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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第65章 第2話:叔母が古いクッションカバーをそっと聞く午後――押す布と置く布を試す日


 叔母の家の台所には、洗濯物を取り込んだ後の匂いが残っていた。


 少し湿った布の匂い。


 洗剤の薄い甘さ。


 窓から入る午後の風が、冷蔵庫横の付箋を小さく揺らしている。


『古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る』


『重い布を分ける:押す布/そっと聞く布/まだ見る布』


 その下には、前からの札も残っていた。


『手で持って重い布・乾きにくい布の日は真ん中も見る』


『念のため毎回、にはしない』


『薄い布や軽い布まで毎回増やさない』


 床には、三つの布が並んでいる。


 厚い玄関マット。


 古いクッションカバー。


 薄い台所マット。


 厚い玄関マットは、手で持つとずっしりしていた。端は乾いているように見えるが、真ん中はまだわからない。


 古いクッションカバーは、布地がやわらかく、縫い目のところが少し薄くなっている。強く押すと、形がよれそうだった。


 薄い台所マットは軽く、端を触るだけで乾き具合がわかりそうだった。


 今日は、第64章で冷蔵庫横に移した札を、実際に開いて試す日だった。


 叔母は、腕まくりをして床にしゃがんだ。


 母は家族ノートを開いている。


 翔太は鉛筆を持ち、三つの布の前に小さな紙を置いた。


『厚い玄関マット』


『古いクッションカバー』


『薄い台所マット』


 妹は古いクッションカバーを見つめながら、小さな声で言った。


「これは、やわらかいケーキみたい」


 白瀬灯理は、台所の入口に立っていた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 灯理は、冷蔵庫横の付箋と床の三つの布を静かに見比べていた。


 叔母は、まず厚い玄関マットの前に手を置いた。


「前回、古い布は押さずに手を置くことも見るって付箋にしたから、今日はまず手を置いてみるわね」


 厚い玄関マットの真ん中に、そっと手を置く。


 叔母はしばらく黙っていた。


 手のひらで、布の表面の温度を聞く。


 けれど、顔が少し迷った。


「うーん……表面は乾いているように感じるけれど、中がどうかは少しわかりにくい」


 母が隣にしゃがみ、同じように手を置いた。


「確かに、手を置くだけだと、真ん中の湿りは少し遠い感じがするね」


 翔太が記録する。


『厚い玄関マット:手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくい』


 叔母は、今度は親指の腹で真ん中を軽く押した。


 強くではない。


 布の形が崩れない程度に、少しだけ。


「あ」


 叔母の声が小さく出た。


「こっちはわかる。真ん中が少し冷たい」


 母も軽く押してみる。


「端は乾いているけれど、真ん中はまだ少し冷たいね。もう少し干した方がいいかもしれない」


 翔太が書く。


『厚い玄関マット:軽く押すと真ん中の冷たさが分かった』


 妹が言った。


「これは、かたいパンみたい。ちょっと押しても戻る」


 叔母は笑った。


「たしかに。軽く押しても形が戻る布ね」


 次は、古いクッションカバーだった。


 叔母は、前回の付箋を見た。


『古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る』


 古いクッションカバーを広げ、まず指で軽く押してみる。


 すると、布の表面がすぐにしわになった。


 縫い目の近くが少し寄る。


 叔母はすぐに手を離した。


「あ、これは押すとよれる」


 妹が心配そうに身を乗り出した。


「ケーキ、つぶれそう」


 母が頷く。


「強く押さない方がよさそう」


 翔太が書く。


『古いクッションカバー:押すと布がよれる』


 叔母は今度、手のひらを広げて、クッションカバーの上にそっと置いた。


 押さない。


 重さを乗せすぎない。


 布の上に手を休ませるように置く。


 少し待つ。


 叔母は目を細めた。


「冷たさは、わかる」


 母も手を置く。


「うん。押さなくても、冷たいところがあるのはわかるね」


 妹も、そっと手を置いた。


「ケーキは、押さないで、そっと聞く」


 翔太が書く。


『古いクッションカバー:押さずに手を置くと冷たさが分かった』


 次に、薄い台所マット。


 叔母は端を触った。


 軽い。


 布の端は乾いていて、持ち上げるとふわりと動く。


「これは、端だけで足りそう」


 母が頷く。


「毎回真ん中を見ると、手間が増えるだけかもしれない」


 翔太が書く。


『薄い台所マット:端だけで足りた。毎回真ん中を見ると手間が増える』


 三つの布を試し終えると、床の上にはそれぞれの結果が並んだ。


 厚い玄関マット。


 軽く押す方が助かる。


 古いクッションカバー。


 手を置く方が助かる。


 薄い台所マット。


 端だけで足りる。


 翔太は、冷蔵庫横の札を見上げた。


『重い布を分ける:押す布/そっと聞く布/まだ見る布』


 その札は、今日の布を無理に当てはめるための決まりではなかった。


 試した後で戻る場所になっていた。


 翔太は、白瀬灯理を見た。


「先生、冷蔵庫横に分けた札を置いた時は、まだ試していませんでした。でも今日、厚い玄関マットでは押す方が助かり、古いクッションカバーでは手を置く方が助かりました。分けた札は、決まりではなく、試した時に戻る場所になりました」


 灯理は、翔太の言葉を静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、次の手入れへ移した暮らしの声をもう一度試すことは、分けた札の通りに布を当てはめることなのでしょうか」


 分けた札の通りに布を当てはめることなのか。


 翔太は、床に並んだ三つの布を見た。


 もし札を決まりとして読めば、こうなる。


 厚い玄関マットは「押す布」。


 古いクッションカバーは「そっと聞く布」。


 薄い台所マットは「端だけで足りる布」。


 でも、今日見えたのは、ただ分類することではなかった。


 どう触ると湿りがわかるのか。


 どう触ると布を傷めないのか。


 どこまで見ると暮らしの負担が増えすぎるのか。


 それを、実際に手で確かめた。


 札は、答えではない。


 戻る場所だった。


 母が、家族ノートの新しいページを開いた。


『暮らしの次の手入れをもう一度試す』


 翔太が鉛筆を握り直す。


 灯理は静かに言った。


「では、今日試して見えたことを、触り方ごとに分けてみましょう」


 まず、移した声。


 叔母が冷蔵庫横の付箋を読んだ。


「古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る」


 母が続ける。


「厚い玄関マットは今まで通り、必要な時は端と真ん中を触る」


 妹が言った。


「重い布を分ける。押す布、そっと聞く布、まだ見る布」


 翔太が書く。


『移した声:古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る。厚い玄関マットは今まで通り、必要な時は端と真ん中を触る。重い布を分ける:押す布/そっと聞く布/まだ見る布』


 次に、試した布。


 翔太は床の紙を見ながら書いた。


『試した布:厚い玄関マット。古いクッションカバー。薄い台所マット』


 次に、助かった触り方。


 叔母が厚い玄関マットを指差す。


「厚い玄関マットは、軽く押すと真ん中の冷たさが分かった」


 母が古いクッションカバーを見た。


「古いクッションカバーは、押さずに手を置くと冷たさが分かった」


 妹が薄い台所マットを持ち上げる。


「薄い台所マットは、端だけで足りた」


 翔太が書く。


『助かった触り方:厚い玄関マットは、軽く押すと真ん中の冷たさが分かった。古いクッションカバーは、押さずに手を置くと冷たさが分かった。薄い台所マットは、端だけで足りた』


 次に、合わなかった触り方。


 叔母が言った。


「厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくかった」


 母が続ける。


「古いクッションカバーは、押すと布がよれた」


 妹が言った。


「薄い台所マットは、毎回真ん中を見ると手間が増える」


 翔太が書く。


『合わなかった触り方:厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくかった。古いクッションカバーは、押すと布がよれた。薄い台所マットは、毎回真ん中を見ると手間が増える』


 次に、置き場所が助かったところ。


 母が冷蔵庫横を見た。


「冷蔵庫横に付箋で置いていたので、洗濯後にすぐ開けた」


 翔太が家族ノートを見た。


「家族ノートに『押す布/そっと聞く布/まだ見る布』があったので分けやすかった」


 叔母が頷く。


「付箋だったから、今日の結果で直せる」


 翔太が書く。


『置き場所が助かったところ:冷蔵庫横に付箋で置いていたので、洗濯後にすぐ開けた。家族ノートに「押す布/そっと聞く布/まだ見る布」があったので分けやすかった』


 次に、小さく直すところ。


 叔母は、冷蔵庫横の付箋を見た。


『古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る』


 この言葉は、祖母から返ってきた声を大切にしていた。


 でも、今日試してみると、もう少し見えた。


 古いかどうかだけではなく、形が崩れやすいかどうか。


 押しても形が戻るかどうか。


 そこを見る必要がある。


 叔母は新しい付箋を取り出した。


「『形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る』へ直します」


 翔太が書く。


『小さく直すところ:「古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る」を「形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る」へ直す』


 妹が嬉しそうに言った。


「ケーキだけじゃなくて、戻るパンかどうかも見るんだ」


 母が笑う。


「そうね。古いか新しいかだけじゃなく、形が戻るかどうかも大切ね」


 次に、まだ見るところ。


 翔太が言った。


「冬の古い布」


 母が続ける。


「雨続きの日の厚い布」


 叔母が言った。


「中綿が偏る布」


 妹が考えながら言った。


「古いけれど厚くて形が戻る布」


 翔太が書く。


『まだ見るところ:冬の古い布。雨続きの日の厚い布。中綿が偏る布。古いけれど厚くて形が戻る布』


 最後に、次に返す声。


 叔母は、電話台の方を見た。


 祖母へ、今日の声を返す。


 返すのは「叔母の家では違いました」だけではない。


 古いクッションカバーでは手を置く形が助かったこと。


 厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったこと。


 「古い布」だけでなく「形が崩れやすい布」という見方が見えたこと。


 それを返す。


 叔母が言った。


「祖母へ、叔母の家では古いクッションカバーで手を置く形が助かったことを返します」


 母が続ける。


「厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったことも返す」


 翔太が書く。


 妹が言った。


「『古い布』だけじゃなくて、『形が崩れやすい布』って見方を返す」


 翔太が書く。


『次に返す声:祖母へ、叔母の家では古いクッションカバーで手を置く形が助かったことを返す。厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったことも返す。「古い布」だけでなく「形が崩れやすい布」という見方を返す』


 母は、新しいカードの形を整えた。


### 暮らしの次の手入れをもう一度試すカード


#### 試す時


* 返ってきた暮らしの声を手入れへ移した

* 冷蔵庫横や家族ノートに置いた

* 実際の布で試す

* 助かった触り方がある

* 合わなかった触り方がある

* 暮らしで続く形へ直したい


#### 一緒に見ること


* 移した声

* 試した布

* 助かった触り方

* 合わなかった触り方

* 置き場所が助かったところ

* 小さく直すところ

* まだ見るところ

* 次に返す声


#### 暮らしのもう一度試す欄


* 移した声:

* 試した布:

* 助かった触り方:

* 合わなかった触り方:

* 置き場所が助かったところ:

* 小さく直すところ:

* まだ見るところ:

* 次に返す声:


 翔太は、今日の欄を清書した。


### 暮らしのもう一度試す欄


* 移した声:古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る。厚い玄関マットは今まで通り、必要な時は端と真ん中を触る。重い布を分ける:押す布/そっと聞く布/まだ見る布


* 試した布:厚い玄関マット。古いクッションカバー。薄い台所マット


* 助かった触り方:厚い玄関マットは、軽く押すと真ん中の冷たさが分かった。古いクッションカバーは、押さずに手を置くと冷たさが分かった。薄い台所マットは、端だけで足りた


* 合わなかった触り方:厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくかった。古いクッションカバーは、押すと布がよれた。薄い台所マットは、毎回真ん中を見ると手間が増える


* 置き場所が助かったところ:冷蔵庫横に付箋で置いていたので、洗濯後にすぐ開けた。家族ノートに「押す布/そっと聞く布/まだ見る布」があったので分けやすかった


* 小さく直すところ:「古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る」を「形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る」へ直す


* まだ見るところ:冬の古い布。雨続きの日の厚い布。中綿が偏る布。古いけれど厚くて形が戻る布


* 次に返す声:祖母へ、叔母の家では古いクッションカバーで手を置く形が助かったことを返す。厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったことも返す。「古い布」だけでなく「形が崩れやすい布」という見方を返す


 カードができると、叔母は冷蔵庫横の付箋を貼り替えた。


 前の付箋は剥がさない。


『古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る』


 その下に、新しい付箋を重ねる。


『形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る』


 さらにその横に、小さな表を作った。


『押す布:厚い玄関マット』


『そっと聞く布:古いクッションカバー』


『端だけで足りる布:薄い台所マット』


『まだ見る布:冬の古い布、雨続きの日の布』


 妹が、古いクッションカバーにそっと手を置いた。


「これは、そっと聞く布」


 次に、厚い玄関マットを指で軽く押す。


「これは、戻るパン」


 母が笑った。


「その言い方、わかりやすいね」


 翔太は家族ノートの端に書いた。


『戻るパンと、つぶれやすいケーキ』


 叔母が電話台へ向かった。


 祖母へ、今日の結果を返すためだった。


 電話の向こうで祖母が出る。


「もしもし」


「お母さん。今日、古いクッションカバーで試してみました」


 祖母の声が少し明るくなる。


「どうでしたか」


「古いクッションカバーは、押すとよれました。でも、手を置くと冷たさがわかりました。お母さんの古い座布団の声が助かりました」


 受話器の向こうで、祖母が静かに笑った。


「よかった」


 叔母は続ける。


「でも、厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくくて、軽く押す方が助かりました」


「なるほど」


「だから、『古い布』だけでなく、『形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る』と直しました」


 祖母は、少し考えてから言った。


「それは、こちらでも助かりそうです。古い座布団でも、形が崩れやすいから手を置いたのですね」


 叔母は頷いた。


「はい。古いから全部手を置くのではなく、形が崩れやすいかを見ることにしました」


 翔太は、そのやり取りを家族ノートに書いた。


『祖母へ返す声:古い座布団の声は、古いクッションカバーで助かった。厚い玄関マットでは軽く押す方が助かった。古いかどうかだけでなく、形が崩れやすいかを見る』


 電話を切ると、台所の空気が少しやわらかくなった。


 試した結果が、また返す声になったからだった。


 夕方、翔太は家族ノートを開き直した。


『今日の困り:冷蔵庫横に「押す布/そっと聞く布」を分けて置いたので、今日は実際の布で試した。厚い玄関マットは軽く押す方が助かり、古いクッションカバーは手を置く方が助かった。分けた札へ布をそのまま当てはめるのではなく、触って見えたことから小さく直す必要があった』


『移した声:古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る。厚い玄関マットは今まで通り、必要な時は端と真ん中を触る。重い布を分ける:押す布/そっと聞く布/まだ見る布』


『試した布:厚い玄関マット。古いクッションカバー。薄い台所マット』


『助かった触り方:厚い玄関マットは、軽く押すと真ん中の冷たさが分かった。古いクッションカバーは、押さずに手を置くと冷たさが分かった。薄い台所マットは、端だけで足りた』


『合わなかった触り方:厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが分かりにくかった。古いクッションカバーは、押すと布がよれた。薄い台所マットは、毎回真ん中を見ると手間が増える』


『置き場所が助かったところ:冷蔵庫横に付箋で置いていたので、洗濯後にすぐ開けた。家族ノートに「押す布/そっと聞く布/まだ見る布」があったので分けやすかった』


『小さく直すところ:「古い布・傷みやすい布は、押さずに手を置くことも見る」を「形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る」へ直す』


『まだ見るところ:冬の古い布。雨続きの日の厚い布。中綿が偏る布。古いけれど厚くて形が戻る布』


『次に返す声:祖母へ、叔母の家では古いクッションカバーで手を置く形が助かったことを返す。厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったことも返す。「古い布」だけでなく「形が崩れやすい布」という見方を返す』


 そして、一文を書く。


『次の手入れへ移した暮らしの声をもう一度試すことは、冷蔵庫横に分けた「押す布/そっと聞く布」へ布をそのまま当てはめることではなく、厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったこと・古いクッションカバーでは手を置く方が助かったこと・付箋の置き場所が働いたことを分け、暮らしで続けられる触り方へ小さく直すことだった』


 翔太は、その一文を読み返した。


「暮らしで続けられる触り方へ小さく直す」


 その言葉が、家族ノートの中で静かに残った。


 冷蔵庫横に置いた付箋は、置いた時点ではまだ試されていなかった。


 でも、そこにあったから、洗濯後に開けた。


 家族ノートに分けた札があったから、三つの布を比べられた。


 試してみると、働くところが見えた。


 合わないところも見えた。


 古い布という言葉だけでは足りないことも見えた。


 形が崩れやすい布。


 形が戻る厚い布。


 端だけで足りる布。


 まだ見る布。


 暮らしの中で続けられる触り方は、札の通りに当てはめることではなく、手で確かめて小さく直すことだった。


 夕方、白瀬灯理は叔母の家を出た。


 台所には、畳まれた布が静かに置かれている。


 厚い玄関マットは、もう少し干すために窓辺へ戻された。


 古いクッションカバーは、そっと畳まれ、椅子の背にかけられている。


 薄い台所マットは、台所の床へ戻っていた。


 冷蔵庫横には、新しい付箋がある。


『形が崩れやすい布は手を置く。形が戻る厚い布は軽く押すことも見る』


 その下に、


『まだ見る:冬の古い布/雨続きの日の厚い布/中綿が偏る布』


 と書かれていた。


 叔母、母、翔太、妹が玄関まで見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


 翔太が言った。


「こちらこそ、冷蔵庫横に移した暮らしの声を、実際の布で開いて試し、触り方を小さく直す時間を見せていただきました」


 灯理は静かに答えた。


 翔太は、家族ノートを手に持っていた。


「先生、分けた札があったから、試す時に戻れました」


「はい」


「でも、札の通りに当てはめるだけでは足りませんでした」


 叔母が続ける。


「厚い玄関マットでは、軽く押す方が助かりました」


 母が言った。


「古いクッションカバーでは、手を置く方が助かりました」


 妹が笑う。


「戻るパンと、つぶれやすいケーキです」


 灯理は微笑んだ。


「とてもよい比べ方ですね」


 叔母は冷蔵庫横を振り返った。


「次は、冬の古い布で見てみます」


 灯理は、夕方の道を見た。


 次の手入れへ移した暮らしの声をもう一度試すことは、分けた札の通りに布を当てはめることではない。


 分けた札は、大切である。


 押す布。


 そっと聞く布。


 まだ見る布。


 その札があったから、今日、三つの布を比べられた。


 けれど、布は一枚ずつ違う。


 厚い玄関マットは、手を置くだけでは真ん中の湿りが遠かった。


 軽く押すと冷たさがわかった。


 古いクッションカバーは、押すとよれた。


 手を置くと冷たさがわかった。


 薄い台所マットは、端だけで足りた。


 だから、分ける。


 助かった触り方。


 合わなかった触り方。


 置き場所が助かったところ。


 小さく直すところ。


 まだ見るところ。


 次に返す声。


 そうして、移した声は、暮らしを縛る札ではなくなる。


 次に開いてまた直せる、小さな手入れになる。


 灯理は、叔母の家を一度振り返った。


 翔太の家族ノートには、一文が残っている。


 次の手入れへ移した暮らしの声をもう一度試すことは、冷蔵庫横に分けた「押す布/そっと聞く布」へ布をそのまま当てはめることではなく、厚い玄関マットでは軽く押す方が助かったこと・古いクッションカバーでは手を置く方が助かったこと・付箋の置き場所が働いたことを分け、暮らしで続けられる触り方へ小さく直すことだった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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