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10月18日

うっかり予約を間違えて投稿していたので上げ直しました。

大変申し訳ございません。

 騎士学校の屋上は放課後開け放たれている。

 意外とその事を知らない生徒が多いらしく、閑散とした屋上は訓練するのにも昼寝をするのにも穴場のスポットだったりする。

 私はカバンとローブをドアの側に投げ捨てて、人っ子一人いない屋上の中央に立つ。

 髪が風に吹かれて散らされる。深呼吸をしてから人差し指の先に力を集中させて空中に円を描く。透明の線の端と端が結ばれて魔法陣が展開される。

 (刻むのは、『ラド』、「ティール』、『ハガル』)

 魔術文字を素早く刻み、魔法陣ごと掴むように左手を伸ばす。光の塊となった魔法陣は掌に収まって抑圧された力が指先を痺らせたかと思うと、それは針のような痛みに代わる。

 「ぐっ」

 我慢できずに私はその光を前方へと投げた。

 その瞬間、細い雷の網が広がり視界に亀裂を走らせた。眩しくて目を瞑る。瞬きほどの刹那の後に瞼を開けば、すでに雷の網は千切れて、静電気のようなピリピリとした空気だけが周囲に揺蕩っていた。

 「はぁー」

 また、手放してしまった。

 私はため息を吐きながらその場に胡座で座り込む。未だに痺れが残っている左手を開閉させて、また大きく息を吐き出す。

 私が足立花の記憶を取り戻したきっかけになった炎魔術の失敗。あの出来事によって負傷した左腕は、外見だけなら完治したように見える。

 しかし実際は、あくまでそう見えるだけ。火傷という大きな傷は、左腕の感覚の鈍さや筋力が発達しにくいという状況を引き起こしている。

 つまり、内部の負担は大きかった。魔術というものがなければきっと痛々しい火傷跡がみみず腫れのように腕に走っていたに違いない。

 そして、そのような左腕に巣食っている煩わしい麻痺の症状は、そのまま魔術の扱いにくさに繋がっている。

 こうして一人で練習しても、どうしてもコントロールが上手くいかない。魔術式の展開はできるものの、力を直接扱おうとするとさっきのように痛みに耐えられなくなってしまうか、あらぬ方向に飛ばしてしまうかといった具合である。

 「また派手に飛ばしたな」

 「アルヴィンか」

 背中越しに聞こえてくるブーツの音が真後ろで止まる。

 「雷系の魔術はコントロールが難しいってわかってるだろ? まだそっちでやってるのか」

 「右は塞がっちまうんでな。せっかく魔力(武器)が一つ多いんだ。それを使わない手はないだろ」

 「気持ちはわかるが」アルヴィンはまっすぐ歩くと、雷の不発弾が揺蕩う空気に手を伸ばした。ビリッと小さな雷が走ったかと思うと、それを拳の中に押し込めるように五本の指を閉じる。

 「これじゃ味方にも被害を撒き散らすだけだぞ。結構痛い」

 「ヘラヘラとよく言う。ちょっと強い静電気程度だろ」

 「俺にとってはな。魔力がないやつはもっと大変なことになる。場所が場所なら心肺停止に陥る。お前だってイタズラに仲間を減らしたくはないだろ?」

 「でもよ――」

 私は女で、力ではどうしても男に押し負ける。埋められない戦力差を埋めるには、戦いの中で上手く魔術を扱えるようにならなくてはいけない。

 そう口にしようとして喉元まで出かかった声をごくりと嚥下する。右腕で乱暴に口元を拭ってから立ち上がる。

 「あんたが何言っても、私はこっちの腕で魔術を扱えるようにする。昔に比べればだいぶマシになってきたんだ。ここで投げ出さねえ」

 まっすぐアルヴィンの瞳を見上げて宣言する。紫の瞳は長いまつ毛の影を落とす。

 「お前は本当……、頑固というか真面目というか……」

 呆れ混じりに息を吐く。大股で近づいて来たアルヴィンの無骨な掌が私の頭にそっと添えられる。

 「人並みの言葉にはなるが、お前が焦る気持ちはわからなくはない。だが、無茶な訓練は体を鍛えるどころか壊す原因になる。お前だってそれ以上左腕に負荷をかけてお飾りにしたいわけじゃないだろ」

 「……そりゃな」

 「ならまずは力量をちゃあんと把握するところからにしな。どんな魔術でも使い方によっては武器になる。すごい力を持つよりも、たいしたことない力を着実に扱える奴が騎士に向いてると、俺は思う。……そうだな、ちょっとそこで見てな」

 アルヴィンの手が頭から離れたと思ったら、彼は私から五メートルほど離れたところまで歩いて立ち止まる。

 「久しぶりのマンツーマン授業といこうか、ディアナ。俺が三秒数えたらお得意の氷を斜め前に打ち上げてくれ。わかったな? はい三――」

 「お、おいっ!」

 「二」

 こういう時、アルヴィンは聞き耳を持たない。舌打ちして咄嗟に魔術式を展開する。

 『イス』、『イアル』

 魔術文字を書けば魔術式が白い光を放ちながら、半透明の氷の塊に姿を変える。ひんやりとした冷気が指先を凍て付かせる。

 「一」

 腕を大きく振りかざし、歪なボールを勢いよく投げる。氷の塊はアルヴィンの頭へと飛び込むかのように緩いカーブを描いて飛躍する。

 アルヴィンは避けない。それどころかニヤリと口元に余裕の笑みを浮かべ、左の人差し指で魔法の杖のようにくるりと円を描き、腹を抱えるように折り曲げる。

 その瞬間、氷の塊が瞬き程度の光を放ったかと思うと四つに砕けて四方に飛び散る。そのうちの一つが狙い澄ましたかのように私の顔の横を弾丸が如く駆け抜ける。

 何が起こったのかと瞼を瞬かせる。アルヴィンはにっこりと満足気な笑みで見返した。

 「今のも雷の魔術だ。ま、お前が作った網の一本程度の威力だけどな」

 「嘘だ。あの氷は魔術で編んでるんだから簡単には溶けないし砕けないはずだ」

 「砕けるよ。俺たちに弱点があるように、氷にだって弱点はある。それに、あのサイズの氷には微弱な雷撃ですらお天道さんの雷と変わらないさ。一気に熱が加わればあの通り砕け散って、弾丸の出来上がり」

 「それって私の氷を利用したってことだろ? ズルだろ」

 いつもは騎士たるもの正々堂々勝負しろとかなんだとか言っているくせに。唇を尖らせて抗議する。

 「おいおい。これはあくまで授業だ。ムキになるなよ」

 宥めるような口調とは反対に、アルヴィンは楽しそうに目を細めて、焦茶色の髪を掻き上げた。

 「要は、状況を上手く利用すればちっぽけな力でも凶器にできるって話さ。だから無茶な訓練をするよりも着実にできる事を増やせ」

 私は暫くじっとアルヴィンを見つめていた。いや、もしかしたら睨んでいたかもしれない。

 悔しいが、アルヴィンの助言は的を射ている。

 事実、私の左腕はどんなに鍛えようが限界が見えているし、下手に魔術を使ったら簡単に壊れてしまうような代物である。

 無茶な訓練をするよりも、力量を弁えてできることを増やす方が現実的。

 そんなこと、言われる前からわかっていた。それでもなんだかんだ訓練を続けていたのは、自分が女だから。男に劣らない力を誇示したかったから、なのだろう。

 強い力に惹かれるのは、ディアナ・ティフォンの本質だった。

 「……わかった」

 苦虫を噛み潰したような返事を喉の奥から捻り出す。

 「でも、やっぱり解せないぜ」

 「何がだ?」

 ここまで来てまさか尚言い募ってくるとは思わなかったのか、涼し気だった表情に僅かに驚きが見えた。

 「あんた、さっき文字刻んでなかったよな。魔法陣展開して、すぐに術が発動してた」

 「ああ、なんだそのことか」

 「どんな裏技だよ。文字刻む時間短縮できるなら色々と便利だろ」

 魔術を発動させるには、魔法陣に魔術文字を刻む必要がある。一般的に術、と呼ばれる文字の羅列はほとんどがニ、三文字だが、複雑な魔術ほど夥しい文字を刻まなくてはならない。故に術の長さに際限はないのだという。

 だから、魔術師の中にはよく使う魔術式を手袋の裏とかに仕組んでいる人もいるという。

 しかし、そうすることですぐに魔術を発動できる反面、他の魔術式を展開できなかったり、相性の悪い魔術式同士をうっかり掛け合わせる結果になってしまって大惨事が起こる、なんてこともあり得るので、学生である私たちの中に魔術式を予め備えておく人は少ない。

 「これだよ、これ」

 そう言うとアルヴィンは人差し指の指輪を抜き取って掌の上で転がした。シルバーのショルダーは太く、石座には飴色の宝石が輝いている。

 やや厳ついだけで普通の指輪のように見える。

 「その石、よく見てみろ」

 促されるまま顔を近づけてじっと見つめる。

 「あっ! これ魔術文字じゃねえか」

 飴色の宝石の奥にうっすらと魔術文字が刻まれているではないか。

 さっきの雷撃の魔術を発動した時に魔法陣を描いていたのも人差し指。

 と言うことはさっきの魔法陣はこの魔術文字に反応したのだろう。魔法陣を描いた後に指を曲げたのは魔法陣と指輪に刻まれた魔術文字を接触させるためか。

 「なるほどな。これだったら、変な事故は起こらないってわけか。でも、魔術文字を刻める宝石なんてあったか? 宝石って魔術を跳ね返すんだろ?」

 布なんかの軟い素材であれば魔術式を仕込むことも可能だろうが、宝石や鉱物のような頑丈な自然物の多くは、それ自体が独特の魔力の流れを持っているのだという。特に宝石は魔術と相性が悪い。故に魔術返しのお守りとしては重宝されるのがほとんどだ。

 「この指輪は魔導器の一種なんだ。そしてこの宝石は魔力石。だから魔術も問題なく発動する。ま、文字が刻める魔力石は珍しいんだが」

 「魔導器?」

 魔導器といえば魔力を持たない人間でも魔術を扱うことができるというアレか。

 よくナギが料理の時に使っているが、あの魔力石はもっと小さいし、色もお世辞にも綺麗とはいえない赤黒い色だ。宝石のような透き通った美しさなど持ち合わせていない。

 「魔力石って魔力の塊って話じゃなかったか? それに文字刻むって、油に直接火つけてるものじゃないのか?」

 「これは隣国の魔法石だからこっちの魔法石とは性質が違うんだ。ただの燃料じゃなくて発動したい魔術ごとに石が決まってる。ま、こっちじゃヴァルティが魔導器と名が付くものを独占してるから売られてないけどな」

 「…………ふーん。つまり、あんたしか持ってないようなレア物」

 だから、誰もこの宝石に魔術が刻まれているなんて普通は考えないわけだ。ふーん。

 「返す。私には必要ねえ」

 そっけなく指輪を突き返す。アルヴィンは「だろうな」なんて爽やかに笑って指輪を元の位置に戻す。

 ハンサムと名高いアルヴィンの指に似合わず無骨な十本のそれ。左手の薬指以外に嵌められた色とりどりの宝石は密やかな光を湛えていて。

 私はそれを、ただ唇を薄く噛んで見つめていた。

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