10月26日②
「というのが一連の流れ。あとはいつの間にか病院に運び込まれて今につながると」
マークの話が終わった直後、あたりはシーンと静まり返っていた。
全員、何から話すべきなのか考えているようだ。
「僕が思うに、あの雷は魔術決闘のルールに違反したことによる反動だね」
「ほう、つまり」
やはり私で、傍にいたリリスの顔面をむんずと掴む。
「やっぱりあんたのせいじゃないか!」
「ご、ごふぇんなはーひ!」
リリスの頬を思い切り引っ張る。
謝って済むことか。こちとら雷に打たれたんだぞ。最悪命を落としかねなかったんだぞ。
ふざけるな、こんなところで死ねるか!
「に、にーふぁん、すふけて……」
可愛い妹に助けを求められている前で、アルヴィンは困ったように微笑んでいた。
「今回ばかりはなぁ」
と頭をボリボリ掻く。
「ふぉんなぁ」
「それで少しはその無鉄砲さを改めてくれるといいんだがな」
どうやら自分が厳しくできない分、私を利用して教育しようとしているらしい。
アルヴィンの思惑の通りに行く方が癪だ。私はリリスの頬を抓るのをやめて胡座の上に腕をつく。
「んで、マークさんよお、なんだってリリスが魔術決闘に乱入してきたんだ。誰も介入できない、邪魔できないっていうのが魔術決闘のルールじゃなかったか」
私たちの様子をどこか不安げに眺めていたマークへと矛先を向ける。
他の3人も同調するようにマークへと疑問の視線を投げた。丸眼鏡の奥で、彼は悩ましげにまつ毛を伏せる。
「それは僕も不思議だったんだ。魔術決闘のルールを破ることができたなんて話は聞いたことがない」
「だが、雷は魔術決闘のルールに違反したからだって言っていなかったか」
アルヴィンの言葉に大仰に頷いて肯定する。しかし、マークの返事は首を緩く左右に振るというものだった。
「それは僕の憶測だ。あの魔法陣に刻まれていたのは多分、古代魔術文字だと思う。だとしたら、魔術決闘のシステムが出来た当初から組み込まれていた可能性が高い」
「魔術決闘にも乱入できる何かしらの穴があったってことか。それで、その穴を今回リリスが打ち抜いた、と」
「そう言うこと。でも、どうして……」
野郎どもの視線がリリスへと向く中、私は一人、しわくちゃになったシーツへと目線を落として逡巡していた。
思い当たる節が、ある。
(エーギルの実験か)
その結果、リリスは他の魔術師に比べて特異な体質になっているはず。
彼女の特異性の一つがおそらくはいつの日かアルヴィンが打ち明けてくれた魔力量の増量。
そして今回の魔術決闘破りもその特異性によるものだと考えれば、リリスがあの場に介入できた説明がつく。
(私、もしかして妙なフラグを踏んだんじゃないだろうな)
リリスをエーギルやレビンから遠ざけて私の平穏を守ろうとしていたはずだが、ここに来て実験の影響(予想)がちらつくのには心穏やかでいられない。
(リリスのことは下手に口外すべきじゃないな)
下手に動いてクソ野郎どもに勘付かれでもしたらそれこそ面倒事では済まないかもしれない。
「その、よくわからないけど」
重苦しい空気の中、口を開いたのはリリスだ。
桃色の瞳が順番に私たちを見据える。
「私が迷惑をかけてしまったのは、確かなんだよね。その……ごめんなさい」
深々と頭を下げる。
「自分でも、どうしてあんなことができたのかわからないけれど、今後はもっと、気をつけます」
「リリス……」
アルヴィンが一歩リリスに近づいて、彼女の肩に優しくと手を置く。
「安心しろ。お前が多少お転婆しても俺が守ってやる。だからお前はお前のままでいいよっ――」
よくねえよ。
そう心の中でツッコんだ時にはすでに、アルヴィン目掛けて枕を投げていた。そして無惨にも枕はアルヴィンの片手に囚われていた。その中央には見覚えのない氷刃が暗器よろしく突き刺さっている。
「随分と元気になったようだなディアナ?」
枕の向こうから般若の横顔がこちらににこやかに微笑みかける。しかし、額に浮かんだ青筋が「何するんだ、テメェ」とメンチを切っていた。
「わ、私だけじゃねえぞ! な、マーク」
氷刃を投げたであろう犯人の方へと振り返るも、そこにはすでに人影はない。うっすら開いた扉から隙間風が吹いてくる。
こうなったらもう後の祭りだ。私が枕を投げた事実は変わらず、アルヴィンが般若になってしまったことも変わらない。
ならば言いたいこと言う方が精神衛生上良いに決まってる。
「あんたが悪いだろ、人の見舞いに来たのに妙な空気作ろうとしやがって。病院内の空気が悪くなるだろうが」
「どこが妙なんだどこが。兄妹のごく普通のやりとりだろ」
「あんたの言動は全体的にねっとりしてるんだよ。自覚しやがれ。そんなんだから女にも色目使われるんだよ」
「よしディアナ。今日は朝練に付き合ってやるよ。剣を持て」
「上等だコラ。私に正義があると証明してやる」
売り言葉に買い言葉。
苛立ちを募らせた私は自分が患者であることも忘れてやる気満々、病室を出る。
「……ではリリス嬢、学院へは私が送らせていただきます」
「えっと、はい。お願いします」
残された二人の間でそんなやりとりがあったことを知ったのは、私がアルヴィンにコテンパにされた後のことであった。




