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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第28章 第2話:反対意見の授業――空気が止まる一言


 教室の黒板には、大きく「文化祭企画」と書かれていた。


 放課後の教室は、いつもの授業中よりも少し熱を帯びている。窓の外では運動部の声が遠く響き、廊下からは別のクラスの笑い声が聞こえてくる。机は班ごとに寄せられ、黒板の前には企画リーダーの悠斗が立っていた。


「やっぱり、お化け屋敷でしょ」


 悠斗が言うと、教室のあちこちから声が上がった。


「いい!」

「絶対人気出る」

「二組に負けないやつ作ろう」

「暗くしてさ、急に出るやつ!」


 悠斗は、嬉しそうにチョークを握った。


 黒板に大きく書く。


『お化け屋敷』


 その文字だけで、教室が一段明るくなったようだった。


 中学二年生の文化祭。


 クラス展示は、毎年かなり盛り上がる。去年の二年生は迷路を作り、一昨年は縁日を作った。今年は何をするか、数日前から話題になっていた。


 悠斗は、盛り上げるのが上手だった。


 休み時間でも、給食中でも、すぐに人を巻き込む。


 誰かが遠慮していると、「いいじゃん、言ってみようぜ」と背中を押す。大きな声で笑い、黒板の前に立つと自然とみんなの視線が集まる。


 今日も、悠斗の声に教室が引っ張られていた。


「まず、入口は暗幕で全部暗くする」

「音もほしい。急に大きな音」

「机で道を作って、曲がり角で人が出る」

「最後に写真スポット作ろうよ」

「怖いけど面白いやつ!」


 黒板に案が増えていく。


『暗幕』

『大きな音』

『飛び出す係』

『曲がり角』

『写真スポット』

『怖い演出』


 小春は、ノートを開いたまま、その文字を見ていた。


 みんな楽しそうだった。


 だからこそ、言いにくかった。


 小春の隣の席には、葵が座っている。


 葵は、普段から声の大きい場所が少し苦手だった。体育館でマイクが急に鳴った時も、肩を強く揺らすことがある。暗い場所も得意ではない。以前、理科室の停電訓練で教室が暗くなった時、葵は机の端をぎゅっと握っていた。


 そのことを、小春は知っている。


 でも、葵は言わない。


 今も、葵は笑おうとしていた。


 周りに合わせて、口元だけ少し上げている。


 けれど、黒板に『大きな音』と書かれた時、葵の指がノートの角を強く押さえた。


 小春は、その指を見た。


「葵」


 小さく声をかける。


「大丈夫?」


 葵は、少し驚いたように小春を見た。


「うん。大丈夫」


 その返事は、少し早かった。


 小春は、胸の奥がざわついた。


 大丈夫じゃないかもしれない。


 でも、今の教室でそれを言えるだろうか。


 悠斗は黒板の前で、さらに案を集めている。


「音はさ、録音して流す? 悲鳴とか」


「やばい、絶対怖い」

「急に机の下から手が出るとか」

「それ面白すぎ」


 笑い声が広がる。


 小春は手元のペンを握った。


 怖すぎるかもしれない。


 音が大きいと、入れない人がいるかもしれない。


 暗い場所が苦手な人もいるかもしれない。


 そう言いたかった。


 でも、言ったらどうなるだろう。


 盛り上がっている空気が止まる。


 みんながこちらを見る。


 悠斗が「え、今?」と言うかもしれない。


 せっかく楽しい話をしているのに、心配ばかり言う人だと思われるかもしれない。


 小春は、ペン先をノートに押しつけた。


 ノートの端に、小さく書く。


『怖すぎるかも』


 その文字は、黒板には届かない。


 瀬尾先生は、教室の後ろで様子を見ていた。


 腕を組み、時々頷いている。


「いいですね。意見がどんどん出ています」


 先生の声も、場を後押しした。


 悠斗は黒板を振り返った。


「じゃあ、方向性はお化け屋敷でいいですか?」


「賛成!」


「いいと思う」

「やろう!」


 何人かが手を挙げる。


 拍手も起きかける。


 小春は、葵を見た。


 葵は手を挙げていない。


 でも、反対もしていない。


 小春の胸の中で、何かがぎゅっと縮んだ。


 このまま決まったら、葵はどうするのだろう。


 当日、受付係になるのかもしれない。


 準備だけ手伝って、中には入らないのかもしれない。


 でも、クラスのみんなで作る企画なのに、怖い人は外にいるしかないのだろうか。


 小春の手が、少し上がった。


 自分でも驚くくらい小さく。


 瀬尾先生が気づいた。


「小春さん」


 教室の視線が、小春に集まった。


 小春は、喉が乾くのを感じた。


 悠斗も、小春を見る。


「どうした?」


 小春は、黒板を見た。


 お化け屋敷。


 暗幕。


 大きな音。


 飛び出す係。


 怖い演出。


 その文字が、急に大きく見えた。


「ちょっと」


 声が小さくなる。


「ちょっと、怖すぎるかも」


 教室の空気が止まった。


 本当に、止まったように感じた。


 さっきまで笑っていた声が、急に引いた。


 誰かが椅子を動かす音だけが、やけに大きく聞こえる。


 悠斗は、眉を少し上げた。


「え、今?」


 その一言で、小春の胸が冷たくなった。


「いや、怖いのがお化け屋敷じゃん」


 別の生徒が言う。


「怖くなかったら意味なくない?」


「苦手なら、係やればいいんじゃない?」


「入らなくても準備はできるし」


 悪口ではなかった。


 でも、小春には一つひとつが自分の発言を押し戻す音に聞こえた。


「ごめん」


 小春は、思わず言った。


「別に、反対っていうか」


 言葉が続かない。


 葵は、隣で俯いていた。


 小春は、それ以上何も言えなくなった。


 会議は、その後も続いた。


 でも、小春には、もう黒板の文字があまり入ってこなかった。


 放課後、教室に残った小春は、自分のノートを見ていた。


『怖すぎるかも』


 その文字の下に、何も書けていない。


 自分は、楽しい空気を壊したのだろうか。


 みんなが盛り上がっていたのに、水を差したのだろうか。


 言わなければよかったのかもしれない。


 でも、言わなかったら、葵の指はずっとノートの角を押さえたままだった気がする。


「小春」


 声がして顔を上げると、葵が立っていた。


「さっき、ごめん」


 葵が言う。


 小春は驚いた。


「なんで葵が謝るの」


「私が言えばよかったのに」


「そんなことないよ」


「でも、小春が言ってくれたの、私のこともあったでしょ」


 小春は、すぐには答えられなかった。


 葵は、小さく笑った。


「わかるよ」


 小春は、ノートを閉じた。


「私、うまく言えなかった」


「うん」


「反対したかったわけじゃなくて」


「うん」


「でも、どう言えばよかったのかわからなかった」


 葵は、窓の外を見た。


 校庭には夕方の光が落ちている。


「私も、どう言えばいいかわからない」


 二人は、しばらく黙っていた。


 その時、教室の入口から白瀬灯理が顔を出した。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 今日は文化祭会議の様子を見に来ていた先生だった。


「まだ残っていたのですね」


 灯理の声は静かだった。


 小春は、少し身構えた。


 怒られるわけではないとわかっていても、さっきの会議のことを思い出すと胸が重い。


 灯理は、二人の近くの席に腰を下ろした。


「今日の会議で、少し苦しい時間がありましたか」


 小春は、ノートを握った。


「先生」


「はい」


「反対したら、楽しい空気を壊した人になりますか」


 声にした瞬間、胸の奥にあった不安が形になった。


 反対した人。


 水を差した人。


 楽しいことに文句を言う人。


 そんなふうに見られるのが怖かった。


 灯理は、小春の言葉を静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、反対の声は、場を壊すためだけに出てくるのでしょうか」


 小春は、答えられなかった。


 反対。


 その言葉は、強くて硬い。


 だめ。


 やめよう。


 違う。


 そういう意味に聞こえる。


 でも、自分が言いたかったのは、お化け屋敷を全部やめようということではなかった。


 誰かが入れないほど怖くしない方法はないか。


 そう言いたかった。


 灯理は、黒板の前へ行き、端に残っていたチョークを手に取った。


 黒板の隅に、静かに書く。


『反対の中にあるもの』


 その下に、いくつかの欄を作った。


『嫌だから反対』

『心配がある』

『誰かが参加しにくい』

『安全面が不安』

『別案がある』

『条件付き賛成』

『大事にしたいことが違う』


 小春は、その文字を見つめた。


 反対にも種類がある。


 全部が「壊す」ではない。


 葵が、小さく言った。


「私、小春のは、心配がある、だと思う」


 小春は、葵を見た。


「うん。たぶん」


 灯理は頷いた。


「心配は、企画を消すためだけのものではありません。企画に入れない人を見つける情報になることがあります」


 その言葉が、小春の中で少しだけ灯った。


 翌日の放課後、文化祭企画会議はもう一度開かれた。


 黒板には、昨日の案が残っている。


『お化け屋敷』

『暗幕』

『大きな音』

『飛び出す係』

『怖い演出』


 でも、その横に新しい紙が貼られていた。


『心配カード』

『大事にしたいことカード』


 瀬尾先生は、教室の前で言った。


「昨日の会議では、たくさんの楽しい案が出ました。ただ、反対や心配を出しにくい空気もありました。今日は、企画をやめるか続けるかではなく、心配を見えるようにしながら考えます」


 悠斗は、少し落ち着かない顔で立っていた。


 昨日、小春に「え、今?」と言ったことを気にしているのかもしれない。


 灯理が、カードを配った。


 水色のカードには『心配があります』。


 黄色のカードには『大事にしたいこと』。


 桃色のカードには『こう変えたら参加しやすい』。


「まず、誰も話さずに書きます」


 教室に静かな時間が落ちた。


 小春は、水色のカードを見た。


『心配があります』


 昨日は、反対と言うのが怖かった。


 でも、心配なら書ける。


 小春は書いた。


『暗すぎたり、大きな音が急に出たりすると、入れない人がいるかもしれない』


 もう一枚。


『怖いのが苦手な人も、クラス企画に参加できる形がほしい』


 葵は、しばらくカードを見つめていた。


 それから、ゆっくり書いた。


『暗い場所と大きな音が苦手です。でも、準備だけじゃなくて、できれば何かに参加したいです』


 その文字を書く葵の手は、少し震えていた。


 悠斗も、黄色のカードを書いていた。


『来た人がわくわくする企画にしたい』

『他のクラスに負けないくらい楽しくしたい』

『みんなで作った感じがほしい』


 カードが集められ、黒板に貼られていく。


 最初に『大事にしたいこと』。


『楽しい』

『怖くて面白い』

『人気が出る』

『クラスみんなで作る』

『お客さんに驚いてほしい』

『準備から盛り上がりたい』


 次に『心配』。


『暗いのが苦手な人がいる』

『大きな音が急に鳴るのは怖い』

『驚かされるのが嫌な人もいる』

『小さい子が泣くかもしれない』

『逃げ場がないとつらい』

『係によっては参加できない人が出る』

『怖いのが苦手だと外にいるしかなくなる』


 教室は、昨日とは違う静けさになった。


 悠斗は、黒板の心配カードをじっと見ていた。


「こんなにあったんだ」


 誰かが小さく言った。


 瀬尾先生も、少し表情を引き締めていた。


「先生も、昨日は盛り上がっていることを合意のように見ていました」


 先生は、クラスに向かって言った。


「でも、盛り上がりの中で出しにくい声がありましたね」


 小春は、葵のカードを見つけた。


 名前は書かれていない。


 でも、葵の字だとわかった。


 暗い場所と大きな音が苦手です。


 でも、準備だけじゃなくて、できれば何かに参加したいです。


 小春の胸が少し熱くなった。


 昨日、自分がうまく言えなかったことの先に、葵自身の声があった。


 悠斗が、ゆっくり手を挙げた。


「昨日、小春が言った時、俺、『え、今?』って言いました」


 小春は、顔を上げた。


 悠斗は、少し気まずそうに頭をかいた。


「あれ、よくなかったと思う。反対されたって思って、すぐ守ろうとした。お化け屋敷案を」


 教室は静かに聞いていた。


「でも、心配カードを見たら、別に小春は楽しさを消そうとしてたわけじゃないんだなって思った」


 小春は、手元のカードを握った。


 悠斗は続けた。


「俺、楽しいを一つに決めすぎてたかもしれない。怖いのが平気な人の楽しいだけで考えてた」


 葵が、少し顔を上げた。


 灯理が、黒板に新しく書いた。


『反対や心配を聞く時の言葉』


 その下に、悠斗がチョークを持って書いた。


『どこが心配?』

『何を残したい?』

『どう変えたら参加しやすい?』


 灯理が頷いた。


「反対を受け取る時、すぐに否定されたと受け止めると、話し合いは止まりやすくなります。心配の中にある『大事にしたいこと』を聞くと、次の形が見えやすくなります」


 次に、桃色のカードを使って、案を調整した。


『こう変えたら参加しやすい』


 小春は書いた。


『音量を選べるようにする』

『急に大きな音が出る場所をなくすか、表示する』

『暗いルートと明るめのルートを作る』


 葵は、少し迷ってから書いた。


『受付や案内係だけではなく、明るい謎解きルートの係ならできそう』


 悠斗は書いた。


『怖いルートと謎解きルートに分ける』

『驚かす場所に印をつける』

『途中で出られる休憩出口を作る』


 他の生徒からも案が出た。


『音が鳴る前に小さなランプをつける』

『怖さレベルを入口で選べる』

『小さい子向け時間を作る』

『苦手カードを受付で出せる』

『飛び出す係は、近づきすぎない』

『暗幕を全部閉じず、足元は見えるようにする』

『お化け役以外にも装飾係、受付係、謎解き係、案内係を作る』


 黒板が、昨日とは違う案で埋まっていく。


 お化け屋敷は消えていない。


 でも、形が変わっている。


 怖さを一つに決めるのではなく、選べる企画になり始めていた。


 悠斗は、黒板の前で腕を組んだ。


「これ、むしろ面白くない?」


 蓮が言った。


「怖さレベル選べるの、ゲームみたい」


「謎解きルートも人気出そう」


「受付でカード出せるのいいかも」


 葵が、手元のカードを見つめていた。


 小春が小さく聞く。


「言えそう?」


 葵は、少しだけ首を縦に動かした。


 そして、手を挙げた。


 教室が静かになる。


 瀬尾先生が言った。


「葵さん」


 葵は、机の上のカードを見ながら言った。


「私は、暗い場所と大きな音が苦手です」


 声は震えていた。


 でも、止まらなかった。


「でも、お化け屋敷をやめてほしいわけじゃなくて。明るめの謎解きルートとか、受付で怖さを選べるなら、参加できると思います」


 教室は、さっきとは違う静けさで聞いていた。


 悠斗が、ゆっくり頷いた。


「葵、言ってくれてありがとう」


 葵は、少し驚いた顔をした。


 悠斗は、黒板に書いた。


『明るめ謎解きルート』

『怖さ選択カード』

『休憩出口』


「これ、入れよう」


 小春は、胸の奥がゆっくりほどけていくのを感じた。


 反対は、止めるだけではなかった。


 心配は、企画を細くするだけではなかった。


 むしろ、入れる人を増やす形に変わっていく。


 会議の最後に、クラス企画の新しい案がまとまった。


 名前は、


『選べるお化け屋敷――こわい道と、なぞの道』


 入口には、怖さレベルを選べるカードを置く。


 赤は、暗くて少し驚くルート。


 黄色は、暗さ控えめの謎解きルート。


 青は、明るい展示と写真スポット。


 大きな音は使わず、音量を下げた環境音にする。


 飛び出す場所には、小さな印をつける。


 途中で出られる休憩出口を作る。


 係は、お化け役、謎解き係、受付、案内、装飾、音響、休憩出口係に分ける。


 苦手な人も、準備だけでなく当日の役割を選べるようにする。


 瀬尾先生は、黒板を見て言った。


「昨日のお化け屋敷案より、複雑になりましたね」


 悠斗が笑った。


「でも、こっちの方が、いろんな人が入れる気がします」


 小春も頷いた。


 複雑になった。


 でも、狭くなったわけではない。


 広がったのだ。


 その日の帰り道、小春と葵は廊下を歩いていた。


 文化祭のポスターが、廊下の壁に少しずつ貼られ始めている。


「葵、言えたね」


 小春が言うと、葵は少し照れたように頷いた。


「カードがあったから」


「うん」


「あと、小春が昨日止めてくれたから」


「止めたっていうか、止まっちゃった」


 小春は苦笑した。


「空気」


 葵も小さく笑った。


「でも、止まったから見えたのかも」


「何が?」


「私が入れなかったこと」


 小春は、廊下の窓から外を見た。


 夕方の空に、薄い雲が流れている。


 空気を止めることは怖かった。


 でも、止まらなければ見えないものもあるのかもしれない。


 教室に戻ると、小春は企画ノートを開いた。


 今日の会議の記録を書く。


『昨日は、怖すぎるかもと言ったら空気が止まった』

『今日は、心配カードで書いた』

『葵が暗い場所と大きな音が苦手だと言えた』

『お化け屋敷はなくならず、選べる形になった』


 そして、最後に一文を書いた。


『反対は、楽しいを壊す声じゃなくて、楽しいに入れない人を見つける声だった』


 書いた文字を見て、小春は少しだけ息を吐いた。


 反対することは、まだ怖い。


 次もすぐに言えるかはわからない。


 でも、反対の中には、心配がある。


 心配の中には、誰かが大事にしたいものがある。


 そこを聞いてもらえるなら、反対は場を壊すだけのものではなくなる。


 放課後、白瀬灯理は中学校を出た。


 校舎の窓には、文化祭準備の明かりがいくつか残っている。廊下の奥からは、段ボールを運ぶ音と、生徒たちの声が聞こえた。空は薄い紫色に変わり始めていた。


 瀬尾先生が、玄関まで見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、反対の声が企画を広げる時間を一緒に見せていただきました」


 瀬尾先生は、少し反省したように言った。


「私は、昨日の盛り上がりを見て、いい話し合いだと思っていました」


「はい」


「でも、盛り上がっている時ほど、反対や心配が言いにくくなるのですね」


 灯理は頷いた。


「はい」


「これからは、『反対ありますか』だけではなく、『心配はありますか』『何を残したいですか』と聞けるようにしたいです」


 少し離れたところで、悠斗が黒板に貼るための大きな紙を抱えて歩いていた。


 そこには、太い文字で書かれている。


『選べるお化け屋敷――こわい道と、なぞの道』


 葵がその横で、謎解きルートの案を持っている。


 小春は、心配カードの箱を作っていた。


 反対を学ぶことは、場を壊すことではない。


 もちろん、反対の声は場を止めることがある。


 笑っていた空気が静かになる。


 進みかけた案が立ち止まる。


 言われた側は、否定されたように感じる。


 言った側も、怖くなる。


 でも、その一言が止めた場所には、まだ見えていなかった誰かの不安があることがある。


 参加しにくさがある。


 安全への心配がある。


 大事にしたいことの違いがある。


 反対を「だめ」とだけ受け取ると、話し合いは狭くなる。


 けれど、「どこが心配?」「何を残したい?」「どう変えたら参加しやすい?」と聞くことができれば、反対は次の形を探すための声になる。


 楽しさを消すのではなく、楽しさに入れない人を見つける声になる。


 灯理は、夕暮れの校舎を振り返った。


 教室の黒板には、心配カードと大事にしたいことカードが貼られている。


 企画ノートのページには、小春の字で一文が残っている。


 反対は、楽しいを壊す声じゃなくて、楽しいに入れない人を見つける声だった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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