第十二章:柩(ひつぎ)の果て
夜の山中、濃密な霧に包まれた谷間に、その施設はあった。地図にない場所。旧帝時代から幾度も増改築を繰り返し、今では外から見ただけでは研究施設とはわからない。
霧島と青井は白猫を連れ、車を降りた。空気は張り詰めていた。山肌の裂け目に飲み込まれるように、施設の入り口はぽっかりと口を開けている。
「……ここが“最終管理区画”。α-06を収容していた本当の場所……」
青井の声は低い。
「封鎖されていたはずの扉が、開いているな」
霧島は銃を構えながら、慎重に進んだ。足元の床はひび割れ、内壁は焦げ、まるで災厄が内部から這い出たかのようだった。
そのとき――。
「気をつけろ!」
青井が叫んだ次の瞬間、影が襲いかかる。
人のようで人ではない、肌は爛れ、目だけが異様に光る。
だがそれは、α-06ではなかった。副産物、あるいは脱落した試作品。すでに意識は失われていた。
霧島は躊躇なく引き金を引いた。
何発目かの銃弾でその影は崩れ落ち、静寂が戻る。
「……前座か。だが、動いてるってことは、α-06も近い」
青井が舌打ちしながら言った。
「行くぞ。白猫が道を知ってる……」
霧島が声をかけると、白猫は静かに先を歩き出した。
地下深くへ。血と薬品が腐ったような臭気が立ち込める廊下の奥、開かれた観察室の扉の先に、それはいた。
α-06。
その姿は、人型を保ちつつも異様だった。背は霧島と変わらないが、関節の角度がわずかに狂っている。皮膚の下に何かが蠢き、黒い脈動が走る。
「……来たのか。お前たちが、俺を捨てたのか?」
α-06が口を開いた。意思がある。だがそれは、理性とは別の、怒りに焦点を合わせたものだった。
「α-06。お前は生きるべきだった。だが、今は……」
霧島は言葉を選びながら、銃口を向けた。「止めさせてもらう」
「止められるならな」
α-06が両腕を広げた瞬間、背後の機械群が一斉に唸りを上げる。
暴走、自己進化、適応――そのすべてを身に宿した存在が、襲いかかってきた。
激しい銃声と、鋭利な爪の音が室内に鳴り響いた。
だが、戦闘のさなか、白猫が霧島の足元を駆け抜け、α-06の前に飛び出した。
「やめろ!」
その叫びに、霧島も青井も反応したが遅かった。
白猫がα-06に触れた瞬間、空気が震えた。
――沈黙。
α-06の動きが止まった。
震える手で白猫を見つめ、その瞳に何かを見出したように――微笑んだ。
「……そうか……君だったのか……」
そのまま、α-06の体から黒い脈動が抜け落ち、崩れ、静かに地面に膝をついた。
白猫はα-06の横に身を寄せ、しばらくそのまま動かなかった。
霧島は銃を下ろし、目を伏せる。
「終わったのか……?」
「終わったな。白猫が……全てを終わらせた」
その瞬間、施設内の非常灯が一斉に消えた。
暗闇の中、白猫だけが、静かに光を宿していた。
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