10月10日①
ここで少し、ゲームの舞台にもなっている王立学院について説明しよう。
王立学院とはトルドナ国の王都、ソルディアスの中央に位置する魔術師と騎士の学び舎であり、魔術師の研究施設でもある。役割としては大学に近いかもしれない。
王立学院には主に魔術師の子どもが通う魔術学校と、騎士見習いが通う騎士学校が存在する。これが大学でいう学部に該当すると考えてくれれば良い。
王立学院は15歳から25歳までの男女が通うが、最も多い年代は15歳から19歳。
基本はどちらも四年制であるが、魔術学校に関しては卒業後、より専門的な知識を学ぶためにさらに最大3年間、研究室への出入りが可能である。
同じ学び舎に在籍しているが、魔術師の子どもたちが騎士見習いを見る視線は厳しい。
魔術師たちは、基本的に魔力を持たない普通の人間を見下している。それがこの国の社会構造の根本である故、ただ性格が悪いと簡単に片付けることはできない。そしてそれは騎士に対する扱いにも直結している。
王立学院に通っている騎士は血筋が良かったり、将来を見込まれている者が多いとはいえ、剣を持ち、力で社会の地位を築くその姿は、魔術師たちにとって野蛮以外の何ものでもなかった。騎士は魔術師の従者。身を守るための盾。その程度の扱いであり、普通より少し便利で厄介な人種である。決して相棒のような対等な立場ではない。
であればこそ、私の王立学院内での扱いというのも当然そういう扱いになる。
いや、それどころか男の騎士たちに比べるとだいぶ肩身は狭い。前例のない女の騎士。しかも由緒正しきティフォン家を追い出され、逃げるように試験会場に乱入し大暴れした蛮族令嬢。
それが今の私、ディアナ・ティフォンの肩書きである。
(ま、だからと言って気にはしてないんだが)
冷ややかな目で見られることは最早日常。入学当初は居心地悪さを感じたものだが、今となってはこれが好意的な眼差しに変わった方がゾッとする。
騎士学校の奴らですら、あまり親しくない連中は私の悪口で結束を強めている。
とはいえ、そういう扱いを受ける要因は、何も私だけの問題ではない。
例えば、現在進行形で隣を足音も立てずに歩いている男。
「お嬢様、アルヴィン様が本日の始業前に自身の職員室に来るようにとの伝言を預かっております」
低い位置で一本に結ばれた銀色の髪を左右に振って、ナギの涼しげな横顔がいらない伝言を口にする。
「うげ、なんでだよ。面倒だな。今からじゃ間に合わないからパス」
「多少授業時間に被っても来るようにとのことです。一限目の担当教師には話をつけているそうです」
先回りしやがって。私は肩を大きく落とす。スルーしたら絶対大目玉を食うことになるから選択の余地などない。
億劫な気持ちを体全体で表現していると、ナギは筆で掃いたような柳眉をわずかに潜ませた。
八年という歳月は、彼の岩のような表情筋を僅かに和らげた。普通に喜怒哀楽を持つ人のそれよりはささやかかつバリエーションが貧相であるが、一応人間らしくはなってきている。
とはいえ、人形さながらの顔立ちと陶器のように白い肌は依然として浮世離れした雰囲気を漂わせている。そのせいで、彼はあくまで私の使用人として学校の出入りを許可されているだけだというのに、魔術師のご令嬢から人気があった。
お家のための結婚をする女性がほとんどらしい魔術師社会において彼のような美形は目の保養であり憧れなのだろう。
さながら偶像。アイドルである。
そして、そのアイドルに世話されている私は当然お邪魔虫というわけ。実に単純な理由だ。
「私に何の用だってんだ。昨日も会ったんだからその時言えば良かっただろ」
話を戻して、脳内の胡散臭い笑顔にうんざりと目を細めた。
「昨日、お会いしていたのですか」
特に驚いた調子でもないナギの声に頷く。
「廊下で偶然な。……ああ、そうだ。あんた今日暇か。暇ならちょっと調べ物を頼みたいんだが」
「お嬢様のご依頼は最優先事項でございます。何なりと」
――ついでに、この八年という歳月は私に対するナギの忠誠心まできっちり育んでしまった。私としては対等な関係でいたかったのだが、「私はお嬢様にお仕えしている身ですので」という言葉で押し切られた。どうも、見た目に似合わず頑固なところがあるようだ。
見上げた忠誠心は正直嬉しくもあるのだが、それはそれとしてナギにはナギのやることがあるのだから、私のお願いは後回しにしてほしい。
「別に急を要するものじゃないんだ。私が学校に行っている間は騎士団のバイトがあるんだろ? それが終わったらでいい」
「では要件だけでも」
これはバイトを後回しにする流れである。
しかし、後回しにしたところでちゃんと時間通りに任されたことを完遂するのがこの男である。心配も遠慮も不要だろう。
「あんた、アルヴィンの妹について何か知ってるか?」
「騎士団長であるガリス・ヴェント様と奥方のアリーナ・ヴェント様の隠し子であると伺っております。なんでも病弱で存在を隠した方が良いと判断していたのだとか。ヴェント領にある本邸にて暮らしておいででしたが、王立学院に通うことになり王都の別邸に移ったと。確か名前は――」
「リリス・ヴェント、だろ?」
「さようでございます」
応答からして、リリスのことは知っていたようだ。しかし、そのリリスが八年前、あの倉庫から救い出した少女とは夢にも思っていないのだろう。
(それもそうか。あいつの顔をはっきり見ていた私でも、足立花の記憶がなかったら結びつかないもんな)
リリスという名前だって、この世界ではさほど珍しくはない。いくらナギの記憶力が高いと言っても、リリス・ヴェントとあの時助けた少女が同一人物だと気づくのは難しいはず。
「リリス嬢が如何いたしましたか」
「彼女の今までの来歴を調べてほしい。あ、アルヴィンにはバレないようにな。特に……今から十年前くらいまでの事を」
ナギの青い瞳にやや困惑の色が滲む。私が他人の調査を依頼したことが驚きなのだろう。
だがしかし、彼は理由をわざわざ問いただすような男ではない。
「承知いたしました」
真剣な眼差しで頷く。
たくさんの馬車が蹄の音を立てて横をすり抜けていく。王立学院の門に差し掛かる頃には、ナギは音もなく姿を消した。




