10月22日
ナギがお使いの小麦粉を受け取って戻ってきた頃、ロブトのパン屋のテラス席に腰掛けた私は、正面で縮こまっているリリスに冷ややかな視線を向けていた。
「お嬢様、いかがされましたか」
「ちょっとこいつの箱入りっぷりに呆れてたんだ」
「さようでございますか」
ナギは毛ほどの興味も抱いていない様子で言葉を返す。
「こいつ、さっきのやつらに店を一緒に探して欲しいって言われたんだってよ。それでこっちのはずだからーって裏路地に連れ込まれてああなったらしい」
「不用心ですね」
淡々としたナギの言葉にリリスは細い肩の両端が引っ付きそうな勢いでさらに身を縮こまらせた。
「だ、だってー。本当に困ってるみたいだったから」
「だってもクソもない。ああいうやつに構ってたらあんたの体いくつあっても足らないってんだ」
「う、うう」
リリスは項垂れる。
言いすぎたとは思わない。事実、王都で人が攫われることだって珍しくない。王都には雑多な人々がやってくる。旅人も住民も商人も。身寄りのない物乞いだっているのだ。
だからこそ人攫いみたいな犯罪者だって潜みやすいというもの。
「で、でも、本当に困ってる人がいたら」
「本当に困ってるんなら見回りしてる衛兵捕まえればいいだけ。ふらふら歩いてる女捕まえるやつなんて百パー裏があるんだよ」
「そ、そんなことないと思うんだけど……」
「思う、で攫われかけたのはどこのどいつだ?」
「ここのこいつです……」
しゅん、と口を噤む。もう言い返す気も無くなったらしい。これで少しは反省してくれただろう。
まったく、面倒事を増やすなってんだ。
「リリス嬢、本日はお一人でお出かけになっていたのですか?」
珍しくナギが自分から質問を渡す。
(そう言えば、こいつ一応リリスと結ばれる可能性があるんだもんな)
興味ありませんなんて顔しておきながら、実は興味深々だったりするのだろうか。
リリスもまさかナギから質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、数回目を瞬かせてから、上擦った声で肯定する。
「そ、そうなんです! 私、少しでも早く道を覚えるために散歩してたんです」
「ヴェントのお嬢様がか? やっぱり不用心じゃないか」
「で、でも、兄さんも夕方までに帰ってくるならいいって」
「暗いとこ行くなとか言われなかったか」
リリスが黙り込む。どうやらしっかり忠告されていたらしい。
「……はぁ」
これは、確かにアルヴィンも過保護になるわけだ。
自ずと出たため息にリリスは小さな声で「ごめんなさい」と謝罪する。
「次はないからな。せめて自分であのくらいのチンピラ撃退できるようになってから首突っ込め」
「はい……」
もしリリスに犬の耳でもついていたのなら、今頃ペタンと倒れていたことだろう。
「ナギ、この荷物、全部持っていけるか」
席を立ちながら横目でナギを一瞥する。
「問題ございません」
ナギはヒョイっと両腕で果物と野菜が入った袋を抱え込み、その上に小麦粉の袋を乗せる。常人ならばまず無理な重さをなんてことの内容に持ち上げる。
「よし。なら後は頼む。私はこいつ送ってく」
「え!? い、いや。流石にそれはあまりにも申し訳ない……」
「あんた、道わかんないんだろ。このまま放置して迷子になってまた面倒事に巻き込まれる方がメ・イ・ワ・ク! 大人しく好意に甘えとけ」
額にデコピンすると、リリスの頭がやや後ろへと仰反る。白い肌に赤い痕がポツリと浮かんだ。
「では、騎士団にはそのようにお伝えしておきます」
「おう。迷子の子どもを送り届けに行ったとでも言っとけ」
「子、子ども……」
リリスはおそらく15歳。つまり、この世界では一応、結婚可能な年齢。
とはいえ、成人は男女ともに18歳だからギリギリ子どもにカテゴライズされる。
「子どもだろうが」
なお、こんな偉そうなことを言っている私も誕生日がまだなこともあり子どもに分類される。大変不服だが。
「では、私は先に参ります」
「おう、よろしくな。行くぞリリス」
そそくさと姿を消してしまったナギに背を向けるように歩き出す。
「ちょ、ちょっと! 私の家知ってるの?」
焦ったような彼女の声に平気平気と無言で手を振り、夕日が沈む前に送り届けるべく歩を早めるのであった。




