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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第23章 第4話:年齢の授業――若すぎる代表、遅すぎる挑戦


 柚希の発言は、議事録の端に小さく残されていた。


『若者代表より意見あり。参考とする。』


 たった、それだけだった。


 地域センター二階の会議室には、古いエアコンの低い音が響いている。長机は四角く並べられ、真ん中には空き地活用計画の図面が広げられていた。


 窓の外には、話し合いの対象になっている空き地が見える。


 昔、小さな商店があった場所。


 店が閉じ、建物が取り壊されてから、しばらく砂利のままになっている。


 雨の日には水たまりができ、夏には雑草が伸びる。


 夕方には、中学生や高校生が塀に寄りかかって話していることもある。


 高齢者が買い物帰りに立ち止まり、腰を下ろす場所を探していることもある。


 子どもたちは、近道として横切る。


 誰かの場所ではない。


 だからこそ、誰の場所にもなれていない。


 その空き地をどう使うかを話し合うのが、今日のまちづくり委員会だった。


 柚希は、高校二年生。


 この委員会には、子ども・若者代表として参加している。


 最初に声をかけられた時は、少し誇らしかった。


 地域の大人たちが、高校生の声を聞きたいと言ってくれた。


 放課後に、学校でも家でもない場所がほしいと思っていた柚希にとって、空き地の活用は他人事ではなかった。


 部活がない日。


 塾までの待ち時間。


 家に帰る前に少しだけ友だちと話したい時間。


 雨の日に、駅前で立ったまま待たなくていい場所。


 勉強してもよく、ただ座ってもよく、大人に用事があるのかと聞かれない場所。


 そういう場所が、この町には少なかった。


 だから柚希は、前回の会議で提案した。


「屋根のあるベンチと、小さな学習テーブルがほしいです。放課後に中高生が少し勉強したり、迎えを待ったりできる場所があると助かります」


 委員長の坂井さんは、その時、にこやかに頷いた。


「若い人らしい意見ですね。参考にします」


 その時は、柚希も少し嬉しかった。


 でも、今日配られた議事録を見て、胸の奥が冷えた。


 参考とする。


 そこから先に、柚希の提案は進んでいなかった。


 今日の資料には、別の案が大きく載っている。


『地域交流広場案』

『防災倉庫設置案』

『花壇整備案』

『高齢者向け健康体操スペース案』


 どれも大切だと思う。


 でも、柚希が言った「放課後の居場所」は、どこにも入っていない。


 会議室の端には、もう一人、少し緊張した様子の参加者が座っていた。


 静子。


 七十二歳。


 夫を亡くしてから、家にいる時間が長くなった。


 庭いじりが好きで、花の名前をよく知っている。


 以前から地域活動に興味はあったが、夫の介護や家のことに追われ、参加する機会がなかった。


 夫が亡くなり、少しずつ外へ出ようと思った時、この空き地活用の話を聞いた。


 静子は、空き地に小さな花壇とベンチを作りたいと思っている。


 買い物帰りの人が休める場所。


 子どもが花の名前を覚えられる場所。


 水やりをすることで、毎朝外へ出る理由になる場所。


 でも、前回の会議でそう言いかけた時、隣の人に言われた。


「静子さん、無理しないで。花壇の世話は体力がいるから」


 別の人も言った。


「若い人に任せればいいですよ。見守ってくだされば」


 悪気はない。


 心配してくれているのだろう。


 でも、その言葉で、静子は口を閉じた。


 この年から、新しいことを始めるのは遅いのかもしれない。


 そう思った。


 会議が始まった。


 坂井さんが資料を整え、咳払いをする。


「本日は、空き地活用計画の具体案について検討します。防災、健康づくり、地域交流の三つを柱に考えていきたいと思います」


 柚希は、資料を見た。


 若者の居場所は、柱に入っていない。


 静子は、花壇案の小さな欄を見た。


 そこには、『管理負担が課題』と書かれている。


 坂井さんは続けた。


「若い方の意見も前回いただきました。中高生の居場所という視点ですね。これは今後の参考にしながら、まずは地域全体に必要な機能を優先して」


 柚希は、そこで手を挙げた。


 心臓が少し速くなる。


「すみません」


「はい、柚希さん」


「中高生の居場所は、地域全体に必要な機能ではないんですか」


 会議室が少し静かになった。


 坂井さんは、困ったように笑った。


「もちろん、大切ですよ。ただ、今回は限られたスペースですからね。まずは多くの方が使えるものを」


「中高生も地域の人です」


 柚希の声は、自分でも少し強く聞こえた。


 何人かの大人が顔を上げる。


 坂井さんは、穏やかな声で言った。


「若い人の意見は貴重です。だからこそ、こうして代表で来てもらっています」


 その言葉に、柚希の胸が詰まった。


 代表として呼ばれている。


 でも、決める場所には入れてもらえていない。


 意見は聞かれる。


 参考にされる。


 けれど、案を動かす力にはならない。


 柚希は、膝の上で手を握った。


 その時、会議室の後ろから静かな声がした。


「柚希さんの問いを、少し置いてみませんか」


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 白瀬灯理だった。


 まちづくり委員会の学習支援者として、今日の会議に同席している。


 坂井さんは、少しほっとしたように頷いた。


「白瀬先生、お願いします」


 灯理は、柚希の方を見た。


 柚希は、胸の中に溜まっていた言葉をこぼすように言った。


「先生、若いからって、意見が軽くなるんですか」


 会議室の空気が止まった。


 誰かが資料をめくる手を止める。


 静子は、柚希の横顔を見た。


 その言葉は、静子の胸にも届いた。


 若いから軽い。


 年を取ったから遅い。


 どちらも、違う形の線だった。


 静子は、ゆっくり手を挙げた。


「私も、聞いてもいいでしょうか」


 坂井さんが驚いたように見る。


「静子さん、どうぞ」


 静子は、少し背筋を伸ばした。


「先生、この年から始めることは、もう遅いんでしょうか」


 言葉は柔らかかった。


 でも、震えていた。


「花壇を作りたいと言ったら、無理しないでと言われました。心配してくださったのはわかります。でも、何かを始めたい気持ちまで、年齢で止められたようで」


 灯理は、柚希と静子を交互に見た。


 そして、問いを返した。


「うん。では、年齢は、その人が考えられることの広さを決めてしまうのでしょうか」


 会議室の中に、その問いが静かに置かれた。


 坂井さんは、資料の上に視線を落とした。


 年齢。


 若者代表。


 高齢者。


 働き盛り。


 子育て世代。


 委員会では、自然にそういう言葉を使ってきた。


 若者は意見を出す側。


 高齢者は見守る側。


 実際に計画を決めるのは、地域活動に慣れた大人たち。


 そう思っていた。


 悪意はない。


 むしろ、配慮のつもりだった。


 しかし、その配慮が、誰かの声を軽くし、誰かの一歩を止めていたのかもしれない。


 灯理は、ホワイトボードの前に立った。


「今日は、空き地の使い方を決める前に、年齢で分けてしまっている役割を見えるようにしてみませんか」


 ホワイトボードに、いくつかの言葉が書かれた。


『若いから』

『年だから』

『働き盛りだから』

『子どもだから』

『高齢者だから』

『代表だから』

『参考意見だから』


 灯理は、付箋を配った。


「言われたこと、言ってしまったこと、言われたらどう感じるか。書ける範囲で書いてみてください」


 最初、誰も動かなかった。


 会議室には、紙の擦れる音とエアコンの低い音だけがあった。


 やがて、柚希が付箋に書いた。


『若い人らしい意見ですね』

『参考にします』

『まだ社会のことを知らないから』

『大人になったらわかるよ』


 静子も書いた。


『無理しないで』

『若い人に任せて』

『今さら大変でしょう』

『見守ってくれればいい』


 それをきっかけに、他の参加者も書き始めた。


『子育て中だから忙しいでしょう』

『働いている人は地域活動に来られない』

『高齢者はデジタルが苦手』

『高校生はすぐ飽きる』

『年配の人は変化を嫌う』

『若者の意見は斬新だけど現実的ではない』

『昔から住んでいる人の意見が重い』

『新しく来た人は地域を知らない』


 付箋が増えるほど、会議室の空気は少し重くなった。


 自分たちが何気なく使ってきた言葉が、見える形になる。


 坂井さんは、自分の前に置かれた付箋を見ていた。


『若い人の意見として参考にします』


 自分がよく言っていた言葉だった。


 灯理は、次の問いを書いた。


『その人の時間から見えている町は何か』


「年齢で役割を決める前に、それぞれの時間から見えている町を出してみましょう」


 柚希は、少し考えてから書いた。


『放課後、家に帰る前に行ける場所が少ない』

『塾や迎えまでの待ち時間に立っている』

『雨の日に濡れずに待てる場所がない』

『コンビニ前にいると注意される』

『勉強したいけど図書館は遠い』

『大人の目が全部監視に感じる時がある』

『でも、全く人目がない場所も怖い』


 静子は書いた。


『買い物帰りに休む場所が少ない』

『毎日外へ出る理由があると助かる』

『花の世話なら短い時間でも関われる』

『夫が亡くなってから人と話す機会が減った』

『ベンチがあると、少し町に残れる』

『花壇は子どもと話すきっかけになる』


 子育て中の参加者が書いた。


『ベビーカーで休める日陰がほしい』

『子どもが少し遊んでいる間に荷物を置ける場所』

『水飲み場があると助かる』


 働く世代の参加者が書いた。


『通勤前後に通るが、地域活動の時間には来られない』

『夜でも明るく安全な場所にしてほしい』

『休日に短時間だけ関われる仕組みがあるとよい』


 外国人住民の代表が書いた。


『掲示が日本語だけだとイベントに参加しにくい』

『座れる場所があれば、子どもと待てる』

『花の名前を多言語で書くと話しやすい』


 ホワイトボードは、年齢のラベルではなく、生活の時間で埋まっていった。


 放課後。


 買い物帰り。


 通勤前後。


 子どもの散歩。


 夕方の見守り。


 休日の短い参加。


 灯理は言った。


「空き地を、世代別の場所としてではなく、時間帯と使い方で見てみましょう」


 新しい模造紙が広げられた。


『朝』

『昼』

『放課後』

『夕方』

『夜』

『休日』


 柚希は、放課後の欄に自分の提案を置いた。


『屋根付きベンチ』

『学習テーブル』

『スマートフォンを充電できる場所』

『人目はあるが、監視されすぎない配置』


 静子は、朝と昼の欄に付箋を貼った。


『花壇の水やり』

『短時間の手入れ』

『買い物帰りに座れるベンチ』

『季節の花を植える』


 子育て世代は、昼と夕方の欄に書いた。


『日陰』

『水飲み場』

『ベビーカーでも入りやすい道』


 高齢者の参加者は、夕方の欄に書いた。


『通学路の見守り』

『座りながら見守れる位置』


 働く世代は、休日の欄に書いた。


『月一回の整備日』

『短時間の掃除』

『夜の照明点検』


 少しずつ、案が重なっていく。


 柚希の屋根付きスペースは、中高生だけのものではなくなった。


 雨の日に迎えを待つ小学生。


 買い物帰りの高齢者。


 ベビーカーの親。


 夕方の見守りをする人。


 誰もが使える屋根付きベンチへ変わっていく。


 静子の花壇は、高齢者だけの趣味ではなくなった。


 子どもが花の名前を知る場所。


 外国人住民が多言語の札を作る場所。


 短時間でも地域に関われる場所。


 誰かが毎朝外へ出る理由になる場所へ変わっていく。


 坂井さんは、黙ってそれを見ていた。


 自分は、若者の居場所と高齢者の花壇を別々の要望として見ていた。


 限られた空き地で、どちらを優先するか。


 そう考えていた。


 けれど、使う時間と理由を重ねると、対立ではなく組み合わせが見えてくる。


 坂井さんは、ゆっくり口を開いた。


「柚希さん」


「はい」


「前回、あなたの意見を参考として扱いました。すみません。議論の中心に入れられていませんでした」


 柚希は、驚いて顔を上げた。


 坂井さんは、静子にも向き直る。


「静子さんにも、無理しないでという言葉で、提案する機会を狭めていたかもしれません」


 静子は、少し戸惑いながらも頷いた。


「心配してくださったのは、わかっています」


「はい。でも、心配と、止めることは同じではありませんね」


 坂井さんは、資料を閉じた。


「今日の議事録から、発言者の年齢でまとめるのをやめます。意見の内容と理由、検討結果を残します」


 灯理は頷いた。


「誰が言ったかを消す必要はありません。ただ、年齢のラベルだけで軽くしないことが大切ですね」


 坂井さんは、新しい議事録用紙に項目を書いた。


『提案内容』

『理由』

『必要としている時間帯』

『一緒に使える人』

『検討する課題』

『担当者』

『次回までに確認すること』


 柚希の提案は、そこに書き直された。


提案内容:

『放課後にも使える屋根付きベンチと学習テーブル』


理由:

『中高生が雨の日や迎え待ちの時間に、安全に過ごせる場所が少ない。図書館や学校以外に、短時間立ち寄れる場所が必要』


一緒に使える人:

『小学生、買い物帰りの高齢者、ベビーカーの親、地域の見守り参加者』


検討する課題:

『夜間管理、騒音、照明、利用ルール』


担当者:

『柚希、坂井、子育て世代代表』


 静子の提案も書かれた。


提案内容:

『小さな花壇と、花壇の近くのベンチ』


理由:

『短時間でも地域に関われる。買い物帰りに休める。子どもが季節の花を知るきっかけになる』


一緒に使える人:

『高齢者、子ども、外国人住民、休日の整備参加者』


検討する課題:

『水やりの負担、夏の管理、道具置き場』


担当者:

『静子、柚希、外国人住民代表、商店会』


 柚希は、自分の名前が担当者欄に書かれるのを見た。


 若者代表。


 参考意見。


 そうではなく、共同で考える人として。


 静子も、自分の名前を見て、少し背筋を伸ばした。


 この年から始めることは、遅くないのかもしれない。


 無理のない形を一緒に考えればよい。


 会議の終盤、空き地案は少しずつ形になった。


 屋根付きベンチ。


 小さな花壇。


 放課後の学習テーブル。


 夕方の見守り。


 誰でも使える水飲み場。


 世代交流掲示板。


 掲示板には、花壇の手入れ予定、地域イベント、子どもたちの勉強会、買い物支援の案内、多言語の短いお知らせを貼ることになった。


 ベンチは、花壇の近くと屋根の下に置く。


 学習テーブルは、放課後に使えるが、昼間は買い物帰りの人や親子も座れるようにする。


 利用ルールは、高校生だけに注意書きを出すのではなく、全員に向けて作る。


『長く使うために、互いの時間を大切にする』

『大きな音を出しすぎない』

『ゴミは持ち帰る』

『困ったことは掲示板の連絡先へ』

『誰かの場所ではなく、時間で分け合う場所』


 柚希は、その文を見て、少しだけ笑った。


 自分たちは注意される対象ではなく、ルールを作る側にもなれる。


 静子は、花壇の配置図に小さな丸を描いた。


「ここに、背の低い花を植えましょう。ベンチに座った子どもにも見えるように」


 柚希が言った。


「花の名前、札に書きませんか。日本語だけじゃなくて、英語とか、ほかの言葉も」


 外国人住民代表が頷いた。


「いいですね。子どもたちと一緒に作れます」


 静子は、柚希を見た。


「柚希さん、花の札、一緒に考えてくれますか」


「はい」


「私はスマートフォンで調べるのが苦手で」


「私、できます。でも花の名前は全然知らないです」


「それは私が教えます」


 二人は、顔を見合わせて笑った。


 年齢が違う。


 だから、見えているものも、得意なことも違う。


 でも、それは線ではなく、持ち寄れるものの違いだった。


 会議の最後に、坂井さんが言った。


「では、今回の共同提案書を次回の本会議に提出します。提案者は、柚希さんと静子さんを中心に」


 柚希は、思わず聞き返した。


「私たちが?」


「はい。今日の案を組み立てたお二人ですから」


 静子は、少し不安そうに手を胸に当てた。


「私、発表なんて」


 柚希が言った。


「一緒にやりましょう。私も緊張します」


 静子は、柚希を見て、ゆっくり頷いた。


「そうですね。一緒なら」


 会議が終わった後、二人は空き地に立った。


 夕方の風が、砂利の上を撫でていく。


 まだ何もない場所。


 雑草が少し伸び、隅には古いブロックが積まれている。


 でも、二人の目には、少し違う景色が見え始めていた。


 屋根付きのベンチ。


 花壇。


 学習テーブル。


 水飲み場。


 夕方の見守り。


 多言語の花の札。


 掲示板。


 誰かが座り、誰かが待ち、誰かが花に水をやる。


 柚希は、スマートフォンで空き地の写真を撮った。


「静子さん、花壇って、最初は何を植えるといいですか」


 静子は、少し考えた。


「丈夫で、季節がわかるものがいいですね。マリーゴールド、パンジー、チューリップ。夏には水やりが大変だから、そこも考えないと」


「水やり当番、毎日だと大変ですよね」


「ええ。だから、無理のない形にしましょう。私も毎日は来られない日があります」


 柚希は頷いた。


「じゃあ、当番じゃなくて、来られる人がチェックできる表にするとか」


「それなら、遅すぎる挑戦でも続くかもしれません」


 静子がそう言って、自分で少し笑った。


 柚希は首を横に振った。


「遅すぎないと思います」


 静子は、柚希を見た。


「あなたも、若すぎませんね」


 柚希は、少し照れた。


「いや、若いのは若いです」


「そうですね」


 静子は笑った。


「でも、若いから軽いわけではない」


 柚希は頷いた。


「年を取ってるから遅いわけでもない」


 二人は、共同提案書の表紙を見た。


 そこには、二人の名前が並んでいる。


 柚希。


 静子。


 年齢欄はない。


 ただ、提案者として名前がある。


 その下に、二人で一文を書いた。


『若すぎる声も、遅すぎる一歩も、この町の時間です』


 柚希は、その文字を見て胸が熱くなった。


 自分の声は、参考だけではなかった。


 静子の一歩も、遠慮で消されるものではなかった。


 どちらも、この町の時間だった。


 数週間後、空き地活用案は本会議に提出された。


 柚希と静子は並んで前に立った。


 大人たちがずらりと座る会議室。


 いつもなら、柚希は少し身構える。


 若者代表として、感じのよいことを言えばいいと思われているのではないか。


 静子も、手元の原稿を握りしめていた。


 今さら始めた人が前に立ってよいのかという不安は、まだ少しある。


 けれど、二人の前には、共同提案書がある。


 内容。


 理由。


 時間帯。


 使う人。


 課題。


 確認すること。


 声は、気持ちだけではなく、検討できる形になっていた。


 柚希が話し始めた。


「この空き地は、世代別に分けるのではなく、時間帯と使い方で分け合える場所にしたいです」


 静子が続ける。


「朝は花壇の手入れや買い物帰りの休憩に。放課後は中高生の待ち場所や学習場所に。夕方は見守りや世代の交流に使えます」


 柚希が、空き地の図面を示す。


「屋根付きベンチは、中高生だけでなく、雨の日に子どもを待つ保護者や、買い物帰りの人にも必要です」


 静子が、花壇の図を示す。


「花壇は、私たち高齢者だけの活動ではありません。子どもたちと花の名前を学び、外国語の札を作り、短時間でも関われる入口になります」


 会議室の空気は、以前とは違っていた。


 坂井さんは、二人の発表を議事録に書いている。


『共同提案』

『検討項目』

『実施に向けた課題』

『次回までの確認事項』


 参考ではない。


 議題になっている。


 終わった時、大きすぎない拍手が起きた。


 静子は、ほっとしたように息を吐いた。


 柚希も、少し笑った。


 会議室の後ろで、灯理はその様子を見ていた。


 年齢は消えない。


 柚希は高校生で、静子は七十二歳だ。


 それぞれに違う時間を生きてきた。


 見えている町も違う。


 使える力も違う。


 不安も違う。


 だからこそ、持ち寄れるものがあった。


 若いから未熟。


 年を取ったから遅い。


 その言葉で線を引くのではなく、どの時間から町を見ているのかを聞く。


 そこに、学びがあった。


 夕方、灯理は地域センターを出た。


 空き地には、まだ何もできていない。


 砂利の上に夕日が落ち、雑草の影が長く伸びている。


 柚希と静子は、空き地の端で花壇の位置を測っていた。


 メジャーを持つ柚希。


 図面を押さえる静子。


 静子が何かを言い、柚希がスマートフォンにメモをする。


 その姿は、年齢の違う二人ではなく、同じ計画を持つ共同提案者に見えた。


 坂井さんが、灯理の隣に立った。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、町の時間が重なる場を一緒に見せていただきました」


 坂井さんは、空き地を見た。


「私は、配慮しているつもりでした。若い人には意見を言いやすい場を、高齢の方には負担をかけないように」


「はい」


「でも、配慮のつもりで、決める場から遠ざけていたのかもしれません」


 灯理は頷いた。


「声を聞くことと、意思決定に入れることは同じではありませんね」


「はい。議事録の書き方から変えます。参考意見で終わらせないように」


 坂井さんは、少し苦笑した。


「年齢欄ではなく、理由と使い方を見る。簡単そうで、今までできていませんでした」


 灯理は、空き地の方を見た。


「今日から少しずつですね」


「はい」


 鞄の中には、地域学習センターから届いた依頼状が入っている。


 けれど、まだ開かなかった。


 年齢を学ぶことは、数字を数えることではない。


 十七歳。


 七十二歳。


 若い。


 高齢。


 働き盛り。


 子ども。


 年齢は、その人が生きてきた時間を示す一つの手がかりではある。


 けれど、その数字だけで、発言の重さや挑戦の早さを決めることはできない。


 若いから、まだ知らない。


 若いから、参考まで。


 年を取ったから、無理しないで。


 年を取ったから、今さら遅い。


 そうした言葉は、優しさの顔をして、境界線になることがある。


 必要なのは、年齢を消すことではない。


 それぞれの時間から見えている町を聞くこと。


 放課後に立ち尽くす時間。


 買い物帰りに休みたい時間。


 夫を亡くした後、外へ出る理由を探す時間。


 子どもを待つ時間。


 通勤の前後に通り過ぎる時間。


 その時間を持ち寄れば、空き地は一つの世代の場所ではなくなる。


 分け合える町の時間になる。


 灯理は、夕暮れの空き地を振り返った。


 柚希と静子の共同提案書には、二人の字で一文が残っている。


 若すぎる声も、遅すぎる一歩も、この町の時間です。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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