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Trigger Point  作者: 群青 坊哉
2.竜駒巫覡
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 通路の突き当たりは「といれ」と書かれた木札が下がる古い扉だった。惣一は目の前まで来ると右折し、地下に降りる暗い階段へ向かう。数段降りて突き当たりに現れた木の扉を開けると六畳の座敷があった。小さな玄関で靴を脱ぎつつ、ざらざらした壁を探り、探し当てた電気のスイッチを入れて「座って」と促す。

 女子二人が中を覗き込んだ。中央にちゃぶ台。奥に簡易キッチン。壁には小さな食器棚と、錆びたロッカーが三つ並んでいる。部屋の角に十四インチのテレビが置いてあった。

「……御子柴君、ここって?」

「秘密基地」

「ひみつきちだと? ではミコシバも先ほどの女性もどこかの結社の一員なのか!?」

 食器棚から出した湯飲みを吟味していた手をそのままに、大袈裟に驚く晶をはぁって顔で振り返る惣一。晶の表情から冗談を口にした訳ではない事を悟ると溜息を一つ。惣一はちゃぶ台に置いた急須に茶葉を入れつつ口を開く。

「じゃないって。ここは『じゃんぼ』の従業員用休憩室。俺ら子供ん時によくここで遊んでたんだよ。探偵ごっことか……ほら、あれとか」

 傍らの電気ポットに手を伸ばしながら、顎でロッカー横に置いてある段ボール箱を差した。中を覗き込むと、こまごましたオモチャがごちゃごちゃに入っている。右腕と右足首のないロボット。幼児番組のキャラクターのバッチが数種。カラフルなおもちゃの腕時計、子供用システム手帳。縄跳び、手錠、子供銀行のお札……。丸まったよれよれの画用紙を晶が広げると、大小様々、これまたよれよれのクレヨンの字で書かれた『探偵団規則』なるものが現れる。

「ふむ……」

 途端難しい表情になって黙読する晶。本当に変な奴だなぁ。惣一は苦笑しつつ、晶の分のお茶を湯飲みに注いでちゃぶ台の上に置いておく。

「素敵ね。私もよく作って遊んだわ。秘密基地。こんなに立派な所ではないけれど」

 惣一から湯飲みを受け取る一華。

「飯沼も? イメージないなぁ……」

「そう?」

「家で読書とか。どっちかっつうとインドアイメージ……って、ごめん。悪い意味じゃなくて」

 くすくすと笑う一華。

「そうね。読書は好き。けれど弟と妹がいたからなかなか読めなくて。今は弟も妹も大きくなってしまったし、寮生活だから空き時間に好きなだけ読めるけれど……おかしいかな。少し、寂しいの」

 楽しげな表情には弟妹への愛情を感じる。

 一華の笑い顔を眺めていると、惣一の脳裏に何か過ぎって、その表情を強張らせた。

「どうかした?」

「ん、なんでもない」

 ここに、一緒に飯沼と居たことがあるような……って、そんなわけないよな。飯沼の事知ったのって、高校入ってからだし。

 自分の様子を神妙な面持ちで見つめる一華に、しかし惣一は気づいていない。

「ふむ、ふむ。……では先ほど会った大柄の女性が探偵団のボスなのだな」

 何事かを呟いて、ぐびっと茶を飲み干す晶。「うまい」晶は目を輝かせて湯飲みを覗き込んだ。

「当然だって。茶葉集めはおばちゃんの趣味。全国から取り寄せてるらしい……って、ここの事はいいからさ」

 晶から取り上げた画用紙を丸めてダンボールに放り込むと、惣一は二人に向き直った。

「ここでなら大丈夫だろ。話の続きしようぜ」

 言い放ってから、しまったと惣一は慌てて付け加えた。先ほどまで子供のように目を丸くして室内を観察していた晶の瞳に敵意が戻ったのだ。

 こんな狭い室内であんなでっかい剣を出されてはたまらない。

「一守、頼むからチャンバラは抜き! おばちゃん今度こそ大騒ぎだって。ここ追い出されたら行くトコない。俺達制服だし、最悪補導されちまう」

「…………だが……」

「御子柴君。一守さんが私を警戒するのは仕方のない事なの」

 一華が晶を庇うように口を挟んだ。

「仕方のないことって……そんなら飯沼と一守は顔を合わせたが最後、こんな警察沙汰を繰り返してきたっつうの?」

 惣一の言葉に、二人して首を横に振る。

「いいえ」

「会合以外で顔を合わせたのはこれが初めてだ」

「会合?」

「そうだ。だからこそ警戒せずにはいられない」

「……話ついていけてないんだけど。会合ってなんの?」

 惣一に訊かれて、晶は一華を睨みながら沈黙する。警戒しつつ、なんと答えてよいのやら言葉を探しているようだった。

「昨日我が家を案内しただろう。一守は、白羽市にある白蛇神社の神主をやっている」

「あ? あぁ……それが?」

「飯沼はあの辺り一帯の地主だ」

「聖学に通っている訳だな。つまり会合ってのは……町内会的な集まりのことを言ってるのか」

 惣一の視線を受けて、一華が苦笑した。

「ええまぁ……時代錯誤のつまらない家なのだけど……とにかくね。『町内会』の後で飯沼家と一守家と……また別の会合があるの。私と一守さんはそこで何度か顔を合わせた事があるだけ。それも、本当に数回しかないの」

「じゃあ直接話したのは」

「ええ。今日がはじめて」

 「お互いに刺激し合う事がわかっているから、用がある時は皆が揃う公式の場で発言するようにして、普段は接触しないようにしているのだけれど」と、一華が付け加えた所で晶の目が光った。

「ならば答えてもらおう。白昼堂々と一守の前に姿を見せたのは、どういうつもりだったのだ。飯沼」

「はじめに言った通りよ。私は単純に、貴方達に会いにきたの」

「理由を訊いている」

「昨日、貴女のお兄さんに会いました」

「…………!?」

 訊かれてさらっと口にした一華の言葉に、晶の様子が一変した。空気の変化に驚いて惣一は黒髪の隙間から横顔を覗く。

 青白く、その表情は恐怖にも似た何かで歪んでいる。

「事が動き始めているという事。私も立場上接触せざるを得なくなりました」

「立場だと?」

「気づいているはず。私も貴女と同じ、竜駒を使役する巫覡だという事」

「……飯沼が持つ竜駒の神力は通常時の竜角を上回る。竜角以上の神力を放つ竜駒は唯一つ。竜玉だけだ」

「ええ。貴女が察している通り。私の持つ竜駒は『竜玉』です」

「正体を晒してまで『竜玉』が動かなければならぬ程の事態だと?」

「……ご家族から、何も聞いていないの?」

「どういう事だ?」

 訪れる沈黙。

 問い詰めるような晶の眼差しに、しかし一華は口元に片手を持ってきて何やら考え込んでいる。

「……いいか? 結局、竜駒ってのはなんなんだ? 一守が大きな剣のことを竜駒って呼んでたけど、そういう武器の事?」

 惣一の声が重い空気を裂いた。

「竜駒とは、この地に伝わる伝説の再現」

「伝説ぅ?」

 間の抜けた顔で首を傾げる惣一。一華がそちらに向き直り、晶の言葉に付け加える。

「竜伝説って聞いたことはないかしら。印場と、それから白羽。この二つの土地は特に竜の神力による影響が強く出ていて、実際に空間の性質が乱れているの。だから神力の扱いに長けている一守家にお願いして、管理、調整してもらっているのだけど。昔話もあるでしょう?」

「昔話? そんなの初めて聞いたけど」

「印場には確か……印場沼の、身を裂かれた黒い竜の話が伝わっているはずなのだけれど。聞いたことない?」

「さっぱり」

「これを見ろミコシバ」

 晶がダンボールから取り出したのは、ぼろぼろの県内地図だ。

 ああそれ確か、探偵団っぽい物をみんなで持ち寄ろうってなった時に誰かが家から持ってきた……、

「印場と白羽。両土地を塗り潰してみろ」

 地図をちゃぶ台にバンと広げ、目の前に鉛筆を突きつけられる。

 渋々受け取り、言われるがままに塗り潰していく惣一。

 徐々に、晶の言わんとしている事が見えてきた。

「…………竜か」

 印場と白羽を塗り潰してはっきりと浮き上がる竜の形。

「もう一匹、ここに潜んでいる」

 晶が指したのは――印場と白羽、その近辺の町村にかかる県最大の湖沼、印場沼である。

 沼の形も、言われてみれば確かに竜に見えなくもない。

「印場沼は、かつて白羽市にある浮之島を住処としていた白き竜が暴走し洪水を引き起こした時に出来た湖沼だと伝えられている。おまけに、印場市にも身を裂かれた黒き竜の伝説が伝わっている。つまり、太古、この辺りには白と黒、二体の竜神が存在したのだ」

「けどさ。これって見ようによっちゃ、なんにでも見れるじゃん。蛇とかさ。それに竜だのなんだのって……単なる昔話だろ?」

「竜の存在を裏付ける存在がある」

「それって?」

「一つは竜駒。そして、飯沼だ」

「…………竜駒ってのはともかく、飯沼がどうしたんだよ?」

「飯沼は、白き竜と人の子の末裔。半神族だ」

「はんしんぞくぅ?」

 晶の真面目な言葉に苦笑する惣一。

「ってそんな、御伽噺みたいな話……」

 同意を得ようと「なぁ?」と一華を見遣ると、晶同様、彼女も真顔を崩さない。

「…………うそっしょ」

 表情を引きつらせたまま固まる惣一。

「一守が管理する白蛇神社には白き竜が祀られている。その子孫たる飯沼家には百年周期で強大な神力を持つ者が生まれる」

「それが……飯沼だってのか?」

「飯沼一華と、彼女の弟妹――飯沼修二、飯沼輪花は、この辺り一帯の土地の管理を任されている一守の監視対象だ。そして――」

 晶は自分の左手首――数珠の腕輪を惣一に見せる。内、青色に染まっている玉を指した。

「竜駒。これは、白き竜とはまた別の、黒き竜の体から創られた神具だと言われている」

「………………」

「竜の体から創られた竜を守る為の神具を使う事を許された巫覡――竜駒巫覡は竜を守る為に在る」

 ――太古。黒き竜は、日照りに困る人間の為に雨を降らせた。

 けれども日照りは神による人への罰であった。

 神の怒りに触れた竜は、雨を降らせて七日目の朝に、身を七つに分断されて地に堕ちた――

「竜駒とは、分断され地に落ちた竜の体より創られた神具。竜駒巫覡とは、竜駒を継承し使役する者。人を救った尊い竜を復活させ、空へ還す為に存在する」

「そんなトンデモ話、信じられるかよ……」

「事実だ」

 惣一の弱りきった顔を横目に茶を啜った後、きっぱりと言い放つ晶。

「おまえも竜角を見ただろう。あれが現存しているという事はそういうことだ」

「見たっちゃ見たけど……。なら、飯沼もあんな大きな剣を持ってるってのか?」

 チラっと一華に視線をやる。

 お茶を啜っていた一華は、湯飲みを手にしたまま、ふるふると首を振った。

「竜駒の形は一つ一つ違うわ」

「竜駒は七種類存在する」

「七種類も?」

「そうだ。黒き竜の逆鱗を用いて創られた『竜玉』、角から創られた『竜角』。他にも、翼、眼、牙、爪、尾、それぞれから創られた竜駒総てを揃えた時に竜は復活し天へ還ると言われている」

「なら集めればいい……っつうか、これまで集められなかったのが疑問なんだけど。たかだか七種類だろ? しかも県内。一守みたいな霊能力者が持ってるとなると、位置も絞れるんじゃ……」

「どの一族も手放す気がないのだ」

「なんでまた」

「竜を復活させた巫覡は、竜と同等の力を手にすると言われている。故に竜駒を自身の手で集めたいと考える者も少なくない」

「奪い合いになるって事か」

「嘆かわしい事だがな。それが現状だ。一守としては、いち早く竜を天へ還したい。他の巫覡と協力してもよいのだが、変な輩に竜と同等の力を持たれても厄介な訳だ」

 言いながら、晶は一華を睨んだ。

 なるほど。一守にとって、『半神族』らしい飯沼は『変な輩』の代表なのか。

 でも『半神族』ってのが本当なら、飯沼は既に竜と同等の力ってのを手にしているんじゃ……?

「その上、さらに力を蓄えようものなら敵う者などこの世に存在しなくなる」

 って。しれっと読むなよ人の頭を……。ジト目で睨むが晶はさして気にしていないようだ。真顔で説明を続ける。

「下手に動くと己の竜駒を奪われる。竜駒の神力は計り知れないからな。どの一族がどの竜駒を持ち、その竜駒がどんな神力を持っているのか。把握するまでは互いに動けない。この地では長きに渡って不条理な均衡状態が続いている」

「だからおまえ、いきなり目の前に姿を見せた飯沼を警戒してたんだな。『竜角』が狙われてると思った訳だ」

「私は、一守さんの言うとおり竜駒――『竜玉』を所持しています。だけど、今回は忠告をする為に来ただけなの」

「忠告とは、兄の事だけか」

「それもあるのだけれど……御子柴君が今、幽体のままでいるのは、一守さんの力が関係しているのでしょう?」

「どうしてそれを……」

 思わず声を上げてしまってから、はたっと気づいた。飯沼が、一守と同じ陰陽師――じゃなくて、フゲキ?――だって事は、今の俺が通常の状態じゃないって事くらい、わかって当たり前……って事……?

 惣一の困惑の視線を受け、一瞬、寂しげな表情を返す一華。

「竜玉の力か」

 刺す様な声に晶に向き直ると、一華は神妙に頷いた。

「御子柴君に早く元の体に戻って欲しいの」

「なぜ、飯沼がミコシバの事を気にする」

「危険だから」

 終始変わらぬ穏やかな一華の表情。その瞳から僅かに責めるような、懇願するような色の混じった視線を受けて、晶は少しの驚きを覚えながら思案する。

「…………兄か」

「貴女のお兄さん、近い内――恐らく貴女の霊力が最も弱まる時に貴女に接触してくると思う。……この意味、わかる?」

「……ああ」

「このままじゃ御子柴君は巻き込まれてしまう。それを避けたいの」

「………………」

「都合が悪い日を狙って来るっつうんなら、先にこっちから会いに行けばいいだけだろ。居場所、把握してないのか? 確か、数年前に家を出たって言ってたっけ?」

「兄は今まで、修行の旅に出て行方がしれなかった」

「しゅぎょうのたびって」

 時代錯誤も甚だしい。引き攣った表情を返す惣一。しかし晶は難しい顔をして視線を落としていた。

「それにしたってさ。兄貴が妹に会いに来るのを危険って言うのはどうだろう。だって兄弟だろ? 本気で妹を襲うはずがない……」

「竜を復活させた巫覡は、竜と同等の力を手にすると言われている」

「…………まさか。そんな事で実の家族と争うなんて……」

 惣一の乾いた笑いに賛同する者はいない。

「私が貴方達に会いにきたのは、忠告と、御子柴君の事をお願いするため。さもなければ」

 一華は一旦置いて、澄んだ瞳で晶を――それから惣一を射た。

「断言する。死は避けられないと」

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