous, who helps children?」


 海辺の国の生徒が少し相談する。


 一人が答えた。


「Family. Teachers. Sometimes older students」


 翻訳字幕が出る。


『家族。先生。時々、年上の生徒。』


 別の生徒が付け足した。


「We have practice. But not enough」


『訓練があります。でも十分ではありません。』


 山岳地域の生徒は言った。


「In our village, everyone knows water path. Children learn from old people」


『私たちの村では、みんな水の道を知っています。子どもはお年寄りから学びます。』


 空良は、ノートに書いた。


『水の危険は、学校だけではなく家族、地域、年上の人からも学ぶ』


 それは、自分の町でも考えられることだった。


 川が増えた時、誰が小学生に教えるのか。


 通学路の危険を誰が知っているのか。


 避難する時、誰が声をかけるのか。


 国境の向こうの話が、自分の町へ戻ってきた。


 授業の終わりが近づいた。


 それぞれの学校が、交流ノートに今日の一文を書くことになった。


 空良は、最初に英語で書こうとした。


『We see same sky. But different.』


 それだけでは足りない。


 日本語で書く。


『同じ空を見ている。でも、同じではない。だから、聞きたい』


 その下に、短い英語を書く。


『Same sky. Not same life. So I want to ask.』


 翻訳として完璧ではない。


 でも、今日の自分の言葉だった。


 発表の最後、空良はその一文を見せた。


 画面の向こうの海辺の国の生徒が、親指を立てた。


 山岳地域の生徒が、自分たちの言葉で何かを書いた紙を見せる。


 翻訳字幕が少し遅れて出る。


『同じ水を飲まない。でも、同じ水について心配する。』


 教室が静かになった。


 誰かが小さく言った。


「いい言葉」


 空良は、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 国際交流は、相手の国を完璧に理解することだと思っていた。


 英語で正しく話すことだと思っていた。


 自分の国をきれいに紹介することだと思っていた。


 でも、今日見えたものは少し違った。


 同じ空を見ている。


 でも、空の意味は場所によって違う。


 同じ水について話している。


 でも、水の来る場所も、困り方も、支える人も違う。


 だから、聞く。


 だから、写真を見せる。


 だから、言葉を確かめ直す。


 完璧ではない言葉のまま、同じ問いを持ち寄る。


 それが、今日の学びだった。


 授業が終わった後、空良は教室に残っていた。


 モニターはもう暗くなっている。


 さっきまで映っていた遠い教室は、そこにはない。


 でも、ノートには相手の言葉が残っている。


 海。


 雪解け水。


 水の道。


 家族。


 先生。


 年上の生徒。


 お年寄り。


 同じ空。


 同じではない生活。


 灯理が近づいてきた。


「空良さん」


「はい」


「写真、出せましたね」


 空良は少し笑った。


「きれいじゃなかったですけど」


「はい」


「でも、相手の海の写真も、きれいだけじゃなかったです」


「うん」


「山の水も、ただ珍しいものじゃなくて、生活の水でした」


 空良は、自分のノートを見た。


「国紹介の時は、何を見せれば正しいのかばかり考えていました」


「はい」


「でも、同じ問いにしたら、相手の話が自分の町に戻ってきました」


 灯理は頷いた。


「問いは、場所を越えて戻ってくることがありますね」


 空良は、交流ノートの最後の一文をもう一度見た。


「英語は、まだ全然です」


「はい」


「でも、ちゃんと言えないなら意味がない、とは思わなくなりました」


 灯理は微笑んだ。


「不完全な言葉でも、問いは渡せましたね」


「はい」


 空良は、少し考えてから言った。


「次は、川の増水のことをもう少し調べて、相手の学校に聞いてみたいです。水が危ない時に、子どもがどう学んでいるか」


「よい問いですね」


「あと、翻訳で『水の道路』って出たの、あれ好きでした」


 灯理は少し笑った。


「意味を確かめる橋になりましたね」


 空良も笑った。


 完璧な翻訳ではない。


 でも、笑って、描いて、確かめて、少し近づけた。


 その経験は、教科書の国際理解とは違う手触りがあった。


 放課後、日本側の教師は灯理と振り返りをしていた。


「最初は、国際交流なので、きちんとした発表をさせなければと思っていました」


 教師は言った。


「国の紹介、地域の紹介、英語原稿。相手に失礼がないように、間違いがないように」


「大切な準備ですね」


「はい。でも、準備しすぎた発表だけだと、相手と本当に問い合うところまで届かなかったかもしれません」


 灯理は頷いた。


「今日、生徒たちは国を代表する発表者ではなく、同じ問いを別の場所から考える仲間になっていました」


 教師は、空良の交流ノートを見た。


『同じ空を見ている。でも、同じではない。だから、聞きたい』


「この一文が、とても大きかったです」


「はい」


「英語が苦手な空良が、一番大切な問いを出してくれました」


 教師は、モニターを見た。


「国際交流は、相手を理解しきることではないのですね」


「はい」


「理解しきれないまま、聞き続けることでもある」


 灯理は静かに頷いた。


 夕方、空良は校舎の屋上にいた。


 特別に、教師の許可を得て、数人の生徒と一緒に空の写真を撮りに来たのだ。


 空は、朝より少し明るくなっていた。


 雲の切れ間から、薄い光が差している。


 遠くで川が光って見えた。


 空良はスマートフォンを構えた。


 青空ではない。


 でも、悪くないと思った。


 真央が隣で言った。


「今日の交流、最初と全然違ったね」


「うん」


「観光地の写真より、空良の川の写真の方が話が広がった」


「暗いって言ってたじゃん」


「ごめん」


 真央は笑った。


「でも、ほんとにそう思った」


 空良は、少し照れた。


「英語、変だったけど」


「みんな変だったよ」


「ひどい」


「でも、伝わってた」


 空良は、スマートフォンの画面に映る空を見た。


 同じ空。


 でも、同じではない。


 海の上の空。


 山の上の空。


 川の上の空。


 どれもつながっているようで、そこに暮らす人の不安や喜びは違う。


 だから、聞きたい。


 空良は、もう一枚写真を撮った。


 そして、交流ノートの最後に貼るためのメモを書いた。


『今日の空。曇り。でも、少し光がある』


 夜、灯理は中学校を出た。


 校舎の窓には、職員室の明かりが残っている。国際交流で使われたモニターは片づけられ、教室の黒板には、三つの言葉がまだ残っていた。


『川』

『海』

『雪解け水』


 その下には、子どもたちが書いた問いが並んでいる。


『水が変わると、誰が困るか』

『危ない時、誰が子どもを助けるか』

『空は何を知らせるか』

『未来の水をどう守るか』


 校門の近くで、日本側の教師が見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、国境を越える問いを一緒に見せていただきました」


 教師は、手にした交流記録を見た。


「次回から、国紹介だけでなく、最初から共通の問いを用意してみます」


「はい」


「そして、完璧な英語でなくても、写真や絵や短い言葉で参加できるようにします」


 灯理は頷いた。


「問いを持っていることが、参加の力になりますね」


 夜風が、校門の横の木を揺らした。


 灯理は鞄を肩にかけ直した。


 中には、新しい依頼状が一通入っている。


 けれど、まだ開かなかった。


 国境を越えて学ぶことは、相手の国を正しく説明できるようになることだけではない。


 完璧な言葉で発表することだけでもない。


 違う空。


 違う水。


 違う暮らし。


 違う不安。


 違う名前。


 そのままの違いを持ち寄り、同じ問いの前に置く。


 翻訳が少しずれてもいい。


 言葉が足りなくてもいい。


 写真が美しくなくてもいい。


 そこに、自分の場所から見た世界があるなら、問いは相手へ届く。


 灯理は、夜の空を見上げた。


 この空を、どこかの海辺の子は別の名前で呼ぶかもしれない。


 山の上の子は、雪の気配として見るかもしれない。


 川沿いの子は、雨の予感として受け取るかもしれない。


 同じ空を見ている。


 でも、同じではない。


 だから、聞きたい。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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