1月9日
その日、私は深夜に再びラナを部屋に呼びつけた。
ラナは言われた通り人目を避けて、侵入者よろしく部屋の扉を音もなく開け、するりと体を忍ばせる。
「本当に何者なんだよ」
その一部始終を見ていた私はボソリと呟く。褒められたと受け取ったのか、ラナは恥いるように頭を掻いた。
「それでディアナ様、早速ですが――」
「ああ。作戦会議と洒落込もう」
作戦の簡単な概要はこうだ。
まず、私とナギで夜中に倉庫に忍び込む。
ここ数日間、倉庫の監視を続けていたナギによると、あそこは三日に一度、お父様の専属の使用人の誰かがバケツいっぱいに泥のようなものを運び入れているのだという。
(私がパニックになってあそこに入った時に扉が開いていたのは、その使用人が泥を運ぶために開けてたからだろうな)
そしてうっかり鍵をかけ忘れたために、私はすんなりと倉庫の中に侵入。あの光景を見てしまい、再び発狂して倉庫の前で力尽きた。
今思えば、倉庫の前で倒れていた私を見つけた使用人というのは、当時鍵をかけなかったお父様の息がかかった使用人だったのだろう。
私が倉庫の真ん前で倒れていたと聞けば、お父様のことだから多少私が何も見ていないか詮索するだろう。
それが全くなかったのは、その使用人が倉庫の鍵をかけ忘れていたという自分の不手際がバレないように倉庫の前で倒れていただけだと報告した。そうすれば咎められはしない。
「ですがその……。お嬢様が監禁されているところに忍び込むだなんて危険ではありませんか? そんな場所にわざわざディアナ様に行かせるわけ――」
「いいんだ。あんたはリリスを救った後のことだけ考えればいい。路銀を渡してやりたいが、こっちもそんな余裕はないからな。逃げた先での垂れ死なないような身の振り方を考えておけよ」
「は、はい……。それはもちろんですがしかし」
「だーー! いいんだってば!」
「お嬢様、お静かに」
ナギに諭されて咄嗟に口を塞ぐ。私は三人しかいない部屋に視線を巡らせてからラナに言い聞かせるような口調で言葉を紡ぐ。
「あそこの倉庫の奥は私がいないと入れない。多分だけどティフォンの血――お父様と同じ血が必要なんだ。それを無理やり蹴破りでもしてみろ。即部外者として排除されるぞ」
憶測でしかないけれど、ゲームの中でリリスを救った使用人、つまりラナが行方不明になったのは無理やり押し入った代償なのだと思う。
だからここは私が出るしかない。無論、あの魔術を解いた後にナギだけ向かわせるなんてこともしない
「それに、私があいつを助けたいって言ったんだ。危ない目に遭うのは承知の上ってね」
「ディアナ様……」
ラナはジーンと感動したように目元を潤ませる。少し格好つけすぎたのかもしれない。
気恥ずかしさを紛らわすように咳払いして、作戦の続きを練る。
あの倉庫の中には魔術によって編まれた壁が存在する。それを私が解除し、ナギはいざという時の護衛としてついて来てもらう。
あそこに瀕死の人間がたくさん捕まっているということはナギには伝えているけれど、ラナには伝えない。これ以上心配されるとこちらとしてもやりづらいからだ。
「んで、牢屋の鍵だけど、手に入りそうか?」
「端的に述べますが難しいかと。牢屋のものと思しき鍵は、倉庫の扉の鍵と一緒に束ねられています。予備はおそらく旦那様がお持ちでしょうから、それを盗むのは危険です。であれば使用人から盗み出すしか方法はありませんが、そうなれば早くても翌朝には異変に気づかれてしまいます」
「そいつはダメだな」
翌日の朝までは、私はこの屋敷にいなくちゃならないんだから。
「鍵、とは普通の鍵ですか?」
「そうだ。魔術の鍵なんざあてにならないからな」
魔術で鍵をかけるという手法ももちろん存在するのだが、それが通用するのは一般人だけであって、魔術師、特に高位の魔術師にとっては赤子の手を捻るように簡単に解除できてしまう。だから、重要なものほど、ただの鍵が使われていたりする。
「それでしたら、もしかしたら鍵開け魔術が役立つかもしれません」
「鍵開け魔術?」
なんだその魔術は。教本では見たことない。なんと言っても名前が明らかに盗人向けではないか。
ナギに知っているかと視線を寄越せば、彼はゆるゆると首を横に振った。
「えっと、私は魔術師ではないので使えないのですが、友人がその魔術で何度か懲罰房から逃げ出しているのを見ていたので……」
「そいつ本当に魔術師かよ」
私も十分過ぎるほど異端児だが、その友人という奴もだいぶ異端児というか――。少なくとも、お高く纏まった魔術師ではないらしい。
「だが朗報だ。それってどうやるんだ? わかるか?」
「えっと、なんでも魔力を集中させて鍵穴の形に沿わせて、形を形成するのだそうです。申し訳ございません。心得がないもので具体的な方法がわからず……」
「魔力を集中させて形を――ってなると、もしかして集約の応用か」
前ほどガリ勉ではなくなったとはいえ、家庭教師の手前、学ぶべきことはしっかり学んでいる私。ピコンと閃いて、早速掌を上に向けた。その上に、もう片方の人差し指で円を描くと白い魔法陣が展開される。
『ウィン・エゼル(集約)』
魔術文字を書きつけてグッと指先に力を入れる。指先から溢れ出る魔力を発散させないように掌の中央へと握り込む。それを何度か続けると、モヤのような白い塊が形成される。
「これは?」ラナが不思議そうに覗き込んだ。
「触ってみろ」
おずおずと指の腹が白い塊をツンツンとつく。
「だ、弾力があります」
「魔力を集約させた玉だからな。多少は質量があるんだ。もっと頑張ればカチカチに固めることもできる。解けるのは一瞬だけど」
指先から力を抜くと、糸がほつれるように魔力の塊は霧散した。
「おそらくはこの魔術を使って鍵開けなんてことしてたんだろう」
魔術師ならば物心ついてすぐの頃に魔力を操る練習としてやるような初歩的な技術だ。それ故軽視していたのだが、確かに考えようによってはかなり使えるのかもしれない。
「ナギ、明日から適当な錠前持ってきてくれ。練習する」
「承知いたしました」
よしよし。鍵のこともクリアとなれば、あそこに何かトラップがあるのかは、正直今の段階ではわからない以上、忍び込んだ後のことは当日考えるしかない。
というわけで、助け出せた後のことを決める。
「ラナは必要なもの全部持って、外門で待機。リリスを預けたらすぐ逃げろ。いいか、前も言った通り王都はダメだ。できるだけ王都とは反対方向に逃げろ」
「は、はい。……ですが、ディアナ様たちはどうなさるおつもりですか」
「私たちは一度部屋に戻る。何事もなかったように寝て、翌朝家出する」
「い、家出!?」
「しっ、声でかい」
失礼しました、と口を押さえながらラナが謝罪する。「ですが家出って」
「私とナギは翌朝、王都に逃亡するんだよ。大丈夫だ。そのために色々準備してきたんだから」
これは騎士になるだなんて言ったらまた声を上げて驚きそうだから、黙っといた方がいいな、という判断から曖昧に行き先だけ伝える。
「怪しまれてしまいませんか?」
「怪しまれないと断言することはできないが、表向きはあくまで王都に行くだけ。怪しまれるのは全面的にあんたと、お父様の専属の使用人だな」
専属使用人には申し訳ないが、濡れ衣を被ってもらう。とはいえ、あの倉庫に出入りしている時点で碌な奴ではないのだろうし、同情するつもりはさらさらない。
「細工はナギに任せる。だから、あんたは全力で逃げなきゃいけない。逃げた後のことは私たちにはどうにもできないんだからな。できるか?」
ティフォンを、あるいはもっと多くの人間を敵に回す覚悟。それがなければ、リリスを預けることはできない。無理って言うなら、リリスのことは別の伝手を探すしかない。
しかし、そんな考えは杞憂に終わる。ラナは迷いを一切見せぬまま、大仰に頷いた。
「もちろんです。もとよりこの命、リリス様に捧げております」
「……はっ、そりゃそうか」
リリスを救うために人生投げ打つ可能性があった人間だ。こんな確認、今更過ぎた。
私は表情を引き締める。時刻はそろそろ零時を回ろうとしていた。
「決戦は、二十七日。それまで各自、やるべきことをやるように」
「はい」二人分の返事が返ってきて、作戦会議は幕を閉じる。
時計の針は、円の真上でピッタリと重なった。




