2
「先程はすまなかった」
声がして、惣一は勢いよく顔を上げた。怒っているような困っているような情けない表情で、それでも大きく口を開けた。考えが及ばなかった自分も間抜けだが、大事な事を言わないこいつも相当の馬鹿だ。一言もの申さなければならないと思っていた。が、視界に入った晶の姿に、惣一は完全に凍り付いてしまった。
黒のローファーに白いソックス、リボンタイのセーラー服の上からブカブカのニットカーディガンを羽織った晶がそこに立っていた。
「………………や、やはり変か」
惣一の表情に、動揺した様子の晶。
「……い、いや……これまで着物っぽいの着てるとこしか見てなかったから、普通の格好してるのが意外だっただけ……っつうか、全っ然見えないけど俺と同じ歳か。制服着て当たり前なんだよな……。しかし、うちの学校の制服だったから……余計……」
後頭部を掻きながらフリーズした頭を徐々に解凍していく。そうだよな、黒い着物ってのがインパクト強すぎっていうか、異様だったんだ。あんなの着た女子なんて見た事ないからな。そこまで考えてから、惣一の頭は再起動を果たした。……ウチノ制服?
「……つうか、まさか同じ学校だったのか!?」
「私は生まれてこの方、学校という場に通った事はない」
なぜかむすっとした表情で晶はぴしゃりと言ってのけた。
「……は?」
「この服は、宮司が揃えてくれたのだ」
「はぁ?」
「解放する手段が判明するまでの間、実体化させ、これまでどおりの生活を送る事をミコシバは要求し、私は承諾した」
「あ、あぁ……昨日の話か」
「昨日も話した事だが、ミコシバを実態化させ続けるには距離が重要だ。私の力ではせいぜい半径十メートル内が限度。私は方法が判るまでの間ミコシバと行動を共にせねばならない」
「確かにそう言ってたな。……で?」
「今朝方沐浴の前にそのまま宮司に報告した。その際、嬉々として渡されたのがこの服だ」
「……なんで」
「学校へ潜入するのに私の格好では目立つ、と」
「じゃなくて。なんでその宮司って奴が女子の制服をすぐに用意出来んだよ……しかもピンポイントでうちの学校のって所に、そこはかとなく危険な香りがするんだけど……」
「危険な香りだと? 宮司が危険だと言うのか?」
「……意味違うと思う。おまえが言ってる危険と、俺の言ってるキケン」
「よくわからないのだが」
晶が困った顔で惣一を見上げる。惣一も困った顔で晶から目を背けた。
「とにかく。宮司の事は私には判らない。計り知れない人だ。朝餉の時に直接問うてみたらどうだ」
「断じて私物ではないぞ。こんなこともあろうかと、弟子その二に用意させておったのヂャ」
ただっぴろい和室の中央に長方形の木製テーブル……というか、細長いちゃぶ台。床の間を背に胡坐をかいていた小さな爺は、湯気だつ味噌汁を片手にひょうひょうと言ってのけた。
「あんただったのか……宮司っての」
縁側に近い座布団の上に浮いていた惣一がジト目を向けると、異様に長い菜箸のような箸をくるりと器用に回し、箸先をびしっと惣一に向ける爺。
「あんたヂャない、一守一徹ヂャ。超有能な巫覡であるこの儂を差し置いて他に誰が白蛇神社の宮司を勤めるというのヂャ」
「知らんけど。興味ないけど。っつうかまだ、他の誰にも会ってないんだけど。てか、もしかして、こんだけ大きな屋敷に住んでるの、じーさんとおまえの二人だけって言う?」
すぐ横でびしっと正座している制服姿の晶を見る。彼女は皿の上の豆腐料理をきれいに平らげ、幸福そうにお茶を啜っている所だった。問われて、僅かに不機嫌そうな顔つきで湯飲みを置くと、宙に浮かぶ惣一を見上げる。
「一守以外にも、世話をしてくれる人が数人出入りしている」
「ああ、それなら確かに昨夜から何人か目にしてる。巫女さんだろ?」
「馬鹿かお主。見てわからんのか。ありゃ巫女じゃないわい」
「え? だって、白衣に赤い袴着て……」
「たわけめ。ありゃ、こすぷれヂャ」
「……こ、す…………?」
「巫女とコスプレ巫女ちゃんの区別もつかんとは。お主も修行が足りんのぉ」
「してないっつの修行なんて!」
かかっと笑う一徹の顔をジト目で睨む惣一。させてるのか。コスプレを。神社の宮司っつうか爺が若い子に強要? それっていいのか!?
「強要はしていないようだが。皆嬉々として袖を通しているぞ」
さらに頭の痛くなるような発言が隣から聞こえてくる。……そうか、読んだか俺の心を。ジト目をそちらに向けると晶は臆面も無く惣一を見返し、口を開いた。
「なんだ、知らないのかこすぷれ。宮司の話では巷では流行しているらしいぞ」
「いや、巷っていうか」
何この素っ頓狂な言葉。こいつは一体どんだけ世間知らずなんだろう。さっき学校に行った事がないとか言ってたけど……そういえば、こんなに広い家の中、まだ一台もテレビの姿を見ていない。……ひょっとして、テレビを置いていない……とか?
「なんヂャ。若造のくせに流行も知らんのか。儂の行きつけの店じゃ、どのねーちゃんもやっておるぞい」
「ふざけんな変態爺、どーせ店は店でもいかがわし……!」
瞬間、飛んでくる扇。惣一の額に激痛が走った。
「で!!」
な、なんで……!? 俺、今、半透明なのに……! っつうか痛みどんだけ。
痛みに悶絶する惣一の足下にゴトリと落ちる扇。その重音に、しわがれた声が重なった。
「ミコちゃんおっくれてる~♪」




