10月9日
こんにちは、暮間です。
今日から王立学院編スタートです。
相変わらずの不定期で書いていきますが、気長に待ってくださると嬉しいです。
ディアナたちの成長した姿、そして新キャラもどんどん出すつもりではあるので、お楽しみに!
それでは、これからもよろしくお願いいたします。
机の上に広がったチェスの盤上には黒と白の駒が互いを睨みつけていた。しかし、プレイヤーはただ一人、黒の駒を動かす少年だけだった。
少年はポーンの駒に人差し指を乗せ、無意識にグラグラと弄んでいる。
彼は左手の書類に目を通し、ニタリとひとりでに口の端を上げる。
書類には人の名前が羅列されている。今年、王立学院に在籍する生徒たちのそれである。
そのほとんどが名家の子息子女。血筋が良いだけで特出した才のない連中だ。
しかし、今年は少し毛色が違う。
「新入生にクロニエの引き篭もり。ヴェントの隠し子。三年には転校生としてソルディオの第三王子。そして騎士学校の方にはティフォンの問題児。臨時教師には次期団長候補と来た」
なんて面白そうな駒なのだろう。王族と賢人の血族が一同に会することなんて、王都が起こって以来、初めてのことである。
(もし、ここに彼女もいたのなら、きっともっと面白かったのだろうけど)
仕方がない。老害が使用人に欺かれて拐われてしまったのだから。
コンコンと扉がノックされる。「はい」と返事をした彼は、すでに先ほどまでの薄気味悪い笑みを浮かべていた少年ではなくなっていた。この切り替えの速さこそ、彼が普通の集団に溶け込んでいた所以である。
ここからは真面目に日常をこなそう。逸る胸を抑えて、彼は執務室を出た。
生徒たちが和気藹々と、皆同じ方向へと足を進める中、私は一人逆行していた。
ズンズンと歩けば、誰もが不審げに一瞥しながら道を開ける。歩きやすくて何よりだ。
今日は入学式ということもあって、どいつもこいつも浮き足立った様子だ。
何も授業がないからラッキーというわけでフワフワヘラヘラしているわけではない。新たな名家のご子息ご令嬢がやってくるからだ。
どこどこのご子息とお近づきになりたいだの、なんとか家のご令嬢は可愛いだのそんな会話が空気に充満している。
つまりは婚活。吐き気がする。真面目に勉強しろよ。
(ま、私が言えた義理じゃないが)
「あら? あの人、何か忘れものでもしたのかしら?」
「違うわよディアナ様だわ。ほら、ティフォン家を勘当された、あの蛮族令嬢」
「まっ。言われてみれば確かに野蛮な雰囲気ですわ」
おい、聞こえてるぞ後輩共。野蛮なのは否定しないが、名前を聞いた後に「確かに」はないだろう。こちとら見た目だけなら結構な美人だって言われてんだぞ。
全く本当に馬鹿らしい。私はふんと鼻を鳴らしてそそくさと裏庭に出た。
朝から晩まで陽がささないこの場所は、冬以外は快適な昼寝スポットだ。中心に立つ大木なんて幹も枝もしっかりしているものだから、寝てても安定感抜群。
「お嬢様」
それに話し相手もいる。木の上に登った先にはすでにナギ――ゲームと同じ背格好に成長した――が両脚をピンと揃えて座っていた。
成長した彼もまた、出会った時同様に長い銀色の髪を一本にまとめているが、ただの細い紐は黒いリボンに変わっていた。
これは私が鍛錬の時に使うのと同じリボンで、市場で叩き売りされていたものを適当な長さに切っただけのものだが、顔立ちのせいかそれとも身に纏っている雰囲気のせいか、ナギの銀髪をまとめているだけなのに、どこか上品に映えている。
そして彼の服装は、白いシャツに黒いパンツ。腰には小さなポーチや武器として愛用している長い針が入っている袋を下げており、その上から丈の長い濃紺のロングジャケットを羽織っている。
首元のシャツのボタンは1、2個外して着崩しているが、首から下げている藍色のループタイが彼の品格を損なわせるどころか、色香とやらにでも昇格させていた。この藍色のループタイが王立学院に出入りすることを許された使用人が身につける身分証のような役割を果たしている。
そう、つまり今のナギはゲームのナギのように主人公の同級生ではなく、私の使用人という立場で学院の出入りを許可されている。そのためゲーム内の彼のように学院指定の白いローブを羽織っているわけではない。
「どうかいたしましたか?」
「べっつにー」
昔からミステリアスな雰囲気があったが、最近はそれに拍車がかかっているらしく、ナギは密かに女子生徒たちからの視線を集めていた。それが回り回って、私への陰口に繋がっていることに対して不満がある、なんて狭量なことはこれっぽちも思っていない。
ああ、思っていないとも。
私はしらーっと視線を横に流しながら、木の幹を這うように登る。ガサガサした表面に指と靴の先を引っ掛けて上へと進むのはもう慣れっこで、ものの数秒で適当な枝に腰を落ち着けた。
「んで、何しに来たんだよ。今日は手伝い頼まれてたんだろ?」
自分がついていないからといって、入学式をサボるような真似はするなと釘を刺されたのは記憶に新しい。
「はい。ですからこの後すぐに戻らなくてはいけません。しかし、その前にどうしてもお耳に入れておきたいことがありまして」
ナギは滑るように私の枝へと飛び移ると耳元に唇を近づける。
「お嬢様が懸念していた通りでした」
吹き込まれた内容に目をすっと細める。「というと」
「今年は王立学院に四賢人、そして王族の血族が全て揃います」
「やっぱりか」
ゲームの中では、この四賢人――クロニエ、ヴェント、ティフォン、ヴァルティの四つの家と王族の直系であるソルディオの存在が一つのキーとなっていた。
具体的になぜ、というのは生憎わからないけれど、ヒロインが不在であってもこのカードは見事に揃ってしまったということだ。
「ソルディオってことは、カイルが帰ってくるのか?」
「はい。カイル殿下のご帰還は当日までの機密情報として扱われております。おそらくは今日転校するというわけではないでしょう」
となると、カイルが揃うまでは私の安然は確約されていると考えていいだろう。
(第一、主人公不在の中でゲームの内容が展開されるのかも怪しいが)
この八年間、リリスに関する情報は耳にしていない。ナギを使えば多かれ少なかれ探ることはできたのだろうけど、勘当されたと言ってもエーギルと連なっていた私だ。下手な接触を試みない方が彼女のためにもなるだろう。
「わかった。情報提供ありがとさん。もう戻っていいぜ」
ひらひら手を力無く振ると、ナギは表情一つ変えずにじっと私を見つめる。
「お嬢様、入学式には――」
「だーー、わかってるって。始まるまでには行くって」
家出してからというもの、ずっと私の世話をしてくれていたからか、ナギは時折母親のように口うるさくなる。
両耳を抑えて顎で向こうに行けと指示すれば、彼は少しだけ目を細めてから忍者のように音もなくその場から立ち去った。
ふー、と肩を落として枝の上で横になる。
入学式なんてつまらない行事に参加してやるかってんだ。それなら鍛錬してた方が余程有意義ってもんだろう。
とはいえ、鍛錬していて教師とかにバレたら面倒なので、木の上で時間を潰すしかない。それなりに成長した脚を組んで、腕を枕代わりにして木陰の隙間から空を仰ぐ。
清々しいほどの晴天にゆったりと白い雲がたなびく。不意に視線を下げれば、灰色のローブが枝葉の隙間を掻い潜った風を孕ませ波を打つ。自分の首元にはナギお手製のネイビーブルーのリボンの形をしたループタイがぶら下がっている。宝石には騎士団の象徴である鷲の頭と、馬の脚が銀色の線で刻まれている。なんでもヒッポグリフとかいう霊獣を表しているのだとか。
この灰色のローブとヒッポグリフが刻まれたループタイこそが、王立学院の騎士学校の生徒の証。ループタイの色は学年ごとに違っていて、黄色、緑、赤、青がある。私たちの第三学年は青色。
一方で同じ王立学院の魔術学校の場合、ローブの色は白でループタイには枝と葉がついたアーモンドが刻まれている。色は騎士学校と同じで学年ごとに、黄色、緑、赤、青。
それ以外に指定の服装などなく、魔術学校のお貴族連中はドレスやらウエストコートやらといった煌びやかな格好で着飾っているが、私たち騎士見習いはシャツにパンツのスタイルがほぼだ。そういう私も白シャツに黒いパンツ。少しでも女であることを主張していこうぜ、と言う師匠の口車に乗せられてネイビーブルーの短いスカートを黒い革ベルトで締めているが、下からパンツを履いているのでお飾りの腰巻きに成り下がっている。
騎士団の試験に参加して大暴れした十歳の時。騎士学校に通う適齢である十五歳までは上司兼先輩にいびられ、今は十八歳。
その間、肉体的にも、多分精神的にも私は成長できたとは思う。
全てはある程度真っ当に生きるため。しかし、ここにきて再びそれを脅かす事態が起こる予感がしている。
――ゲームの世界の主要人物が揃う年。
この一年間が、私、ディアナ・ティフォンの人生を左右する本編の始まりなのだろう。
そんな嫌な予感を噛み締めるように、瞼がゆっくりと閉じていった。




