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「ボスに頼みにいく」
一華の言葉の後、しばらくの間口を噤んで俯いていた晶が顔を上げると、すくっとその場に立った。
「ボスって……、…………おばちゃんの事か……」
意味深な名の登場人物の正体を訊こうとして思いとどまった惣一。先程まで『探偵団規則』を熱心に読んでいた晶の姿を思い浮かべて溜息交じりに自己完結する。
「……で? 頼みにって、一体何を」
「電話を借りたい。至急、宮司に確かめたい件がある」
チラリと晶の大きなつり目は一華を見た。
そういえばと、惣一は思い出す。
『……ご家族から、何も聞いていないの?』
自分が竜駒について彼女達に問う前、一華は晶にこう尋ねていた。
竜駒という不思議な武器を狙っているらしい、行方の知れぬ兄の事を尋ねるつもりかもしれない。
「電話なら、別におばちゃんに頼らなくても」
「よかったらこれを使って」
各々ポケットや鞄を漁り、同時に晶に携帯電話を差し出す惣一と一華。思わず顔を見合わせてしまった。
「……これは?」
目前にある二種類の携帯を交互に見比べると、真顔のまま首を傾げる晶。
「……って、まさかおまえ、携帯も知らないってんじゃ…………!」
思いっきり顔を歪めた惣一に対し、きょとんと、真っ直ぐな目を向ける。
見つめ(睨み)合う事、数秒。
「……そのまさかなんだな、悪かった」
やがてガックリと肩を落としあきらめたように呟くと、惣一は気を取り直して携帯の使い方を晶に説明した。
ふむふむと隣で懸命に聞き入る晶。彼女が二、三質問し答えた後で、「あれ?」という変な声を惣一が発した。
「圏外になってら」
「圏外とは?」と訊き返す晶の声を遮って一華の柔らかい声が惣一の耳に届く。
「地下だからかしら」
振り返ると、一華は手にしていた白い携帯を惣一に見せる。
彼女の携帯の画面にも圏外と表示されていた。
「ミコシバ。圏外とは?」
再度説明を促す晶の不機嫌そうな顔に向き直る惣一。電波の届かぬこの場では使用出来ない事を説明に付け足すと、
「では一時席を外す。ミコシバはここで少し待て」
晶は惣一の携帯を手に、きびきびと歩いて靴を履き、室内を出て行った。
「携帯も知らないなんて。っとに変な奴」
見えなくなった小さな背中にぼそっと悪態吐くと、一華が隣でくすくすと笑った。
「仲がいいのね」
「……そんな事もないけど。一守とは昨日会ったばっかだし」
「ええ、そう聞いたわ。だけど、彼女と御子柴君ってなんというか……まるで兄妹みたい」
楽しげな一華の様子に、弱りきった表情で後頭部を掻く惣一。
惣一が初めて晶に会ったのは昨日の夕方の事だが、思えばお互い、最初から初対面という感じではなかった。こんなにも長い時間、一人の女子と行動を共にした事も、惣一にとっては初めての経験だ。
「特殊な状況下だから自然とそうなったのかも。それにさっきも言ったけど、一守、本当に変な奴だし……」
話し方男っぽいだろ? と同意を求めれば、一華は苦笑する。
「一守さんの事。ちゃんと女の子扱いしてるわよ、御子柴君」
「え?」
一華に言われて、どことなく後ろめたい感じを受けた。
言われて思い返してみる。飯沼の前で俺、そんな行動とったっけな? えっと……。
「一守さんも貴方の事、信頼しているようだし」
思考を巡らせている途中で一華が、なんだか異様に胸のざわつく事を言った。
「信頼って……だから俺、一守と会ったのは昨日が初めてで……」
「それこそ、すごい事よ。私と話しているのを見て、気づかなかった? 一守さん、すごく警戒心が強いの。ヒトにはあまり、心を許してくれないの」
「そりゃ飯沼と一守は、なんというか……あれだろ? さっきの話……竜駒巫覡ってやつ? それだって特殊な状況下なんだからさ」
「そうね」と、どこか寂しげに微笑む一華。視界に入れて、さらに惣一の胸がざわついた。焦燥感が一気に押し寄せて、何かを言わなくちゃと自身を急かした。
「どっちかっつうと、飯沼の方が付き合い長いよ、俺」
言われた一華は不思議そうな表情で、真意を問うように惣一を見返した。
何変な事、口走ってるんだろう俺。思いながらも口が止まらない。今のままでは届かない気がして、前のめりになって彼女に訴えた。
「仲がいいっつうんなら、俺は…………!」
一華の表情は、どんなのだって好きだ。
例えば今、少し緊張の走ったその顔も、ちょっと前の不思議そうな顔も。楽しげに笑う表情も、凛とした面差しも。さっきの――一瞬垣間見た寂しげな笑顔でさえ、綺麗だと見とれてしまった。だけど、あの顔はさせてはいけないと思った。させたくなかった。
「俺は、飯沼のが――」
今までで一番近い距離に居る一華。発した言葉に、自分を映す大きな瞳が揺らぐ。それだけで、どうにかなってしまいそうな衝動。惣一は、ぐっと堪える。
「……御子柴君。私」
目前の唇が、何かを言いかけて薄く開かれたところで、
「ミコシバ。せっかく借りたのだが、このケータイとやら、壊れているぞ」
ばたんと音が響いたかと思うと、無遠慮でふてぶてしい晶の声が飛び込んできて二人の心臓を大きく刺激した。
特に惣一は、気づけば一華から数メートル離れた場所に着地していた。
「え、あ、こ、壊れてるだって!? そ、そんな訳ないじゃないかぁ?」
異様に引きつった顔。燃えるように熱い頬。胸を突き破るほど激しく脈打つ心臓。語尾がエナリ君になってしまっている事を冷静に観察し、ああ俺やべぇマジ格好悪いと心の奥底で突っ伏す惣一。
惣一や一華の様子に大きく首を傾げながらも、晶は靴を脱ぐなり真っ直ぐに惣一の下へやってきて、メタルブラックの携帯電話をずいっと目前に突きつけた。
「言われた通り、上で電話をかけたのだが、繋がらない」
「そ、そんなはずは……店内が圏外になってるとか?」
「この敷地内がケンガイになる事はないそうだ。壊れているのではないかとは、ボスが発した言葉だ」
「そんなばかな」
惣一が怪訝な声を上げた時には、平静を取り戻していた一華が晶の元に駆け寄り、真顔で携帯電話を見下ろしていた。
次いで、むっつり顔の晶と、いまだ情けない表情を浮かべる惣一の目を直視する。
「外に出ましょう」




