1月28日
騎士団の入学試験――剣技を競う大会が開かれる時期になると、決まって周囲の話題はそればかりになる。
剣技なんて烏滸がましい、なんでもありの大乱闘。
それに浮き足立つこいつらにも嫌気が差す。
「アルも行くよな? ヴェント家のコネで特等席取ってもらえたりしない?」
クラスメイトの一人が気安く声をかけてきたので、つい条件反射で愛想良い笑みを向ける。
「あー。すまんが無理だな。他を当たってくれ」
そう断れば「なんだよー」と軽い調子に残念がる。
そんなに見たいものかねと心底不思議に思うのだが、日常に飢えてるやつはこういうので心を躍らせるのだろう。
俺には全くわからない。わかりたいとも思わない。
「よお! 相変わらずしけた面してんな」
つまらん男たちと入れ替わるように声を掛けて来たのは、俺とやけに馬の合う男だった。性格は明朗快活。底抜けに明るい馬鹿野郎だ。
「今年もパスするのか?」
「当然。と言いたいところだが、今年は見にいくよ」
「なんだなんだ。どういう風のふきまわしだ?」
おちゃらけた言い方をする馬鹿を一睨み。
「わかってて聞いてるだろ。今年は後輩を持たなくちゃいけないんだ。良いとこの坊ちゃんたちよりもマシな人材がいないか、見にいくだけだよ」
「良いとこの坊ちゃんの方が御し易いだろ? 家柄と愛想を振り撒けば、奴さんたちは尻尾をブンブン振って懐くさ」
そうだろうな。だが、そんなつまらない奴らを相手にするのは馬鹿らしい。お前もそう思うだろ? と問い掛ければ、目の前の馬鹿はニヤニヤと気持ち悪い笑顔を作る。
ほら、やっぱり同じだ。この中で一番高貴なお人が、誰よりも人に対してドライだった。
「じゃあ、どんな奴がいたら自分の後輩として引き抜くつもりだ?」
意地の悪い質問に眉を顰める。
こいつは俺が人の面倒を見るのが苦手だと知っていて、こういう質問をしているんだ。
とはいえ、俺にだって理想ってのはある。どうせ後輩を持たなくてはいけないのなら、そうだな……。
「馬鹿みたいに泥臭い奴がいいかな」
真っ暗な部屋の中、カンテラの明かりが机上の書籍の影を伸ばす。ペラ、ペラと紙を捲る音だけが響く。
大きな丸眼鏡の縁に沿うように広がった隈は、もう生来のものかもわからない。ページを捲る指先は魔力の酷使によって壊死寸前ということで、ドクターストップがかかってしまった。
ならば知識だけでも吸収してやろうと、がむしゃらに書籍を読み漁った。
父上と母上が時折心配して様子を見に来てくれるものだから、少し申し訳ないともうけれども、休んでいる暇などない。
知識がなければ大切な人を守ることができない。魔術が使えないと大切な人を奪われてしまう。
一瞬の油断で、僕は大切な人を失った。
自分の無力さに歯を食いしばる。
悔しかった。虚しかった。両親の前で年相応に泣きじゃくったのは、あの日で最初で最後だった。
この感情の真名に気づいた時には既に何もかも手遅れで、子どもながらに失望を啜る。
ならば何故、僕は我武者羅に魔術を学んでいるのだろう。今更それを学んで何になる。心の奥で誰かが囁いた。
その度に僕の手が止まる。頭の中が真っ白になる。そして、大仰に頭を振るのだ。
(まだ、間に合う)
それは国に失望した少年に残された、一縷の希望を夢見る無邪気さで――。
僕が駆け抜けるためのたった一つの原動力だった。
ペンがぴたりと止まる。不意に頭を持ち上げて、窓の外を見つめた。
「カイル様、いかがいたしましたか」
隣に座っていた家庭教師が気遣わしげに声をかける。
「いや――、なんでもない」首を横に振る。
窓の向こう、遠くから響いてきた鐘の音に密かな思いを馳せ、再び教本に齧りついた。
「お嬢様、わかっておりますね」
「魔術を使う時は可能な限り力を抑えろ。わかってるって心配すんな」
私だって、こんな試験で人死にを出したくはない。
せっかく生き残るためにティフォンを捨てたってのに、それでは本末転倒だ。
「相手は男。間合いを詰められると厄介です。間合いを詰められるよりも先に」
「蹴りをつける。見てなって。女だと油断した奴は鼻の頭を折ってやるよ」
「それはやりすぎです」
ナギのお小言のような助言を聞き流していると、私の番号が呼ばれる。
「じゃあ行ってくる」
「ご武運を」
ひらひらと手を振りながら、私は颯爽と舞台へと躍り出た。
黒い髪が悪戯に風に靡く。
呆気に取られた相手の顔を嘲るように、私はにったりと口角を上げた。
どのくらいの距離を歩いたでしょうか。
脚はとっくに疲れを感じなくなりました。ただ、ただ重いのです。
それでも腕の中にある確かな温もりのために歩きます。どこへともなく歩きます。
通りすがりの人々は汚物を見る目で通り過ぎていきます。鼻を抑えて、そそくさと離れていく。歩きやすくなるからちょうどいいです。
三つの町と村落を超えたところで雨が降ってきました。国境の町の片隅で私たちは震えていました。
少しずつ使った路銀も底を付きました。小さな動物の肉ももうありません。食べられる草もありません。
夜だとまだ冷えてしまいます。お嬢様だけでもどうにか温めないと。そう思って下着以外の全てをお嬢様に巻き付けて、抱きしめました。
瞼が重たかった。少しくらい眠っても良いでしょうか。大丈夫。次こそ決してお嬢様を離したりはしません。
「もし、そこの方」
その時でした。鈴のような清らかな声が頭上から降り注いだのは。
夜、屋敷は俄かに騒ぎ出していた。
お嬢様がいない。帰ってこない。使用人も、監視役も帰ってこない。どうしたどうした。
あの使用人は怪しかった。きっと拐かされてしまったんだ。
ワーワー、ギャーギャー。屋敷中が慌てふためいているのに、旦那様は知らん顔。放っておけの一点張り。本当に何を考えているのかよくわらない親子だと誰もが呆れ返っている。
「ねえねえ聞いた」「ええ、聞いた」。使用人達は絶えず噂を口にする。
旦那様が新しい子どもをお迎えになるそうだ。しかし、この噂は何回目だ。子どもを迎えるという噂が流れて結局お嬢様以外のお子様はやってこなかった。
怪しい噂が渦を巻く。しかし、自分たちは使用人。噂が真相などに興味を抱いてはいけない。
最近はお暇を頂戴する人も増えている。次は誰が去っていくのやら。あなたかもしれないわ、なんて笑えない冗談が笑いを生む。
噂話の花の世話。そうして彼女らは時間を潰す。
――八の年月が過ぎ去った頃、一度は暗闇へと消えた物語が再び鼓動するその日まで。
10歳編最終話です。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
今後は規則正しい投稿ではなくなりますが、気長に待ってくださると幸いです。
とりあえず、一章は10月12日に投稿しますので、覚えていたら読みに来てくださいね!




