10月23日②
マーク・クロニエ。
賢人クロニエの血筋を受け継ぐクロニエ家の嫡子。
魔術の天才児と言われた彼は、名家中の名家の子息でありながら、社交の場に一切姿を現さなかった。
それはあまりにも卓越した魔術の腕が狙われることを危惧したクロニエの一族が彼を守るためだったとも、単なる引き篭もりだとも言われていた。
ナギの情報収集能力を持ってしても、分かったことといえばこの程度。
そして、私の持っている情報といえば――。
(リリスを昔っから知っているらしいってこと、最後にやった方がいいって梨々子に勧められたキャラってことくらい)
驚くほど役立つ情報がない。
攻略したことないナギでもディアナの部下で、リリスに探りを入れるために学生として忍びこまされたスパイだった、みたいなことは知ってるのに、この眼鏡は全く知らん。
強いていえば、昔何かあったようで、何かとリリスを助けてくれるやつってことくらい。
(で、リリスはその昔をすっぽり忘れてるせいで良い友だちポジションに収まってしまう悲しい男)
自分のルートでは報われるのだろうが、足立花は梨々子の勧めもあってこいつのルートはノータッチ。その前にどっかでお亡くなりになっちまって、今があるというわけよ。
(リリスの味方ってことは、普通に考えて悪役令嬢のディアナの敵ってことだよな)
だが、今の私はリリスと友好的な関係を築き上げた、友好型令嬢のディアナである。
だというのに、このマークから溢れ出る殺気はどういうことなのだろう。
「ねえ。無言でマジマジと見られても困るんだけど」
不快そうに顔を歪ませたマークの言葉で思考の渦から帰還する。
「あ、ああ。すまない――って、私が謝るのもおかしいか」
自分で自分にツッコみを入れてから「んで、何用だ」
「そっちは名乗らないのかよ、まあいいけど」
名乗るも何も、私が誰か知ってて構いに来たんだろうが、とぼやく前に、マークの声が場を制した。
「ディアナ・ティフォン。お前の悪事はわかってるんだ。素直に白状して、彼女を解放しろ」
「はあ??」
多分、私の顔には今「何言ってんだこいつ?」とデカデカと書かれているだろう。
「こっちはあんたの言ってることがわかんないんだが? 素直に白状することもなければ、誰も捕まえてないんだけど?」
「嘘つけ! 彼女を――リリスを、召使みたいにコキ使ってるのは知ってるんだ。毎日毎日昼休みに呼び出して。昨日なんて路地裏に連れ込んでただろ」
「あ?」
ドスの利いた声が漏れる。
「眼鏡の度合ってないんじゃねえの。確かに昼飯一緒に食べてるけど、それは向こうがこっちに押しかけてくるからで私が指図したわけじゃないし、昨日のは寧ろ私があの辛気臭いとこから助けてやったんだが? 主観で物事語るんじゃねえ」
苛立ちをそのままぶつけるが、マークは怯む様子ひとつなく、気丈にこちらを見下ろしている。
私が悪事を働いているという、心底迷惑な自信が夕日を溶かしたような瞳に映っている。
彼はつまらないものを聞いたとでも言うように、仏頂面のまま鼻で笑う。
「ティフォンの人間の言うことなんて信じられると思うか?」
「なに?」
『ティフォン』の家名に顔が強張る。
それを動揺と受け取ったのだろう、マークの口角がニヒルに歪む。
「お前がティフォンの家を追い出されたという話を聞いたが、僕は信じてない。あの血筋に煩い一族がお前を野放しにするとは思えないし、野放しにするとしてもしっかり始末をつけるだろ。
お前が逃げ場に選んだのが騎士団ってのも妙だ。ティフォンとヴェントは仲が悪い。お邪魔虫になったからといって、本家の嫡子がヴェントの下につくなんて、あいつらが許すとは思えない」
「前半に関しては私だってなんで見逃されてるのか正直分かってないが、騎士団に入ったのは私の意思だ。家は全く関係ない」
「そうか? ヴェントに何か探りを入れているとかじゃないのか? あるいはそう、ヴェントを乗っ取るためとか。そのためにリリスに利用しようとしているって考えれば彼女がヴェントのご令嬢になっているのにも辻褄が合う」
あまりにも捏造しかない内容。しかし、このまま黙ってやり過ごすことができないのが私の性分であるわけで、売られた喧嘩は買うしかない。
(それに、今のこいつの言い方は――)
「お嬢様」
隣で静観していたナギが小声で耳を打つ。
聡いナギのことだ、私と同じことを思ったのだろうけれど、それを彼の口から問わせるわけにはいかない。目配せでナギの口を封じてから、マークへと向き直る。
「あんた、リリスのこと、どこまで知ってるんだ」
「お前に言う義理はないよね。いや、言う必要もないか。あの子がああなったのも、お前が糸を引いているんだろ? だから、僕のことも……」
眼鏡とフードで遮られたマークの表情がわずかに翳ったのを、私は見過ごさなかった。
彼は自分の失言をかき消すように被りを振ったかと思うと、人差し指を不躾にも私へと向けた。
「とにかく!」今までで一番大きな声。
「お前がその気ならば、僕にも考えがある」
無言でマークを見つめる。返事がないことすらも返事と受けったのかマークは意気揚々と続けた。
「ディアナ・ティフォン! 僕はお前に魔術決闘を挑む!」
「……魔術、決闘ですか……」
私の代わりにナギがやや緊張感のある声で呟く。
なおもマークは続ける。
「のるのなら、二日後、10月25日の夕刻。この場所に来い」
「のらないなら?」
「ティフォンを潰す」
「あんた、見た目に反して過激だな」
茶化すような言葉にも、マークは動じることがない。ギラギラと敵意を剥き出しにした瞳が眼鏡の奥で獰猛な光を返すだけである。
「お嬢様、この勝負はお嬢様に何の益もありません。断るべきです」
「そーだな。でも……」
ナギの制止を腕で制して、私はベンチを盛大に軋ませてからマークの前へと躍り出る。
マークは私をじっと見つめている。
殺伐とした、しかし眩しい程、真摯な瞳が私の答えを座して待つ。
「言っとくがな、私はティフォンが潰れるのは大歓迎だ。でも、あんたの心意気は気に入った。
――その決闘、謹んで受けてやる」
あんたが真剣に私を見るって言うのなら、私もあんたに真剣に向き合ってやろう。それが、蛮族と揶揄される私なりの答え。
「だから、そのお綺麗な眼球で、目の前の悪役令嬢を見極めてみな」
緋色と藍色を混ぜ込んだ瞳は、どこまでも真っ直ぐに私を見据えていた。




