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長いのに重力を感じさせないふわふわの髪。高い腰に、すらっと伸びた細い手足。儚げな雰囲気に、整った細面。その人並み外れた美しさから、県内で彼女を知らぬ男はいないと言わしめる程の有名人物。週一数十分、偶然を装って会っている惣一が密かに(?)憧れている女子高生、飯沼一華がそこに居た。
月曜の朝、バスの中でしか顔を合わせた事がない女の子。それが印場高校の校庭に存在している事に、惣一は非現実を感じていた。
「会いに、だと? 飯沼が、一守に、か?」
険悪な空気にはっと我に返った惣一は、たまらず対峙する二人の少女の間に割って入る。
「ま、待った。何がなんだかさっぱりわかんないんだけど、とにかく待った。つーか、知り合い? 一守と、飯沼って」
惣一の言葉に、少し困った顔をする一華。
「御子柴君、おはよう。事故に遭ったんですって? 大丈夫?」
「いや、そんなことはどうでもよくって……っつうか、なんでそのこと知ってんの?」
事故は昨日の夕方に起こった。偶然現場に通りかかる以外に、他校の生徒である一華に知る術はないはずだが。
「なんでって」
きょとんと一華の大きな目が惣一を見上げた。
「いや……だからその、学校は山の上で飯沼は寮生で門限も厳しいから平日は街に出れないって、いつだったかバスで零してただろ? だから、どうして知ってたのかなって、そゆこと……」
目が合った瞬間、心臓が飛び跳ねて、しどろもどろになる。惣一は視線を逸らしつつ、ごにょごにょごにょ……。
「飯沼の竜駒巫覡だ。何を知っていても不思議ではない」
晶が不機嫌に口を挟む。声に視点を移すといつの間に回りこんだのか自分の前に居て、剣先を一華の胸に突きつけている。
「だからそんなこと言われても俺にはさっぱり意味わからん……っつうかおまえだおまえ。なんて物騒なもん掲げてんだよ、銃刀法違反で捕まるぞ!」
慌てて一華を庇う様に立つ惣一。僅かに剣先を下ろした晶がむっとした顔でそれに返した。
「昨夜も言ったはず。これは竜駒だ。違反ではない」
「立派にお縄だって。っていうか、なんでそんなに敵意むき出しにしてんだよ? わけがわからん」
「敵意ではない。私は飯沼を監視する者だ」
「かんしって……なんだよそりゃあ。大体監視て、剣片手にやる事か?」
「彼女は私を上回る力を持っている。それ相応の心持で対峙せねば不意を突かれる」
口をあんぐり開ける。え? って事は、飯沼も、おんみょうじ……?
「だから、陰陽師ではないと言っているのに」
晶の声を無視して一華を振り返れば、こんな状況だと言うのに彼女は微笑んだままだ。
「……えっと。とりあえず移動しようか」
一華は、惣一と晶の顔を交互に視界に入れるとなんとも居心地悪そうに口を開いた。
「え?」
「移動だと? 話はここででも出来る。白昼堂々と一守の前に姿を見せるなど、何を考えているか。先ずはそれに答えてからだ」
惣一の脇から顔を出し、一華に再び剣先を突きつける晶。
「ええ。答えてもいいのだけれど……」
一華は校舎を見上げた。
惣一と晶もそれに倣う。
校舎の窓という窓から全校生徒が顔を出し、自分達を奇異な目で見下ろしていた。
「ごめんなさい。少し、恥ずかしいの」
「………………異議なし」
「…………」
印場高校の横、校舎に沿って真っ直ぐ伸びる細道を進むと、やっているのかどうか判別できない程古びた小さな食堂が姿を見せた。ぼろぼろの庇の上に、黒墨で「大衆食堂 じゃんぼ」と書かれた古い看板がかけられているのだが、面した道路の幅が狭い為、正面から見ると庇が邪魔して店名がわからない。入口の引き戸の木枠にかけられた『準備中』板が、かんかんと風に揺れていた。
「おばちゃんちーっす」
ガラガラと、惣一が無遠慮にガラス戸を開け放った。
「ちょっと、表の看板見なかったのかい! まだ準備中…………って、ミコじゃないか! 久しぶりに顔を見せたと思ったら……何やってんだい、まだ学校だろ」
うす暗い店内から妙なアクセントの怒鳴り声とともにどすどすと響き渡る足音。やがて見上げるほどに背の高いおばちゃんが惣一の前に立ちはだかった。
百八十センチはあるかも……な身長。体格が良く、肌は黒い。見ての通りの黒人だが、黒い巻き剛毛を後ろでひっつめ、白い割烹着を纏った昭和スタイルを見事に着こなしている。
「早く学校にお戻り! 不良に出す飯はないよ!」
太い腕がにゅっと伸びて、惣一の両肩を掴むとぐるりと回れ右させた。
「そんな事言わないで……ちょっと訳ありでさ! 頼むよおばちゃん」
ぐいぐいと店の外に押し出されそうになるのを戸や壁に手をかけてなんとか抵抗する。
「訳ありだぁ? そんな言い訳がまかり通る程おばちゃんは寛大じゃないよ」
「行きつけの店とはここか。ミコシバ」
「趣のあるいいお店ね」
攻防に気づいていないのか、空気を読まないのか。惣一の腕の下を潜って暢気に店に足を踏み入れる二人の少女の姿を見たおばちゃん。
「あらあら」
先ほどの勢いはどこへやら。目を丸くして惣一の首根っこを掴むと自身に引き寄せた。
「いって……!!」
首を傾げる少女二人を横目にひそひそと惣一に耳打ちする。
「あんなキレいな子とかわいらしい子連れて……昼間っから何してんだい全く! 修羅場ならよそ行っておやりよ!」
「はぁ!? 何勘違いしてるんだよ、そんなんじゃないって!」
「訳ありって言ってたじゃないか」
「違う違う誤解誤解。とにかく。訳ありだけど、そういうんじゃない。だから下貸してよ。外で立ち話じゃ目立つんだ」
「そりゃあ。ねぇ……こんな時間にあんな子達と立ち話じゃ、目立ってしょうがないだろうけど……」
「だろ? 頼むっておばちゃん、今日だけ!」
「ミコの『今日だけ』は聞き飽きた……けど、まぁ、しょーがないねぇ……! 今日だけだよっ」
「さっすがおばちゃん」
溜息交じりの「今日だけだよ」は、おばちゃんの口癖だ。惣一はパンチを繰り出す。おばちゃんは弱りきった顔で受け止める。「うっし」惣一は二人を振り返った。
「交渉成立。こっち」
言うや否や二人に背を向けて店の奥へと進む。
苦々しい表情で、しかし好奇心で満たされた目を向けてくるおばちゃんを横目に、晶と一華は惣一の背を追い、カウンター席と、二つのテーブル席に挟まれた一人通るのがやっとの狭い通路を歩いた。




