9月20日③
その日の夜、私は椅子に腰掛けて足をプラプラさせながら、紙を紐で束ねただけのノートに文字を書き殴っていた。
カイルから得た情報と自分の持つゲームの情報を重ね合わせ、忘れないようにするためだ。
この世界は魔術が発展した世界。そして足立花が生きていた時代のように電気で動く機械がない代わりに、魔導器と呼ばれる魔術を発動させる道具を用いることで火や水なんかを出す。
しかし、この魔導器は高級なものらしいから、平民の暮らしまでには普及していない。
カイルの話によると、魔力石は化石のようなものだというのだから、有限な燃料なのだろう。であれば権力がある魔術師が魔力の持たない人々よりも手が届くものであるのは想像に難くない。
「ここには魔術師、魔力を持たない人の身分に大きく分かれている」
そして魔術師の方が圧倒的に地位が上だ。魔術師の家系は元を正せば賢人と呼ばれた者たちに連なり。賢人の名をいただくティフォン家はその本家という扱いになっている。その娘であるディアナももちろん魔力を持つ立派な魔術師。
「なら、魔術さえ習得しておけば、おそらくここを出ても食い扶持に困るということはない」
最悪どこか田舎にでも逃げ込んで、慈善活動よろしく住民たちに接してやれば信任を得ることは容易なように思えた。
「少し面倒だが、魔術の勉強は継続すべきだな」
リスクヘッジは大事だ。私はノートに『魔術』と書かれた文字をペンでぐるぐる囲う。
「あとは、ここを出るとして理由……だな」
お父様から離れるということは後継としての役割を放置するということでもある。
あの冷酷なお父様のことだ、私が使えない手駒だと分かればその時点で切り捨てる可能性は十分にある。
「ゲームのディアナが死んだ時にあの人は娘の死を嘆くどころか、少しの親子の情すら見せなかった。つまり、お父様にとって私はただの駒。後継の問題はあの人にとって大きな問題ではないはず」
大事なのは、自分にとって都合が良い人間か否か。後者であれば問答無用で自分は死に追いやられるか、捨てられるか。
(将又、あの悪趣味な実験の材料にされるか)
瞼を閉じれば、脳裏に焼きついた光景が、鼻腔を犯した腐臭が鮮明に思い返され、咄嗟に口を押さえた。内容物が逆流しそうになるのをグッと堪えて数分後、私は大きく深呼吸する。
「思い出しただけでこんなんじゃ、あの人らに太刀打ちできないじゃないかっ」
鼓舞するように呟いた言葉。しかしそれが食道に小魚の骨でも引っかかった時のようにハッと息を止めさせた。
(そうだ。このままじゃ、私は絶対にあいつらに太刀打ちできないんだ)
仮にお父様から逃げることができたとしても、口封じのため、あるいは優秀な血が外部に出ないために追いかけられることはあり得る。そうなった場合、私では只管に逃げることしかできない。
お父様の魔術は、悔しいが私とは比べ物にならない。
腐っても王宮魔術師なんてやっているのだから、どんなに遠くへ逃げたとしても、本気を出せばチチンプイプイなんて変な呪文であっても私の息の根を止めることができるだろう。そしてそれは、レビンにしたって同じ。
現段階でのレビンがどれほどの魔術師なのかはわからないが、私と同い年だというのに、大人たちに混じって魔術の研究をしているのだという。もはや天才のそれに、私のような凡人が敵うわけがない。
「別の道を考えないと。自分の身を守れて、尚且つお父様たちが下手に手出しできない立場につける場所……」
魔術師として、お父様を頼らないようにして上を目指す? だが、そうなれば魔術学校への入学は免れない。魔術学校に行けば確実にレビンとの接点は増えてしまう。
それに、魔術師を目指していて、頃合いを見計らってあの実験に参加させられたら? 一度引き込まれたら私は歴とした加害者である。お父様やレビンが処罰される時は私も道連れ。
(あんな人たちの仲間として死ぬのは絶対嫌だ)
だったら舌を噛みちぎって死んだほうがマシだ。できるかはわからないけれど。
「魔術学校……。そう言えば、カイルは王立学院には魔術学校と騎士学校があるって言っていたな」
魔術師のための学校と騎士のための学校。なんら共通点らしきものがない二つの学校が同じ王立学院にあるというのは些か違和感を覚える。
騎士というのは爵位こそあれ、扱いは国のための手駒。戦闘に特化した使用人のようなものだろう。多くの魔術師は彼らの多くをその程度の使い捨ての存在年か見ていないし、現に私だって騎士という存在は日々の意識の中では度外視している。
「でも、そうか騎士か」
正式な騎士には爵位がつく。役職につけば、その地位はより強固なものとなる。
それに騎士団をまとめているのはヴェント家である。ヴェント家といえば、国や他の賢人の一族とは距離を置いているというのがゲームでの知識。
上手く取り入ることさえできれば、いくらお父様であっても下手なことはできまい。
それに、魔術と武力を兼ね備えたらいざお父様やレビンが何かしてきても自力で振り払うことができるかもしれない。
私はバン、と机を叩いて立ち上がる。ペンが驚いたように転がって、インクが点々としたシミを作る。
殺風景な白い壁をキッと睨みつける。何もないそこにはしかし、私の目には、自分を殺そうとする敵の蝋のような表情が浮かんでいる。
「私は、騎士になる!」
それが私が自分を守るための最善の道。
最悪なシナリオを回避するための決意の選択だった。




