10月26日①
魔術決闘があった日の明朝。
瞼を開けると、一面に真っ白い壁が広がっていた。
一瞬、死んだのかと思ったが、少し首を動かしてすぐに考えを否定する。
「お嬢様、お目覚めになりましたか」
ナギが顔を覗き込んでくる。
私は何度か目をぱちくりさせてから言葉を探す。
「ここ、どこだ」
「病院です。昨日の決闘でお嬢様は気を失ったのです」
「あー」
そうだったけ? いや、そうだった気もする。
徐々に明確になる思考。
確か、マークと熾烈な戦いを繰り広げていた私は最後の足掻きとばかりに必殺技を繰り出そうとして、そして――。
「ディアナ!? 良かった、目が覚めたんだ」
不意に開けられた扉からリリスが安堵の表情を浮かべながら入ってくる。その後には付き添いらしきアルヴィンも続いている。
「リリス……」
そうだ。リリスが途中で乱入してきたんだ。私を庇うように前に出て、それで――。
「…………おい、リリスこっちこい」
「うん? なに――って、イタイイタイっ」
呼び寄せたリリスの頭を思いっきり拳で挟み込んでグリグリ攻撃をお見舞いする。なぜそんな目に遭っているのかわからないらしいリリスは目を白黒させながら苦悶の声を漏らす。
「なにじゃねえなにじゃ。あんたが入ってきたせいでああなったんだろうが」
「わ、私のせいなの!?」
「じゃなけりゃ共倒れになんかならないだろ」
「ディアナちょっと落ち着けって」
アルヴィンが私の拳をむんずと掴んでリリスを解放する。解放されたリリスはその場で頭を抑えて蹲っている。
「あの時、お前たちの身に何があったんだ? こっちはいきなりリリスが消えるわ、消えたと思ったらお前とマークが満身創痍になってるわで気が気じゃなかったんだ」
「あ? それはこっちの台詞だわ。なんで誰も介入できないっていう魔術決闘にリリスが入ってきてんだよ」
おかげでこっちは奥の手を不発弾にしなくてはならず、さらによくわからん力にガツンと一発落とされてショートする羽目になったんだ。
意味がわからないのはこっち。説明を求めたいのもこっちだ。
ぐるぐると喉を鳴らして威嚇していると、また扉が開く。
今度は誰だ、ロットか。と目を怒らせたまま首を回す。
しかしそこにいたのはあのボサボサ頭ではなく、白いてるてる坊主。
「朝から騒がしいなお前たちは。ここは病院なんだけど、わかってんの?」
マークは入ってくるなり不遜な態度で私たちを一瞥し、しゃがみ込んでいるリリスに視線を止めて眉を潜めた。
「なんだ、お前はもうピンピンしてるのか」
アルヴィンが意外そうに目を丸くする。それが気にいらなかったのか、マークはふんと鼻を鳴らした。
「僕は魔術関連の耐性が強いんだ。あのくらいどうってことない」
「はあ? ならなんだ? あの程度でぶっ倒れた私は柔だってことか? あん?」
「そ、そうは言ってないじゃないか! なんでこんなに気が荒れてんだよ」
「申し訳ございません。お嬢様は今、自身の決闘が不服な形で終わってしまったことに焦燥を抱いておられるのです」
「ん? そんなこと言ってたか?」
ナギが弁明し、アルヴィンはそれに対して首を傾げる。
このままでは私が当たり散らすだけで時間が過ぎてしまうという判断を下したアルヴィンは、ナギと二人で私の気を宥めるのに集中する。その甲斐もあって、30分をほ経った頃には話ができるくらいの落ち着きを取り戻す。
白いベッドの上で胡座を掻く私、そしていつの間にか復活したリリスと、どことなく辟易とした様子のアルヴィン、反対に涼しい表情をしているナギと、順番に見回してから、マークは事の顛末を話し始める。
「リリスが乱入してきた時、ディアナ・ティフォンは足を氷に飲み込まれて身動きが取れない状態、そして僕はそんなディアナに氷刃を飛ばそうと魔術を展開した直後だった――」
ディアナを庇うように飛び込んできたリリスに、マークは大きく動揺した。
しかし、発動した魔術を止めるにはあまりにも一瞬の出来事。氷がリリスへと牙を剥く。
「リリス!」
マークが発せたのは彼女の名前だけ。彼ならば氷の牙からリリスを守る術も知っていただろうに、動転した頭は咄嗟の判断を下すことができなかった。
「くっそ!」
苛立たしげにディアナは、構えていた剣を持ち変える。
『ハガル!』
切先が文字を刻み、ビリビリと伝わるは電撃。
ディアナはそれを自分の足元に力一杯突き刺すと、地割れのように氷に亀裂が入る。
痺れた足に鞭を打って、氷の裂け目から一歩踏み出す。
腕はリリスの肩を引き寄せて己の背中をマークへと向けた。
「うぐっ――」
低く呻く。ぐらりと揺らぐ体が倒れないように根性で踏ん張る。
「ディアナ!」
腕の中で叫ぶリリスの声。背中を切り付けた氷刃は熱を孕み、血の色と混じり合ってゆっくりと溶けていく。
マークの大丈夫という言葉が本当で良かったと、ディアナは少しだけ口元を緩めた。この程度ならば、すぐに傷も塞がるだろう。
だが、これではマークに一矢報いることはできない。
氷層を砕いた剣のその先端が氷もろとも砕けてしまい、鉈として扱えるかどうかといったレベルだ。
「はっ、まあここいらが潮時か」
とりあえず、いきなり飛び込んできたこいつは後で説教しよう。
そう心に決め、マークを振り返った時だ。漸くディアナは異変に気づいた。
その発端は頭上を呆然と見つめるマーク。そして、彼の頭の上に浮かんでいる奇怪な魔法陣。
遠目からでも知らない魔術文字が刻まれたそれは、ゆっくりと回転していたかと思うと雨雲のように雷撃を帯びる。
その音があまりにも近くから聞こえてきて、ディアナは顔を上げる。
頭上には、マークの上に浮かんでいるものと同じ魔法陣が雷をちらつかせていた。
「っ!」
「うわっ!」
理解するが早いか、ディアナはリリスを突き飛ばす。
そうすることを見計らっていたかのように、ディアナと、マークの上の魔法陣から雷撃が放たれ、二人の意識は乱暴に奪われた。




