↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
322/339

第65章 第3話:柊が会話台本で一文付箋を試す部室――横に置いた言葉を開く日


 演劇部の部室には、雨の音が小さく届いていた。


 窓の外では、細い雨が校庭の端を濡らしている。ガラスに水滴がつき、蛍光灯の光がその一つひとつににじんでいた。


 机の上には、今日使う台本が置かれている。


『雨宿りの二人』


 短い一場面の台本だった。


 けれど、会話は多い。


 登場人物が言葉を重ねるたび、少しずつ気持ちが変わる。


 怒っているように見える台詞の奥に、心配がある。


 軽く返しているように見える言葉の奥に、ためらいがある。


 体験者が選びそうな台詞は、一つではない。


 係が返したくなる場所も、一つではない。


 係用ノートの表紙には、いつもの三行があった。


『台詞の場所を一つ見る』


『長くなりそうなら戻し時間へ置く』


『体験者へは短く返す』


 その横に、第64章で置いた付箋が貼られている。


『会話が多い日:最初の返しは一文で止める』


 今日は、この付箋を実際に開いて試す日だった。


 三行へ組み込まず、横に置いた言葉。


 会話が多い日のための小さな付箋。


 それが、別の会話台本でも働くか。


 体験者への入口を重くせずに使えるか。


 係交代の時にも開けるか。


 それを確かめる。


 柊は、係用ノートの前に座っていた。


 次の係は、今日の最初の担当として台本を持っている。


 真帆は部活ノートを開き、ペンを構えていた。


 莉央は時間表を持っている。


 紬は体験者役として、鏡の前に立っていた。


 村瀬先生は、部室の後ろで静かに見守っている。


 白瀬灯理は、窓側に立っていた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 灯理は、三行の横の付箋と、台本『雨宿りの二人』を静かに見比べていた。


 次の係が、準備前に係用ノートを開いた。


 まず三行を読む。


「台詞の場所を一つ見る」


 声は小さいが、はっきりしていた。


「長くなりそうなら戻し時間へ置く」


 次に、横の付箋へ目を移す。


「会話が多い日。最初の返しは一文で止める」


 莉央が時間表を見る。


「今、二十八秒」


 柊が少し頷いた。


「三十秒に近いね」


 紬は鏡横の短い札を見た。


『まず、感じた一語と、見た台詞の場所を一つだけください』


 体験者への入口は増えていない。


 鏡横の言葉は、前と同じだった。


 村瀬先生が言った。


「では、始めましょう」


 紬が体験者役として台本を読んだ。


「『別に、待ってたわけじゃない』」


 少し視線をそらす。


 雨宿りの場面。


 相手は、濡れた傘を持っている。


 次の係は、体験者役の声を聞き、少しだけ台本へ目を戻した。


「今の一語は?」


 紬は考えた。


「強がり、です」


「場所は?」


「『待ってたわけじゃない』のところ」


 次の係は頷き、付箋を思い出すように一呼吸置いた。


 最初の返しは一文で止める。


「強がりが、この台詞の『別に』から出ていました」


 それだけ言って、止めた。


 紬は台本へ戻った。


 言葉が短かったからか、視線がすぐ台詞へ戻る。


「あ、でも『待ってたわけじゃない』の最後も、少し弱いかもしれません」


 次の係は、戻し時間カードを見た。


「それは戻し時間に置きます。今日は『別に』を見ます」


 真帆が部活ノートに書く。


『一文で止めると、体験者が台本へ戻りやすい』


『複数出た時、「今日は一つだけ」と戻せた』


 柊の表情が少し明るくなった。


 付箋は働いている。


 三行も働いている。


 体験者への入口も短いままだ。


 莉央が時間表を見た。


「準備は三十秒以内。返しも長くなっていません」


 紬が言った。


「返しが一文だと、聞いた後に台本へ戻りやすかったです」


 次の係は、ほっとしたように息を吐いた。


「付箋、助かりました」


 柊は係用ノートを見た。


 三行の横に置いた付箋。


 それは、ちゃんと働いた。


 けれど、体験はそこで終わらなかった。


 次は係交代を挟む場面だった。


『雨宿りの二人』の後半では、別の係が体験者役へ返すことになっていた。


 新しい係は、台本だけを手に取った。


 机の上にある係用ノートは、少し離れている。


 表紙横の付箋は、ノートを開けば見える。


 しかし、台本だけを持って鏡の前に立つと、付箋は視界から外れる。


 新しい係は、台本の後半を見ながら言った。


「じゃあ、次の返しを……」


 真帆が、小さく手を上げた。


「待って」


 部室が静かになる。


 新しい係が振り返る。


「どうしたの?」


 真帆は、係用ノートの表紙横の付箋を指差した。


「付箋、見た?」


 新しい係は、少し目を開いた。


「あ」


 係用ノートへ戻る。


『会話が多い日:最初の返しは一文で止める』


 新しい係は、少し照れたように笑った。


「台本だけ持って行きそうだった」


 柊の顔が引き締まった。


 言葉は働いた。


 最初の体験では、付箋がちゃんと助けになった。


 でも、係交代の時には、置き場所が少し遠かった。


 表紙横の付箋は、係用ノートを開く時には見える。


 しかし、台本だけを持って交代する場面では、目に入りにくい。


 真帆は、部活ノートに書いた。


『付箋の言葉は働いた』


『係交代時、表紙横だけでは少し遠い』


 柊は、係用ノートと台本を見比べた。


「付箋を置いたことで終わりじゃないんだ」


 次の係が頷く。


「開く場面も見ないといけない」


 真帆は、白瀬灯理を見た。


「先生、三行の横に付箋を置いたことで、会話が多い台本では助かりました。でも、係交代の時には台本だけを持ってしまい、付箋が少し遠くなりました。置いた言葉が働くかどうかは、言葉の中身だけでなく、開く場所にもあるのだと思いました」


 灯理は、真帆の言葉を静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、次の手入れへ移した説明の声をもう一度試すことは、付箋の言葉が役に立ったかどうかだけを見ることなのでしょうか」


 付箋の言葉が役に立ったかどうかだけを見ることなのか。


 真帆は、部活ノートを見た。


 言葉は働いた。


『最初の返しは一文で止める』


 この付箋のおかげで、係の返しは長くなりすぎなかった。


 体験者は台本へ戻りやすかった。


 三行も働いた。


 体験者への入口は短いまま守られた。


 けれど、置き場所には遠さがあった。


 係交代の時、表紙横だけでは見えにくい。


 だから、見るのは言葉の中身だけでは足りない。


 どこに置いたか。


 いつ開いたか。


 誰がその時に見られるか。


 それも試す必要がある。


 村瀬先生が、ホワイトボードに新しい紙を貼った。


『説明の次の手入れをもう一度試す』


 真帆がペンを持つ。


 灯理は静かに言った。


「では、今日働いたところと、置き場所が遠かったところを分けてみましょう」


 まず、移した声。


 柊が係用ノートを開いた。


「会話が多い日。最初の返しは一文で止める」


 次の係が続ける。


「三行はそのまま残す」


 紬が鏡横の札を見て言った。


「体験者への説明は増やさない」


 莉央が言った。


「毎回三十五秒とは決めない」


 真帆が書く。


『移した声:会話が多い日、最初の返しは一文で止める。三行はそのまま残す。体験者への説明は増やさない。毎回三十五秒とは決めない』


 次に、試した台本。


 次の係が台本を持ち上げた。


「『雨宿りの二人』」


 柊が続ける。


「会話が多い」


 莉央が言った。


「感情が変わる場所が二つある」


 真帆が続ける。


「係交代がある」


 書く。


『試した台本:『雨宿りの二人』。会話が多い。感情が変わる場所が二つある。係交代がある』


 次に、働いたところ。


 紬が言った。


「最初の返しを一文で止めると、体験者が台本へ戻りやすかった」


 次の係が続ける。


「係の返しが長くなりすぎなかった」


 柊が三行を見た。


「三行は体験前に理由を戻す入口として働いた」


 真帆が書く。


『働いたところ:最初の返しを一文で止めると、体験者が台本へ戻りやすかった。係の返しが長くなりすぎなかった。三行は体験前に理由を戻す入口として働いた』


 次に、置き場所が遠かったところ。


 真帆は、さっきの係交代の場面を思い出した。


「係交代の時、表紙横の付箋を見落としそうになった」


 新しい係が頷く。


「台本だけを持つ係には、付箋が少し遠かった」


 柊が言った。


「ノートを開く時には見える。でも、台本だけで立つと見えない」


 真帆が書く。


『置き場所が遠かったところ:係交代の時、表紙横の付箋を見落としそうになった。台本だけを持つ係には、付箋が少し遠かった』


 次に、入口が守られたところ。


 紬が鏡横の札を指差した。


「鏡横の体験者への短い言葉は増やさなかった」


 次の係が続ける。


「体験者は一語とひと場所で返せた」


 莉央が戻し時間カードを見た。


「戻し時間カードは使えた」


 真帆が書く。


『入口が守られたところ:鏡横の体験者への短い言葉は増やさなかった。体験者は一語とひと場所で返せた。戻し時間カードは使えた』


 次に、小さく直すところ。


 柊は、係用ノートと台本を並べた。


「表紙横の付箋は残します」


 真帆が頷く。


「会話が多い台本の上にも、小さな印を置く」


 莉央が言った。


「係交代時に、三行と付箋を一度だけ見る」


 紬が続ける。


「『最初の返しは一文で止める』を体験者へは説明しない」


 真帆が書く。


『小さく直すところ:表紙横の付箋は残す。会話が多い台本の上に小さな印を置く。係交代時に、三行と付箋を一度だけ見る。「最初の返しは一文で止める」を体験者へは説明しない』


 柊は、台本『雨宿りの二人』の上の端に、小さな丸印を鉛筆でつけた。


 目立ちすぎない。


 でも、係が台本を持つ時に気づける場所。


 丸印の横に小さく書く。


『一文』


 真帆がそれを見た。


「これなら、台本だけ持っても思い出せる」


 次に、まだ見るところ。


 莉央が言った。


「台本上の小さな印が多すぎないか」


 柊が続ける。


「係交代がない日にも必要か」


 紬が言った。


「一人語りの台本では不要か」


 真帆が続ける。


「三十五秒で足りるか」


 書く。


『まだ見るところ:台本上の小さな印が多すぎないか。係交代がない日にも必要か。一人語りの台本では不要か。三十五秒で足りるか』


 最後に、次に返す声。


 次の係が言った。


「柊へ、付箋の言葉は働いたことを返す」


 真帆が続ける。


「表紙横だけでは係交代時に遠かったことを返す」


 柊が言った。


「台本上の小さな印が助かるか、次に見ると返す」


 真帆が書く。


『次に返す声:柊へ、付箋の言葉は働いたことを返す。表紙横だけでは係交代時に遠かったことを返す。台本上の小さな印が助かるか次に見ると返す』


 村瀬先生は、新しいカードの形を整えた。


### 説明の次の手入れをもう一度試すカード


#### 試す時


* 返ってきた説明の声を手入れへ移した

* 付箋やノートに置いた

* 実際の体験で開いて試す

* 働いたところがある

* 置き場所が遠いところがある

* 次の係が使いやすい形へ直したい


#### 一緒に見ること


* 移した声

* 試した台本

* 働いたところ

* 置き場所が遠かったところ

* 入口が守られたところ

* 小さく直すところ

* まだ見るところ

* 次に返す声


#### 説明のもう一度試す欄


* 移した声:

* 試した台本:

* 働いたところ:

* 置き場所が遠かったところ:

* 入口が守られたところ:

* 小さく直すところ:

* まだ見るところ:

* 次に返す声:


 真帆は、今日の欄を清書した。


### 説明のもう一度試す欄


* 移した声:会話が多い日、最初の返しは一文で止める。三行はそのまま残す。体験者への説明は増やさない。毎回三十五秒とは決めない


* 試した台本:『雨宿りの二人』。会話が多い。感情が変わる場所が二つある。係交代がある


* 働いたところ:最初の返しを一文で止めると、体験者が台本へ戻りやすかった。係の返しが長くなりすぎなかった。三行は体験前に理由を戻す入口として働いた


* 置き場所が遠かったところ:係交代の時、表紙横の付箋を見落としそうになった。台本だけを持つ係には、付箋が少し遠かった


* 入口が守られたところ:鏡横の体験者への短い言葉は増やさなかった。体験者は一語とひと場所で返せた。戻し時間カードは使えた


* 小さく直すところ:表紙横の付箋は残す。会話が多い台本の上に小さな印を置く。係交代時に、三行と付箋を一度だけ見る。「最初の返しは一文で止める」を体験者へは説明しない


* まだ見るところ:台本上の小さな印が多すぎないか。係交代がない日にも必要か。一人語りの台本では不要か。三十五秒で足りるか


* 次に返す声:柊へ、付箋の言葉は働いたことを返す。表紙横だけでは係交代時に遠かったことを返す。台本上の小さな印が助かるか次に見ると返す


 カードができると、柊は係用ノートを整え直した。


 表紙の中央には三行。


『台詞の場所を一つ見る』


『長くなりそうなら戻し時間へ置く』


『体験者へは短く返す』


 その横には付箋。


『会話が多い日:最初の返しは一文で止める』


 そして、今日の台本『雨宿りの二人』の上には、小さな丸印。


『一文』


 鏡横の体験者への短い札は変えない。


 戻し時間カードも机に置いたまま。


 紬が台本を持って立ってみる。


「あ、台本の上に印があると、思い出せる」


 莉央が時間表を見ながら言った。


「係交代時に三行と付箋を見る時間を入れても、長くなりすぎないか、次に測ります」


 次の係が言った。


「体験者には説明しないまま、係だけが思い出せる印ですね」


 柊は頷いた。


「付箋を大きくするんじゃなくて、開く場所を少し増やす」


 真帆は部活ノートに書いた。


『言葉は働いた。置き場所を小さく直す』


 村瀬先生が静かに言った。


「今日見えたのは、付箋の中身だけではありませんでしたね」


 真帆が頷く。


「置き場所です」


「はい。説明の手入れは、言葉だけでなく、どこで開けるかも含まれます」


 雨の音が、窓の外で少し強くなった。


 部室の中では、台本の上の小さな丸印が、蛍光灯の下でほんの薄く光っていた。


 大きな変更ではない。


 三行を四行にしたわけではない。


 体験者への説明を増やしたわけでもない。


 けれど、係交代の時に開けるように、置き場所が少し直された。


 放課後の終わり、真帆は部活ノートを開いた。


『今日の困り:第64章で三行の横に「会話が多い日:最初の返しは一文で止める」を置いた。今日の会話台本では言葉は働いたが、係交代の時に台本だけを持ち、表紙横の付箋を見落としそうになった。付箋の言葉だけでなく、置き場所も試す必要があった』


『移した声:会話が多い日、最初の返しは一文で止める。三行はそのまま残す。体験者への説明は増やさない。毎回三十五秒とは決めない』


『試した台本:『雨宿りの二人』。会話が多い。感情が変わる場所が二つある。係交代がある』


『働いたところ:最初の返しを一文で止めると、体験者が台本へ戻りやすかった。係の返しが長くなりすぎなかった。三行は体験前に理由を戻す入口として働いた』


『置き場所が遠かったところ:係交代の時、表紙横の付箋を見落としそうになった。台本だけを持つ係には、付箋が少し遠かった』


『入口が守られたところ:鏡横の体験者への短い言葉は増やさなかった。体験者は一語とひと場所で返せた。戻し時間カードは使えた』


『小さく直すところ:表紙横の付箋は残す。会話が多い台本の上に小さな印を置く。係交代時に、三行と付箋を一度だけ見る。「最初の返しは一文で止める」を体験者へは説明しない』


『まだ見るところ:台本上の小さな印が多すぎないか。係交代がない日にも必要か。一人語りの台本では不要か。三十五秒で足りるか』


『次に返す声:柊へ、付箋の言葉は働いたことを返す。表紙横だけでは係交代時に遠かったことを返す。台本上の小さな印が助かるか次に見ると返す』


 そして、一文を書く。


『次の手入れへ移した説明の声をもう一度試すことは、「最初の返しは一文で止める」という付箋の言葉が役に立ったかだけを見ることではなく、会話台本で働いたところ・係交代で置き場所が遠かったところ・体験者への入口が守られたところを分け、次の係が開きやすい小さな置き場所へ直すことだった』


 真帆は、その一文を読み返した。


「次の係が開きやすい小さな置き場所へ直す」


 その言葉が、部活ノートの中で静かに残った。


 付箋の言葉は、働いた。


 それは確かだった。


 でも、働く言葉でも、遠い場所にあると開けないことがある。


 係用ノートの表紙横。


 会話台本の上の小さな印。


 係交代時に一度見る時間。


 それぞれの置き場所が見えて、次の手入れは少し使いやすくなった。


 夜、白瀬灯理は演劇部の部室を出た。


 廊下には雨の匂いが薄く流れていた。窓の外では、街灯の光が濡れた校庭にぼんやり映っている。


 部室の机には、係用ノートが置かれていた。


 表紙には三行。


 その横には付箋。


『会話が多い日:最初の返しは一文で止める』


 台本『雨宿りの二人』の上には、小さな丸印。


『一文』


 鏡横の札は変わらない。


 体験者への入口は短いままだった。


 柊、次の係、真帆、莉央、紬、村瀬先生が見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


 真帆が言った。


「こちらこそ、三行の横に移した一文付箋を実際の体験で開き、言葉の働きと置き場所の遠さを分ける時間を見せていただきました」


 灯理は静かに答えた。


 真帆は、部活ノートを手に持っていた。


「先生、最初は付箋の言葉が役に立ったかを見る日だと思っていました」


「はい」


「でも、係交代で、置き場所が遠いことも見えました」


 柊が続ける。


「表紙横の付箋は残します」


 次の係が言った。


「台本上の小さな印も置きます」


 紬が鏡横の札を見ながら言った。


「体験者への説明は増やしません」


 莉央が時間表を見せる。


「三十五秒で足りるか、次も測ります」


 村瀬先生は穏やかに言った。


「手入れは、言葉と置き場所と開く時間でできているのですね」


 灯理は、雨の降る校庭を見た。


 次の手入れへ移した説明の声をもう一度試すことは、付箋の言葉が役に立ったかだけを見ることではない。


 言葉は大切である。


 会話が多い日。


 最初の返しは一文で止める。


 その言葉は、係の返しを短くし、体験者が台本へ戻る助けになった。


 けれど、言葉が働くためには、開ける場所にあることも必要だった。


 係用ノートの表紙横だけでは、係交代時に少し遠い。


 台本だけを持つ係には見えにくい。


 だから、分ける。


 働いたところ。


 置き場所が遠かったところ。


 入口が守られたところ。


 小さく直すところ。


 まだ見るところ。


 次に返す声。


 そうして、移した声は、ただ役に立った言葉ではなくなる。


 次の係が開きやすい手入れになる。


 灯理は、部室の扉を一度振り返った。


 真帆の部活ノートには、一文が残っている。


 次の手入れへ移した説明の声をもう一度試すことは、「最初の返しは一文で止める」という付箋の言葉が役に立ったかだけを見ることではなく、会話台本で働いたところ・係交代で置き場所が遠かったところ・体験者への入口が守られたところを分け、次の係が開きやすい小さな置き場所へ直すことだった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。