10月9日③
アルヴィン・ヴェント。
騎士の名門であるヴェント家の息子。
剣術の腕は超一流で、現時点では次期騎士団長候補だが、騎士団は賢者ヴェントの時代から彼の血縁者が引き継いでいたということからも、ほぼ確実に次期騎士団長は彼だろう。
年齢は二十八歳。
ゲーム上ではティフォン家から逃げ出したリリスは彼の父親に保護され、以来彼女を本当の家族のように接していた。ティフォンで凍てついてしまったリリスの心を解き解した好青年。
……というのが、ゲーム内のこの男の設定だったわけだが、実際はどうだ。
好青年なんて柄じゃない。
どちらかと言えば私に毛色のよく似た不良だ。
少なくとも出会った当初は、花の真似事をしていた私なんか足元に及ばないほどの根っからの不良だった。付け焼き刃的な私の素行が本物の不良のそれに昇格したのは、多かれ少なかれこいつの影響あってのこと。
年をとるにつれてその若気の至りだったとでも言うように落ち着いていったが、中身は大して変わらない。少しでも舐めた態度を取ろうものなら容赦なく鉄拳制裁される。
とはいえ、リリスが関わらなくなった以上、妹溺愛シスコン腹黒エセ紳士の誕生はなかったことになるはずだった。
どうにも苦手だったのだ、あのデレデレした感じ。
義理とはいえ、妹として迎え入れた十歳以上年の離れた女の子に恋愛感情を抱くなんてとんだ変態。即時逮捕されてもいいだろうと、足立花は本気で思っていたし、私もその意見には同意だ。
まだ何か話たそうだったリリスを入学式の会場に送り届けると、アルヴィンは私を適当な空き教室に連行した。治癒魔術を背中に施しがら、先ほどのリリスの発言について根掘り葉掘り問答中。
「だから、偶々だって。偶然、ちょっと色々あって手助けみたいなことはしたけど、それだけ。そんな大それたことじゃない」
「そのちょっとが聞きたいんだが?」
胡散臭い笑顔はしつこく私にせっついてくる。
「そんなに他人のことを気にするなんて、らしくないぜ? アルヴィン先輩」
このままではイタズラに時間を消費するだけだ。打開の可能性を期待して皮肉に唇を歪ませて挑発的に言葉尻を上げた。
このアルヴィンという男はゲームでこそリリスの義兄だが、リリスをラナに預けた今、こいつが義兄になっていることはありえない。
確かめたわけではないが、ラナは私のことをそれなりには信頼してくれていたはずだし、きっと私の言いつけ通り王都の方には逃げるなんてことはしなかっただろう。
であれば彼女が逃げた先が王都であるはずはない。アルヴィンの父親がリリスを保護していたゲームの流れはその時点で折れているはず。
だから、こいつがそんなに話を聞きたがるのに違和感があった。
アルヴィンが眉間に皺を寄せる。
「妹だから気になってるんだが」
「……は?」
待て。今なんて言った。
「何度か話ただろう、妹がいるって。リリスは俺の妹。妹のことを知りたいのは兄として当然だろ?」
妹? 妹だって?
確かに、私が見習い騎士になって一、二年後くらいに両親の隠し子が見つかったと珍しく悩んでいたことがあった。病弱で、アルヴィンにすら存在を秘密にしていた子どもらしいと。
すごい話だなとは当時から思っていたが、アルヴィンが落ち着いて始めたのがその頃だったから、内心隠し子万々歳であまり気にはしていなかった。
しかし、リリスがアルヴィンの実妹であることはありえない。それはゲームからも明らかで……。ってことは隠し子っていうのは……。
私は首を左右に大きく振り被る。
「そんなわけねぇ。あんたもあんたの父親も、私が騎士見習いになってからずっと王都にいたんだろ? 会えるわけがないんだ。それなのになんでリリスが義妹になってるんだよ!」
私は確かに遠くに逃げろって言ったんだ。王都はダメだともしっかり伝えた。
王都には騎士団の本拠地があって、当時騎士見習いだったアルヴィンも、騎士団を率いる役目があるアルヴィンの父親もいる。そいつらに保護されて将来的に王立学院に入るルートが確定すると思ったからそう忠告してやったのに。
私が掴みかからんばかりの勢いで捲し立てると、アルヴィンの双眼がすっと細められる。
「その反応。やっぱり何か知ってるな」
「あっ、やべ」
慌てて口を押さえて視線を逸らす。
それすらも自分がリリスのことを知っている証拠になるということには残念ながら気づいていなかった。
暫く私をじっとりと見つめていたアルヴィンはやれやれとでも言いたげに大袈裟に肩を落とす。
「リリスがお前を見た時の反応は嫌悪でも恐怖でもなかった。だから、お前のことを信頼して、少し昔話をするよ」
別に聞きたくない。と言ったら高速デコピンが飛んできたので大人しく額を押さえて話を聞く。
「リリスと彼女を抱えた使用人を保護したのは俺の母だ。ヴェント領の端っこで、雨に打たれながら蹲っていたらしい」
「ヴェント領……。あっ」
なんだとでも言いたげな視線を寄越したアルヴィンになんでもないと首を振る。
そういえば、ティフォン家にティフォン領があるように、ヴェント家にヴェント領があるのは当たり前だ。そして幼い私はそのことを失念していた。
ヴェントは騎士。騎士といえば王都という当時の凝り固まったイメージのせいで、私のラナへの忠告は徒労に終わったというわけだ。
つまり、私は忠告の仕方を誤った。心の中で頭を抱える。
「当時のリリスは言葉を話すことは愚か、食べ物を満足に口にすることもできないくらい弱っていたようだから、彼女たちの存在は両親と一部の使用人しか知らなかった。最初は元気になったら領内に移り住んでもらおうと思っていたらしいが、半年かそこらした時から彼女の魔力量が急激な上昇を始めた。ガス抜きしても追いつけないくらいの時もあったらしい」
ガス抜きとは、強い魔力を持つ者が定期的に魔力を発散することを言う。魔術師であれば日頃の魔術の行使がそれに繋がるが、あまりにも魔力量が多い場合、魔力を放出することを目的とした魔術を使う必要がある場合がある。
要は有り余った体力を運動で消費するようなものだが、魔力の場合は蓄積し過ぎると毒に転じてしまうため、余ったままにさせておくのは非常にまずいのだ。
「で、リリスを野放しにすることを危険視した母親が、彼女を病弱で世間から隠していた実子として家に迎え入れたんだ。俺がリリスを紹介されたのは、あいつに異変が起きてから一年後。魔力が安定した後だ」
つまり、五年かそこらの付き合いか。しかもアルヴィンは王都にいたわけだから、自領にいたリリスとはそこまで交流できていないのかもしれない。
私が覚えている限り、長期休みの時なんかはよく実家に帰っていたが、それ以外はこっちにいたはずだから間違いない。
(だとしたら、余計妹溺愛なの怖すぎだろ)
と考えて頭を振る。このアルヴィンが妹溺愛エセ紳士と決まったわけではない。もしかしたら本当にただのいい兄ちゃんに成長している可能性もある。
「そういや、お前の素性は――」
「私はただのディアナだ。どっかのお貴族様と同じ氏なだけのただのディアナ」
きっと睨みつければ、アルヴィンは何か言いたげに視線を逸らし、「そうだったな」と脱力した。
ティフォン家のご令嬢としてのディアナ・ティフォンという女はすでにいない。
私が家出して、試験会場で大暴れした後、お父様――エーギルは正式に私を勘当した。
あのエーギルのことだから家の役にも立たない、優秀なティフォンの血だけを持っている私や彼の命に背いたナギを始末しにかかると思ったが、騎士団の、とりわけアルヴィンの後ろ盾を得たことが功を奏したのか、刺客を差し向けてくるということもなく、今もこうして五体満足で生き伸びられている。
エーギルが全く私に興味がなくて放置しているだけならばいいが、レビンが後ろで糸を操って野放しにするように仕向けている可能性もあるから油断ならない状況であることには変わりない。
私がティフォンを追い出されたというのはアルヴィンももちろん、おそらく国中の魔術師が知っている。だが、自分からティフォン家を出て行ったと知っているのは、目の前の先輩などごく少数である。
「強情なのも困りもんだな」
「それよりも、あんたはなんでここにいるんだよ。騎士団の仕事はどうした? あんたの相棒に押し付けただけならかえって仕事が増えるだけだぜ」
「残念ながらこれも仕事の内なんだ」
とっくの昔に魔術学院を卒業した騎士がこんな場所でする仕事ってなんだ。
よもや護衛とは言うまい。下っ端ならまだしもあんたは複数の小隊を任されている隊長殿だろう。という思いを目力に込めてじっとり見ていると、アルヴィンはニヤリと口の端を上げる。嫌な予感がした。
「俺、今日から攻防魔術の臨時教師として着任するんだ。よろしくなあ、生徒さん」
げっ、と喉の奥から声がした。先輩ってだけでも勘弁願いたいのに、今度は先生になるのかよ。
でも、四賢人が全員揃うってことは、ヴェントの息子であるこいつもなんらかの形で学院に関わるってことだもんな。だが、ゲームでそんな設定あったか?
くそう、ただでさえ兄として出張ってる男だったからそこら辺の記憶がない。
(予感していたとはいえ、初っ端から問題が多すぎる)
エーギルは常に警戒しているが、ゲームで私を殺したレビンもまだ在籍中。
さらにリリスとアルヴィン。ナギは私の世話係って立場だけど、学院を自由に出入りできるし、カイルも留学から戻ってくるらしいから、着実に役者が揃っているわけだ。
(私、無事に騎士になれるのか?)
ゲームの状況を回避するために動いていたはずなのにどうしてこうなっているんだろう。
私はぐったりと肩を落とすと、流石にそろそろ戻らないとやばいらしいアルヴィンに首根っこを掴まれる前に裏庭へと駆け出した。




