10月10日 幕間
学校生活1日目。
教本が配られ、早速授業が始まる。
合間合間には休憩時間があり、その時に自分の肩身の狭さを実感してしまった。
魔術師の多くは基本的に王都で暮らしている。研究者なんかはヴァルティ領で暮らしている人も多い。クロニエ領には、クロニエの血筋を引く者がまとまっていると聞く。
まあ、つまりは私のようにヴェント領で暮らしていたという魔術師なんてほぼいない。それこそヴェント家の者ぐらい。
学校ってどんなものだろうと不安と期待を抱いて潜った校門の内側にはすでに私の入られる隙間などなく、クラスでは私を除いてみんな顔見知り。少なくとも名前は知っているような関係だった。
私ももちろん名前を知られている。しかし、それは――。
「見てくださいませ。あの方がヴェント家の隠し子」
「まあ、アルヴィン様にもガリス様にもアリーナ様にも似てませんわ。やはり養子という噂は本当なのかも……」
「しっ、声が大きいわ。聞こえてしまったらどうするの」
「いくらヴェント家といえど、所詮は田舎娘ね。服装も地味だわ」
「お兄様のアルヴィン様はとても素敵なのに。きっと庶民の血が強く出てしまったのね」
後ろから、たくさんの悪意の言葉が耳にべったりとこびり付く。俯くように自分の格好へと視線を落とす。
魔術学校の生徒である証の白いローブの下には、兄さんが似合うと言ってくれた白と淡い桃色のブラウスと一見スカートに見えるヒラヒラしたレースがついたキュロットスカート。私の中ではだいぶ冒険した服装だが、これも地味なのか。
確かに、私以外の女生徒は華美なドレスを身に纏っていた。ローブと校章代わりのループタイ以外に服装の指定はなかったはずだけど、みんなしめし合わせたかのようにドレス姿で平然と歩いていたから驚いてしまった。
(私もドレスを着たら少しは……)
そんなことを考えて、ゆるゆると首を振る。今更ドレスを着たところで今度は「田舎娘が背伸びしちゃって。ぷーくすくす」と嘲笑われるのがオチだ。
鬱屈とした気持ちを胸の奥に隠して一つずつ授業を受ける。
みんなで学ぶと言う状況がこんなにも辛いものだなんて……。何度目かのため息を吐いたところで昼休みのチャイムが鳴った。
クラスメイトたちはお友だちと連れ立って食堂へと向かう。
王立学院には二つ食堂があって一つがコース料理、もう一つはビュッフェスタイルだと兄さんが言っていた。基本的にコース料理が食べられる方の食堂――ラウンジは魔術学校の生徒が、ビュッフェスタイルの食堂――テラスは騎士学校の生徒が利用しているらしい。
(どっちに行く気にもなれないな。大丈夫って言った手前気が進まないけれど、兄さんの職員室に避難させてもらおうかな)
ほとんどの生徒がいなくなってしんと静まり返った教室の隅っこで頬杖をつき、窓の外へと目を向ける。
私の教室はぐるっと裏庭を囲っている棟の二階。ここからだと手入れがされていない、ボサボサに草花を生やしたやぼったい裏庭が見える。
(私、昨日あそこら辺で迷子になってたんだよね。それで……)
あの人に会った。どうしてか木の上で昼寝していたらしい女性。
黒い髪に海のように青い瞳。成長したけれど、ぼんやりとした記憶の中に鮮烈に焼き付けられたあの必死な顔の面影を残した女性。
(確か……あの木だったかな)
裏庭にはいくつか屈強そうな木が生えている。彼女が昼寝を決め込んでいたのは、そのうちの中央、日が傾いても日差しが差し込みそうな立地を確保している大木――。
(ん?)
違和感を感じて窓際に椅子を寄せた。じっと目を凝らせば、風にざわめく色づきはじめの葉の間に、黒檀色の髪が他靡いていることに気付きばっと立ち上がる。ガタンと椅子が床に背もたれを打ち付ける。
いても立ってもいられなくなって、見えない誰かに背中を押されるようにして足先を教室の扉へと向ける。
「ね、ねえ」
教室を出る直前、後ろから声をかけられる。まだ誰か残っていたっけと振り返ると、丸い斑眼鏡をかけた、緋色の髪の青年が立っていた。室内だと言うのにフードを頭からすっぽり被っている彼は薄い唇を何度も開閉させる。
「私に何か用?」
怪訝に思って尋ねると、青年は「あ、その……」とはっきりしない返事を返して、教室の中に沈黙が落ちる。
「ごめん、私ちょっと行くね。何かあるならまた後で教えて」
それじゃあと廊下に飛び出す。
「ま、待って!」
しかし、そのまま真っ直ぐに裏庭へゴーすることはできなかった。手首が掴まれて腕がピンと張る。反射的に振り向けば、青年のフードがふんわりと持ち上がり、紅葉のような緋色の髪が陽の光に照らされた。丸眼鏡の奥の橙色と紫紺色をグラデーションさせた、夕日のような特徴的な瞳が大きく見開かれる。
手首がパッと離され、彼は後ずさった。
「ご、ごめん! でも――」
怯えたような影を落とした瞳が問いかける。
「僕のこと、覚えてる?」
縋るような声に、私は首を横に振ることしかできなかった。




