9月20日②
露骨な説明第一弾。
おそらく読み飛ばしても大丈夫だと思います。
「ノーサント大陸最大の国『魔術の国・トルドナ』
この国はかつて、六人の魔法使い――通称賢人と呼ばれる者たちによって建国されたという伝説があるんだ」
トルドナ国の王子というだけあって、カイルは歴史書を読み上げるように、訥々と話す。
「クロニエ、ヴェント、ティフォン、アストラ、ヴァルティ、そしてソルディオ。彼らが不義理の魔法使いトルドナから国ごと人々を救った。
その際、トルドナを倒したのがソルディオであったため、ソルディオが国の統治を任され、王都ソルディアスがトルドナ国の中心として栄えることになった。こうして、魔術の国たるトルドナとなりました、と」
その程度の歴史であれば、私にも知識はある。
魔術と直接関係ないとはいえ、教養科目。スラムの人間ならいざ知らず上級魔術師、その中でもトップに入るティフォン家の一人娘が知らないはずもない。
だが、こうして人の言葉で聞いていると、自分の中にある花の記憶が知識と掠ってノイズが生まれた。
「カイル様、できる限りで構わないので現段階での各お家の状況を教えてください」
「状況? ……本当に珍しいね。君が他人に興味を持つなんて」
「え? あはは、そういう気分なんです。ブーム……みたいな?」
苦し紛れに苦笑する。
寧ろここが本当にあのゲームの中の世界であるならばここが重要なのだ。
なぜなら、あのゲームの攻略対象のほとんどがこの賢人の血を引く者なのだから。
素直なカイルは一瞬訝しむように眉を顰めたものの、そういうこともあるかとでも思ったのか頷く。
「僕もあまり詳しいわけではないけど」と前置きをおいて。
「一つずつ説明するね。分かりやすいところだと、まずはティフォン家」
イコール私の家。
「これは君の方が詳しいとは思うけど、月の魔法使いティフォンの血を受け継ぐ魔術師の家系で、現当主はエーギル・ティフォン――つまりは君のお父君。
ティフォン家はソルディオ王家やヴァルティ家に近く、ティフォン家の跡取りは代々宮廷魔術師を務めてる。君のお父君もそうだよね?」
「そうですね」
だから父親は基本的には王都の方にいる。
ティフォン領に帰ってくるのは主に長期休暇の時か、何かしらの公務でこちらに来る必要がある時である。
そのため、私的な理由で私に会いに来たことは、今までの人生を遡っても両手で数えられる程度しかない。
「次はヴェント家。人々に戦い方を教えたという法の魔法使いの家系。そのこともあって、魔術師でありながら騎士団を取りまとめる立場にあるんだ。
ヴェント領には駐屯所だけでなく、騎士たちが訓練するための施設なんかが多くあるのはそのためらしいよ。
魔力を持たない人たちに寄り添う家系ということで、民衆からの人気は高いみたい。現当主は――」
「当主の名前は端折っていいや。あと、できれば当主の子どもの話を教えてくれ――ください。ほら、年が近い人だったら知り合う機会もあるかもしれませんし」
おほほほ、なんて口調の乱れを誤魔化してみる。
「う、うん。わかった」
カイルはまたしても素直に受け取って首を縦に振る。
「現当主は一人息子がいらっしゃったかな。五つか六つ上だったはず」
「名前は?」
食い気味で促す。
「お名前は確か……アルヴィン・ヴェント。現在は王立学院の騎士学校に通っている、んだったかな? 何度か遠目から見たことはあるけれど、紳士的な好青年といった方で、実際女性からの引く手は数多みたいだよ」
「好青年ねぇ……」
私は思考を巡らすために、すっと目を細めた。
アルヴィン・ヴェント。同姓同名が他にいなければ、彼はゲームの中の攻略対象の一人のはずだ。
主人公であるリリスの義兄の騎士。
リリスを溺愛しており、その粘着質な行動から、花はだいぶ苦手意識を抱いていたみたいだった。
つまり、私が知っているアルヴィン・ヴェントが本当に存在するのであれば、それは紳士的な好青年では決してない。
「あの、どうかしたの?」
「ん? ああ、少し考えごとをしていただけだ。気にするな。で、次は?」
「そ、そう……」
言葉遣いが崩れたことに気づかずに続きを促せば、カイルは少し強張った表情で続きを話す。
「次はクロニエ家。クロニエは一族の結束が固く、非常に閉鎖的な一族と言われているね。王立学院とは別の研究施設を領内に持ち、クロニエ一族はそこで主に魔術医療や生体魔術といった専門性の高い研究を行ってるんだ。
歴史を鑑みればアストラの子孫ということにもなるから、ある意味一番魔法使いに近い魔術師の一族とも言える。彼らが孤高でいたがるのは、二つの魔法使いの血が混ざっている故の誇りとも言われてる。
クロニエ本家の跡取りはご子息が一人。
でも、彼については僕もあまり知らないんだ。ただでさえクロニエは社交場に出てこないのに、その子は一度もそういう場に出てきたことがないんだ。年齢だけなら今年で七か八だったかな」
「そい――その方の名前は」
「マーク、だったはず。マーク・クロニエ」
(マークっていうと……)
記憶を漁る。容姿もはっきりしない中で名前だけで設定を思い出すのは至難の技だ。しかもそれが曖昧な前世とやらの、さらに小さな情報に過ぎないのであれば尚更。
(少なくとも、私はそいつのルートはやってないな)
アルヴィンの名前を聞いた時はピンと来た情報が、今回は全くない。関係ないのか、将又忘れてしまっているだけなのか。
(メインの男は確か四人いた。カイル、アルヴィン、銀髪のやつと、あとメガネのやつ)
後半二人の情報がほぼゼロに等しいのは、花がプレイをする前に亡くなってしまったからだろう。朧げな容姿は浮かぶが、名前はわからない。
(仕方ない。もし会うことがあったらなんとなくでも思い出せるだろ)
「あとはヴァルティ家。王立学院の学院長が代々選出されている家系で、魔術に特化した研究なんかもやってるみたい。魔力石や魔導器を開発したのもヴァルティ家のご先祖様だね」
「なんだその、魔力石と魔導器っていうのは? あっ……。それはなんでしょうか」
「あはは……。あの、もう無理に敬語は使わなくてもいいよ」
頬を掻きながらカイルが気遣うような上目遣いを向ける。生暖かい視線を浴びて、私の眼が居心地の悪さから逃れるように横へとスライドする。
少し前まで敬語がデフォルトだったはずなのに、一度口が慣れてしまうとこうも上手く紡げなくなるものか。
「ディアナには縁がないものだから、知らないのも無理はないよね」
現に僕もあまりよくわかってないから、などと付け足す。
「魔力石とはその名の通り魔力を持った石のこと。魔力を持った何かが長い時間をかけて石になった……つまり化石のようなもの。それを用いて作り出されたのが魔導器。魔力を持たない人間でもこの魔導器を使うことで魔術師と同じように魔術を使うことができるようになるんだ。魔導器を使って魔術を行使する人の中には、魔導士と呼ばれる人もいるんだ」
石炭やガソリンのような化石燃料の魔力版が魔力石。それを用いた道具が魔導器という。
魔術師はそんなものに頼らなくても魔術を行うことができるが、そうでない人々にとっては魔導器は生活に必要不可欠なものだったりする。
特に王都の使用人なんかは気難しいお貴族相手に素早い仕事を要求されるのだから、炎の魔導器や水の魔導器は必需品だったりする。
「で、その後継者がレビンってことか」
「そうだね。魔導器開発を一手に担っていることもあって、ヴァルティは四賢人の中で一番裕福なんだ。僕たちの家、ソルディオも特にあの家は下手に敵に回したくないと思っているみたい」
「確認したいんだが、四賢人というのはすでにいなくなったトルドナとクロニエの血と混血になったアストラ、王族であるソルディオを覗いた四人の魔法使いのことだな?」
「そう。ソルディオ……つまり王族の血筋は賢人とは別のものとして扱われてるんだ。
ソルディオは太陽の魔法使いの末裔で、トルドナを討った功績からこの国の統治を任されている一族。僕の父親が国王。腹違いの子どもが四人いて、僕は、三男。一応」
私は神妙な顔つきになる。
カイル・ソルディオは間違いなく攻略対象である。
そして、そのカイルのルートにおけるラスボス的立ち位置にいるのが彼の父親。
名はルーフェス陛下。王宮魔術師であるお父様とは交流があるらしいが、生憎私が知っている情報はそれまで。
「兄妹の話は……。今まで聞いたことがないよな?」
「僕の話すらまともにしたことがないからね」
などと苦笑される。それはそうだ。
「長男はアーシュ。今は父上の補佐を行なってるんだ。次男がロット。騎士学校に通っていたはず。そして僕で、妹がウルズ」
(……ダメだ。ぜーんぜんわかんね)
その中にもしかしたら攻略対象か、あるいは登場人物がいるのかもしれないが、名前だけ羅列したところでわかるわけがなかった。
「兄弟仲はあまり良くないんだ。彼らについて話せることはあまりない、かな」
「はぁ、大変なんだな」
「大変というほどでも。そもそも会う機会もないし」
「そういうものか」
うん、とカイルは平然と頷く。少し眉尻が下がったのは見なかったことにしておこう。
(これで少し状況は整理できた)
判明している攻略対象は二人。一人は目の前にいるカイル。そしてもう一人はアルヴィンという、現時点では騎士見習いの輩。
この二人のルートは完璧とまではいかないが、多少は覚えているので頑張れば彼らを敵に回さないように生きることは可能だろう。
(問題はあと二人)
銀髪と眼鏡。それ以外の情報が全くない。
ゲーム内でディアナと対面するのかすらわからないのだから、それっぽい人物がいたとして、下手に動くことは危険だ。
お父様の行っていることを考えれば、私個人ではなくお父様やティフォン家に恨みを持っていて殺しにかかる、なんてこともあり得る。
(今できることといえば、カイルと友好な関係を築くこと。そして――)
リリスを助けてヴェント家以外のところへ逃すこと。
ヴェント家に行けば、原作通り、リリスは確実に王立学院に入学する。そして、私たちや攻略対象、さらにレビンに会ってしまう。
「あの、ディアナ?」
「ん?」顔を上げると、困ったような、緊張したような表情のカイルと目が合った。
「僕の説明、何か至らないところがあったりした?」
いきなり黙考し出したがために不安に駆られていたようだ。私は首を横に振って否定する。この男の自分に対する印象は極力下げない方が身のためだ。
「いいや。あんたのおかげでだいぶ脳がクリアになった。ありがとう」
「あ、ありがとうって……。僕なんかでお役に立てたならその、よかったよ」
(女子かよ)
白い頬がパッと朱色に染まったのを見て、私は心の中でツッコんだ。
さすが妖精王子などと呼ばれているだけあって、頬を染めるだけで背景にうっすらと花を背負っているような錯覚を生む。
その後も私は自分にとって必要そうな情報を聞き出す。この世界における魔術師という存在の大きさ。そしてゲームの舞台となった王立学院について。
夢中で話を聞いているとだんだんと夕日が空を緋色に染めていく。使用人たちが帰りの時刻を知らせたことで、今日のお茶会という名の情報収集会はお開きとなった。
帰宅時に安堵の表情を浮かべるカイルが、打って変わって微笑みを湛えていたのを見て、使用人たちは首を傾げていた。




