10月25日①
今日から1日毎に「10月25日」のお話をお届けします。
日付がズレますが、ご容赦くださると幸いです。
10月25日の昼。
リリスは訝しげな顔で右から左から、正面から。違う角度からナギの能面のように微動だにしない顔を覗き込んでいる。
「ナギさん、本当になにも隠してないんですか?」
「はい」
「本当にホント?」
「はい」
ナギの表情の変化を読み取ろうと目を凝らしてみるが、リリスには全くわからない。瞬きすらも、先ほどからしていないように思えて仕方がない。
「ディアナは本当にただの用事なんですか?」
「はい」
昨日の昼休みもナギだけが突然背後に現れて「本日はお嬢様はご用事があるためこちらにお越しになることができません」と機械が復唱しているような単調な口調で伝えて忽然と姿を消したのだ。
それならば仕方がないと、昨日は納得したリリスだったが、二日連続となるとその用事とやらが気になり出す。
「うむむ……。昨日は校舎の上の方にいたみたいだけど、今日は職員室の階のあたりくらいにいるみたいだから、もしかして私に会うのを避けてるのかと思ったんですけど、杞憂だったかぁ」
「……?」
リリスのぼやきにナギが僅かに目を見開く。その変化を見て取ったリリスはずいと前のめりになってナギの整った鼻先に自身のそれを近づける。
「や、やっぱり、私何かしちゃったんですかね? もしや不審者の一件で呆れられちゃった!?」
「いえ……。リリス様はお嬢様がどこにいらっしゃるのかお分かりなのですか」
「え? はい」
ナギの質問にリリスはさも当然とでも言うように平然と頷いた。
「だって、ディアナの魔力って大きいし、特徴的なんですよね。自分でも何でそう思うのかよくわからないんですけど。あ、で、あのディアナは私の事、不審者に拐かされるような間抜けなやつとか、思ってたりなんかしますかねぇ。もしそうだったら、私どうやって名誉を挽回すべきか――」
有る事無い事妄想を膨らませているリリスを、ナギは神妙な面持ちで見つめていた。
同時刻、リリスがいらぬ不安を募らせていることなど全く知らない私は、アルヴィンの職員室にある脚立に腰を下ろしていた。
マークと決闘することになったことを一通り話し終えると、アルヴィンはコーヒーのカップを置く。険のある表情は困っているようにも、怒っているようにも見える。
「魔術決闘。しかもよりにもよって相手はクロニエのご子息とは、お前も飽きないな」
「なー、そんなに魔術決闘ってやばいのか? ナギも珍しく今からでも断れってうるさいんだ」
うるさいと言うが、それはあくまで普段のナギに比べてうるさいと言うレベルだから実際はそうでもないのだが、事あるごとに視線を送ってくるものだから居心地が悪い。
見られている気配の出し入れなど、一体どんな鍛え方をしたら身につくと言うのだろうか。
「魔術決闘自体はもちろん知ってるよな」
断定形である。
「これでも一応優等生の分類なんで、知識としては知ってる。あれだろ、魔術での一騎打ちみたいな。最初に命約を交わして、負けた方がその命約に従うってやつ」
昔の魔術決闘では文字通り、命を賭けて行われていたらしいが、今は簡単な賭け事で行われるものがある。たまに魔術師としての名誉を守るための正式な魔術決闘が行われることもあるらしいが、近年行われたという話は聞いたことがない。
「テストなら満点をやってもいい回答だがな。要するに、その命約が問題なんだ」
「何でだよ」
「負けたら守らなくてはいけない約束、破られることのない約束を結ばされるんだぞ? それって、どんなに理不尽な約束を取り付けられても負けたら絶対服従ってことだ」
「だな」
元は命を賭けることを前提とした約束を取り交わして行われる決闘なのだから、その程度の拘束力はあるだろう。
そうでなければ命を賭けるなんて行為から逃げ出そうとするやつもいるだろうし。
しかし、私の軽い相槌はアルヴィンのお気に召さなかったらしい。頭を抱えて首を緩く振る。
「わからないか。例えばクロニエが命約として『お前の死』を望んだとする。そしたらお前が負けたらお前は絶対に死ななくちゃならない。お前の意思に関係なくな」
「例えでも人の死を望むなよ……。まあ、そう言うことだな。でもその点は安心していい。マークの望んでることはそんな物騒なことじゃないし」
「だろうな。クロニエとティフォンは仲が悪いが、それが理由でお前に決闘を申し込むってのは正々堂々とし過ぎというか、家同士の闘争の合図にもなりかねない」
なら問題ないだろう、と口にしようとするよりも前に「だがな」とアルヴィンがなおも言葉を連ねてきた。
「決闘ってのは一対一。一度魔術決闘が開始されたら誰も介入できないんだ。これが何を意味するかわかるか?」
「どちらかが倒れるまで続く」
「負けと認めるまでな。で、お前の相手はあの魔術の天才児であるマーク・クロニエ。ここまでで気づくことは」
「まだ負けると決まったわけじゃねえ」
案に魔術の天才であるマークに私は勝てないと言いたかったらしい。冗談じゃない。
「私は決闘を受けたんだ。尻尾巻いて逃げられるか」
「お前がそう言う性格だってことは知ってるさ。だからな、尻尾巻いて逃げろって言ってるわけじゃない。引き際は弁えろって言ってるんだ
マーク・クロニエは俺たちですらまだどんな魔術が使えるのかわからないんだ。授業の課題は全てなんなくクリアしてる。でも言ってしまえばマークにとって授業の内容は赤子の手を捻るような難易度ってことさ。
そのクロニエがお前に決闘を申し込んだってことは、向こうはやる気満々で高難易度の攻撃魔術を発動する可能性が高い。そうなったとき、お前がどこまで対抗できるのか、こればかりは俺にもわからない。特にお前は魔術による攻撃の出力がうまくはないだろ。万が一事故っても、俺たち外部の人間は助けられないんだ」
要するに、仮に魔術同士の掛け合わせが悪くて事故ったり、マークの魔術の威力が高すぎて瀕死に陥っても助けられないぞ、と言うことらしい。
だが、それはマークだって同じこと。
確かに力量という意味では私の方がマークに劣っているのかもしれない。しかし、魔術が事故る可能性に関してはお互いに同じだけのリスクを背負っている。決して、私だけが危険というわけではない。
「わかった。じゃあ、今日の夕方に裏庭で魔術決闘するって話だから、瀕死の私がいたらとりあえず助けてくれ」
「はいはい。お前が満足するなら俺は止めないよ」
言いたいことは全部吐き出して気が済んだらしいアルヴィンは本日二杯目の昼休みのコーヒーの香りを楽しんでいる。
「クロニエはお前に冤罪の告白を命約として求めるとは驚きだな」
驚いているというよりは寧ろ愉しんでいるような口調で、アルヴィンは口の端を持ち上げる。
アルヴィンに相談する上で、マークから要求されたものは『私がマークに対して働いた何らかの悪事』と答えを濁していた。
まさかマークがリリスの解放を私に求めているなんて知ったら、このお兄様が夕方を待たずしてマークを問いただすに決まっている。ついでに私もリリスのことについて隠していることがあるかもしれないという疑いが再燃して一緒に詰問されるだろう。それだけは避けたい。
「で、お前はマークに何を求めるんだ」
「あ?」
「命約。お前は特にマークと確執があるわけじゃないんだろ? でも命約の存在は決闘する上で絶対だ。何か考えないと」
「そんなこと言われても……」
困るな。うん、困る。
正直マークに対して大した興味もなければ、知りたいこともない。
(お前のルートの詳細を教えろって言っても無駄だしな)
腕を組んで何かないかと頭を巡らせること数分粘るも、いい案など思い浮かばない。
「ま、それは後で考えるわ。それよりアルヴィン先生、つきましてはお願いしたいことがあるのですが」
私の遜ってのお願いに、アルヴィンが肩を竦めてみせた。




