10月25日⑤
ディアナとマークの決闘が中盤に差し掛かった頃、アルヴィンはリリスに詰め寄られていた。
「兄さん、何か知ってるんでしょう?」
「だから何言ってるだ? 俺は何も知らないよ」
「嘘だよ。だって兄さん、嘘つく時すっごくにこやかな顔するもん。絶対何か知ってる」
「にこやかって……」
胡散臭い詐欺師のような嘘のつき方を指摘され、アルヴィンは眉を顰めた。
こうなると、リリスはアルヴィンが白状するまで頑として引かないだろう。
一度疑いモードに入るとリリスは厄介なのだ。それが例え本当に誤解であっても自分の目で真実を見極めるまで疑い続ける。
「じゃあ一緒に見に行こう。それで何もなかったら真っ直ぐ帰るんだぞ」
「わかった」
リリスはやけに凛とした表情で頷く。
(どうせ行ったところで介入まではできないはずだしな)
例えリリスが魔術決闘による妙な魔力の流れを察知できたとしても、察知できるだけ。魔術決闘による被害が彼女に及ぶことなどあるわけない。
そう考えたアルヴィンは、リリスを納得させるためにも裏庭へと足を向けたのである。
薄暗い空が、ただでさえ辛気臭い雰囲気を一層際立たせている時間に、二人は裏庭へと足を踏み入れた。
アルヴィンはくるりと周囲を一瞥し、やはり何の異変も感じないなと心の中で独言る。
リリスはそんなアルヴィンの隣で、不安そうに胸の前で指を絡めていた。
「アルヴィン様」
「おわっ! ……って、ナギか。どうしたこんなところで」
テンプレートな言葉で尋ねるが、実際はディアナの様子が気になってここに張り込んでいたのだろうと推察するに容易い。
ナギは隣のリリスをチラリと横目で確認する。
「ギルベルト様のお手伝いをしておりました」
ギルベルトは騎士学校の教員の一人である。アルヴィンの槍術の恩師でもあり、彼や生徒であるディアナ経由でナギとも交流があった。
ナギの察しの良い返事にアルヴィンは納得したように頷く。
「……ナギ、ここ、何か見えるか?」
アルヴィンはナギの耳に唇を寄せて尋ねる。
リリスの視線は一見、何もないように見える裏庭へと注がれていて、こちらを気にする素振りもない。
「いえ」ナギも裏庭に視線を走らせ、首を振る。
「私には何も。私の魔力はないに等しいものですし、魔力を察知する力もほぼありませんから」
「そう、だったよな。すまない」
魔力がないものや魔力があっても微力なものは魔力を察知することができない。
魔力を持つ者――魔術師であっても、魔力を察知できる力は、当人の魔力によって天と地の差があるのだという。
アルヴィンは先ほどから一言も発さないリリスの背中を見やる。
魔術決闘は、その性質から決闘場所は魔力による歪みが見えることがあるのだという。
しかし、その歪みがわかるのは相当強い魔力を持つ魔術師だけ。
もしリリスが見ている光景が、自分のそれと違うのだとすれば……。
嫌な予感を振り払うようにアルヴィンはネクタイを緩める。
「リリス、もう確認は済んだだろう。ここには何もない」
「ある」
いつもの調子を装ったアルヴィンの言葉にリリスは間髪入れずに否定する。
「あるよ。兄さん」
顎をくいと上げて、リリスは真剣な眼差しをアルヴィンへと向けた。険のある己の顔が桃色の瞳に映っていた。
「はっきりとは見えない。見えないんだけど、いるの。
ねえナギさん。ナギさんはこれが何か知ってる?」
アルヴィンに尋ねても答えてくれないと思ったのか、リリスはナギへと疑問の矛先を変える。ナギは暫く黙ったまま彼女の視線を受けていたが、ついに薄い唇を開く。
「魔術決闘です」
「おい」
「魔術決闘?」
リリスは首を傾げる。
「古代から行われていた魔術師同士の決闘です。決闘している間は、部外者は決して邪魔することができません」
「それが、ここで行われてるんだね」
「はい」
「ナギ」
アルヴィンが目配せすれば、ナギは口を噤む。
「……決闘してるのはディアナなんだよね。だからナギさんはここにいるんでしょう?」
ナギは答えない。しかしナギが返事を返してくれなくても、リリスの中で答えは出ていた。
「止めないと」
「は?」
「止めに行く。決闘って正直どんなのかよくわからないけど、怪我するかもしれないんでしょ? 危険なんでしょ? なら止めないと」
「話を聞いていたのか? 決闘は部外者が邪魔できないんだ。お前がどうこうできることじゃないよ」
「ディアナが決闘している人の一人だって否定しないんだ」
鋭い指摘にアルヴィンは苦虫を噛み潰したように険しい表情をする。
そんな兄の様子から、彼女の答え合わせは済んだ。
真っ直ぐ見据えた裏庭。リリスにはやはり歪んで見える。しかし、それ以上に恐ろしいのは――。
「ディアナと戦ってる人、すごい危険だと思う。……直感でしかないけれど、止めないとディアナが危ない」
「とは言うがな」
今更ディアナが関与していることを否定しても無駄だ。観念したアルヴィンはリリスを嗜める方へとシフトする。
「私、ちょっと行ってくる!」
しかし、そんなアルヴィンの思惑も虚しく、リリスは裏庭へと走り出してしまう。
「おいリリス!」
止めようと伸ばした手が宙を切る。こういう時、彼女の素早さが恨めしい。
(部外者は介入できない。それなのになんでこんなに胸騒ぎがするんだ)
気が済むまで確認させて、自分は何もできないと意気消沈させておけばいい。
そうすれば頑固なリリスも理解できるだろう。それなのに――。
「アルヴィン様!」
ナギの声にハッと我に返る。
反射的に上げた顔が、上げた視線が、目の前の光景に釘付けになる。
空間が揺らいでいる。
見間違いなどではない。
仄かな赤い光、霜のように淡く白い光が、蜃気楼のように揺らいでいた。
「ディアナ!」
その空間に、リリスが手を伸ばしている。
ディアナの姿など、アルヴィンにも、そしてもちろんナギにも見えていない。
だが、リリスの瞳には確かに彼女の姿が映っているのだろう。
リリスの指先が曖昧な蜃気楼の境界線へと伸びる。
「やめろ! リリス!!」
アルヴィンの静止の声はしかし、彼女を思い止まらせることなどできない。
リリスの指先が触れた瞬間、それは大きく震撼した。
儚さすら感じた光は太陽の光のように強く発光する。
どこからともなく肌を刺すような冷気が流れ込んでくる。
強い光が収まり、反射的に閉ざした瞼を持ち上げる。
視界に入ってきた光景に、アルヴィンとナギは声を荒げる。
「リリス!」
「お嬢様!」
静寂に包まれた裏庭にはうつ伏せのまま動かないマーク。そして――。
「ディアナ! ディアナ!」
リリスに力なく抱き抱えられたディアナの姿があった。




