10月22日
学校が休みの日。騎士団での買い出しジャンケンに負けた私は、ナギと街を歩いていた。
ナギの左右の手には果物や野菜をはちきれんばかりに詰め込んだ茶色の紙袋が抱き抱えられている。一方、彼の前をドカドカと大股で闊歩しているディアナは手ぶらだ。
「言われたものってこれで全部か?」
「いいえ。ロブト様のところに小麦粉を取りに行くように仰せつかっております」
「うげっ。よりによって……」
小麦粉の袋は重い。しかも、麻の袋には当たり外れがあるため、抱えたら服が真っ白なんてことも珍しくなかったりする。
「お任せください。私が持ちます」
「持てるだろうけど、流石にその大荷物にさらに小麦粉持たせるほど私も鬼畜じゃねえよ」
両手に抱えているものがなければ迷いなくナギに持ってもらったが、生憎彼の両腕は塞がっている今、自分も肉体労働を甘んじて受ける所存だ。
(どうせ服が汚れても洗うのナギだし)
我ながらナギへの依存度にはドン引きするが、これがノーマルになってしまったのだからどうしようもない。それに、ナギもナギで私を甘やかしているのだからおあいこだ。
心の中で言い訳を呟いて大通りから少し逸れた街路を歩く。人通りがなだらかになった通りの先に目的の店はある。
大通りほど賑わっていないこの通りは、所謂名店と呼ばれる店が普通の家に混じって潜んでいる。『ブルーリボン』なる有名なお菓子屋があるのもこの通り。ロブトのパン屋も庶民に人気が高い店である。
「あ、今日ここ休みか」
ディアナが休業日の文字を扉にぶら下げた『ブルーリボン』を横目に呟く。
先日、アルヴィンがいきなり持ってきた差し入れはここのスイーツである。ディアナは大して興味はないが、ナギがここのスイーツを時折買っては1人で楽しんでいるのを知っているから店名くらいはわかる。
「そうですね」
ナギは無機質な声で頷く。しかし、視線はじっと休業日と書かれた木版を見つめているのだから、少しは残念に思っているのだろう。
表情に出ずらいナギだが、なんだかんだ仕草は素直だったりする。
とはいえ、閉まっているのならば寄るか? などと訊くだけ無駄だ。横を向いていた顔を正面に戻す。
「ん?」
まばらな人。開けた通りに見覚えのある白い髪がふわりと揺れる。
最近ほぼ毎日見ている横顔。
唇が何事か口にして、リリスは細道へと引っ込んでしまった。
「何だ? あいつ、あんなところに何用だ?」
ここら辺の細道を曲がっても、あるのは突き当たりだけだ。
ヴェントのお嬢様のお家がこんな場所にあるわけもないし、もしや迷子だろうか。
(有り得るな。あいつ、入学初日に迷子になってたし)
スルーしてもいいが、それで何かあったら上司の雷が落ちるだろう。そっちの方が面倒だ。
「おい、ナギ」
「リリス嬢ですか」
ナギにも見えていたらしい。そうだと頷く。
「追いかけるぞ」
「承知いたしました」
ロブトの店が閉まるまで時間は十分ある。
私たちはリリスの後を追うように足音を潜ませて、彼女が消えた路地裏へと潜り込んだ。
その路地裏にはゴミらしきものがところどころ捨てられているような、見るからに治安が悪いですという風貌をしていた。
大通りから外れたところでは決して珍しくないが、いよいよリリスがこんな場所に何のようかと首を傾げる。
細道の十字路に差し掛かかる。正面、左、右。どちらもリリスの影はない。
思っていたよりも入り組んだ路地裏だったらしい。面倒だと舌を打つ。
「お嬢様、右手より何やら声が」
「あいつ、本当に何しにこんなところへ――」
「いやーーー! 誰か、誰か!!」
鬼気迫る悲鳴に2人は顔を見合わせる。
リリスの声に間違いない。弾かれたように叫び声の聞こえた方へと駆け出す。
その間もリリスが抵抗しているらしい声が響いていた。「変態!」や「近寄るなー!」と中々勇ましい。
「おい! リリス!」
ヒールが地面に痕をつける。中背の男2人が示し合わせたように振り返る。
「ディ、ディアナ!?」
リリスが桃色の瞳を丸く見開く。白い細腕は男の1人に掴まれていた。
「何だ? お友だちか?」
「こっちはこっちで別嬪さんじゃねえか。ついでだこいつも連れてこうぜ」
「てめーら、人攫いか」
下卑た笑いを浮かべる2人を睨みつける。
女と見て軽んじているらしい男どもの舐め回すような視線に嫌悪感が走る。唾をぺッと道路脇に吐き捨てる。
「強気なのもいい。そういうのが好きなやつも少なくないんだぜ」
両の指の関節を曲げて広げてを繰り返す、どでかいニンニクみたいな鼻をした男がにじり寄ってくる。脂汗のようなものがテカっているのも相まって、もはやモンスターである。
「ディアナ! 逃げて!」
「お嬢ちゃんは黙ってな」
リリスの叫びが男の汚い手で塞がれる。
私はただじっと、正面に迫り来る醜男を睨みつける。
一歩、一歩と間合いが縮まる。男の顔が醜い笑顔で満ちる。腕が、私を捕らえようと挟み撃ちにするみたいに動く。
(――!)
油断し切っている男の腕スレスレに身を屈める。
男は何もない空間にハグし、本来ならばそこにいたであろう姿がないことに目をぱちくりさせる。その顔があまりにも間抜けで笑い物にもできやしない。
「おいおい、そんなんで人捕まえることできると思ってんのか?」
「あ?」
男の額に青筋が浮かび上がる。しかし、それはすぐに引っ込んで顔面から血の気が消失する。
小刻みに震える目玉が、ゆっくりと下へと降りていき、己の足が、腱からぶっとい針で地面へと串刺しにされていることに気づく。
「ぎゃーーー!!?」
やはりモンスター染みた叫びをあげて盛大に尻餅をついた。下手に動いたから針が斜めに曲がって、ぐるりと肉を抉った。
「人捕まえるんだったら、動かなくした方がいいぜっ」
心底丁寧なアドバイスと一緒に呆けている出っ歯のふくらはぎめがけて針を飛ばす。出っ歯ははっと我に返ると咄嗟に避けようとしたが、反射神経が追いつかなかったようで、しっかり針に貫かれる。尻尾を踏まれたネズミのような鳴き声が耳に響く。
「その程度で喚くなよ。腹掻っ捌かれたとかでもないんだからよ」
「て、てめえ、何だ。何もんなんだ」
「あ? 私か? 騎士だよ。見習いだけどな」
リリスを抱き寄せながら舌を出せば、癇癪を起こした男たちは発破をかけられたと勘違いでもしているのか、声を斉一杯荒げる。
「嘘つくな! 飛び道具使うなんて、使徒に決まってる」
使徒? 何だそれ。
「よくわかんねえけど、あんたら自分たちの心配した方がいいぞ。人攫いに加担してた代償が体にほっそい穴開く程度で済むわけないだろ」
ニンマリ、と我ながら悪役じみた笑顔を浮かべれば、誂えたように足音が近づいてくる。
「お嬢様、ご無事ですか。リリス嬢も」
「あ、ナギテメェ、しれっといなくなるなよ」
相変わらず気配一つ感じさせない内に消えやがって。文句の一つでも言ってやるも、ナギの方は平然としている。
「この程度の輩でしたらお嬢様1人で十分だと判断いたしました」
「おー。やってるな、ディアナ」
ナギの背後から間延びした声が続く。癖っ毛をゆらゆらと揺らしているロットはやはり呑気に両腕を頭の後ろ組んだ姿で登場。
「よりにもよってこいつかよ」
「近くにいたものですから」
「俺も非番なんだけど? 一応騎士団所属ってことで仕事しに来てあげたんだけど?」
ぷくっと頬を膨らませるロットを薄目で白白と眺めれば、流石にバツの悪さを感じたらしく真面目な表情を取り繕う。
「で、そちらのお嬢さんは怪我ない――って、あれ? リリスちゃん?」
「え? あ、――誰?」
リリスは困惑したように私に耳打ちする。
「ロット。騎士。アルヴィンの悪友」
「兄さんの? あ、もしかしていつかの里帰りの時に兄さんと一緒に来た人?」
「お、覚えててくれたんだ。そうそう、あの時のイケメンのお兄さん」
私がこっそり情報提供したということに気づいていないロットは鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な笑顔をリリスに向ける。
「あ、はい。兄がいつもお世話になっています」
「いやー。お世話しちゃってます、なんちゃっ――」
「ロット様。拘束しておきましたので後はお願いいたします」
いつの間にか荷物を側に置いたナギは、男たちをぐるぐる巻きにしてロットへと手綱を差し出す。それをロットはおー、とどこか気の抜けた返事をしながら受け取る。
「相手がリリスちゃんってちと厄介だな。あいつが面倒なことにならないように適当に処理しとくから任せな」
バイバーイと軽く手を振りながら去っていく後ろ姿を見送ってから、私たちも場所を移動した。




