11月20日
「はあ、なるほど。そう言うことがあったんだね」
私の愚痴を一通り聞き終えると、カイルは隣で素知らぬ顔でお菓子を摘んでいるナギを一瞥する。
「ですがディアナ。それはごく一般的な挨拶の一つだよ。今までだってされたことがなかったわけではないでしょう?」
「いんやないね! 私の交友関係の狭さと社交性のなさを甘く見るなよ」
頬杖をつきながら頬を膨らませる。話題は数日前、指先にされた口付けである。
「でもこれからそう言う機会は増えると思うし、寛大になった方がいいんじゃないかな?」
「やだよばっちい」
「ばっちいって……」
カイルは苦笑する。
「構いません」
堂々と紅茶を喉を潤してから、ナギは口を挟む。
「騎士になれば、あのような挨拶は減るでしょう」
「そう言う問題かなぁ」
「それよりもお嬢様」淡々とした口調で続ける。
「例の使用人の捜索、完了いたしました」
その言葉にニヤリと口元を緩めた。
現状確認。
私はリリスのことも助けようとしているわけだが、一方でゲームにおけるディアナはリリスと敵対していた。
つまり、あの世界でリリスを逃した人物は別にいるということになる。
私が知っているカイルルート、そしてアルヴィンルートではその存在が明確に描写されているところはない。しかし、会話のところどころに示唆はされている。
その人物像は、
①元はリリスの実家の使用人である。
②リリスの家が潰された後、行方知れずになってしまった彼女を探してティフォン家の使用人となる。
③女である。
④リリスを逃した後、行方不明になっている。
憶測ではあるが、④に関して言えば、リリスを逃したことがお父様あたりにバレて殺されてしまったのだと思う。
しかし、今はリリスを逃す前。であればこのリリスを助けた使用人が潜んでいる可能性が高い。
その使用人と接触し、協力を持ちかけるというのが私の狙いであった。
「彼女がその人物です」
流石に一国の王子に聞かせるわけにもいかないので、話が気になるらしいカイルを無理やり帰らせた後、私はナギを連れ立って自室に戻った。そこで一枚の紙を手渡される。
ひっくり返すと、そこには一人の女性の履歴が書かれていた。上部に記されている氏名に目を見開く。
「ラナ?」
ラナといえばあの赤髪の使用人である。初対面でいきなりナイフを飛ばしてきた物騒な使用人。
あの人が、リリスを助けた女性。
「ええ。他所から異動してきた人物というのは何人かいますが、すでに潰れてしまった家から来たのは彼女だけでした」
「フリッガ家か」
つまり、あの少女の本名はリリス・フリッガ。初めて知る情報だ。
「はい。フリッガ家はクロニエ家の遠縁の血筋です。位としては低いですが、その功績は研究者の間では目を見張るものでした。とりわけ前当主、ロナウド・フリッガは遺跡や石板にある古代魔術文字の読解において――」
「今はフリッガじゃなくてラナだ。早速接触するぞ」
そういうややこしい話は正直どうでもいい。
「しかし、一使用人に呼びつけるのは些か不自然ではないでしょうか。使用人は噂話が好きですから、表立って話しかけるのは危険かと」
「そうなのか? でも私、前あいつからお菓子もらうとき話したけど」
「当たり障りのない会話ならどこで立ち話していても構いませんが、今回はそうではないでしょう。他の方の耳に入らないように彼女だけを連れ出す必要がありますし、下手に連れ出している姿を見られると、誤解されることになりかねません。話に尾鰭がついてそれがエーギル様のお耳に届く恐れもございます」
「なーるほど」ポンと手を叩く。
仮に以前のように厨房にいるところをとっ捕まえてそのまま話でもしたら、間違いなく料理長あたりに聞かれる。
「怪しまれないように呼びつける方法といえば――」
僅かに頭を巡らせてピコンと妙案が浮かぶ。いや、妙案というかこれは。
「私の得意分野じゃないか」
自分の日頃の行いを顧みれば、そんな状況を作り出すのはへでもない。
その事実が残念な反面、初めて今までの自分の言動に親指を立てるのであった。
――というやり取りを経た食後。
私は椅子にどかりと腰を構えて被害者を待っていた。部屋の角では置き物のように直立しているナギ。
気遣わしげなノック音に返事を返すと、扉がおずおずと開かれた。
赤毛の女性、ラナは緊張した面持ちで一礼する。扉を閉めさせ近くに寄らせる。
「ディアナ様、先ほどの粗相、大変申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げた。先ほどの粗相とは食事を運ばせた時のことだ。盛大に皿でもひっくり返してもらおうとバレないように足を引っ掛けて見たのだが、この女は少しぐらついた程度で持ち直してしまった。
運よく? 服にスープが数滴飛び散ったので、それを脅しに使うことにしたが、最近そういう癇癪がめっきり減っていた周りの怯えた顔といったら。発芽してまもない罪悪感とやらがピリピリと痛んだ。
ラナは私が足を引っ掛けたことに気づいているはずだ。それでも使用人という立場上、難癖をつけられたら謝るしかない。こういう時、使う立場というのは得だと感じる。
「あー、まー。それはいいんだよ。私が足を引っ掛けたんだし。寧ろ謝るのはこっちだ。……ごめん」
「なっ!? でぃ、ディアナ様は悪くないのです。足払い一つ躱せなかった私が愚鈍だっただけで」
あの状況で完璧に躱されていたらそれはそれで惨めなのだが。というツッコミは置いておこう。今はさっさと本題に入るべきだ。
「それでだ。今日あんたを呼び出した本題はそのことじゃない」
私は呼吸を落ち着けるように一拍。
「リリス・フリッガという少女を知っているか」
「リリス様!?」
ラナは目を丸くし体を前傾させた。今にも飛びかからん勢いに気圧される。
「リリス様をご存知なのですか!? 彼女は、一体どこに……! どこにいらっしゃるのですか!!」
「お、落ち着け。声を抑えろ。壁が厚いからってそんな金切り声出されれば不審がられるだろ」
「あっ……。も、申し訳ございません」
さっと身を引く。厨房で遭遇した時も思ったが、取り乱しやすいタイプのようだ。しかし、そのおかげで確信する。
「知ってるんだな」
「はい」
「あんたはあいつを探しているんだよな?」
「……はい」
返事が強張る。そりゃそうか、探していた主の名前が出てきたと思ったら、こんな尋問のようなことをされているのだから。
「私があんたの人探しに協力するって言ったら、どうする」
「えっ?」
ラナの黒い瞳と目が合う。それはしかし、まだ疑心に揺れているようだった。
「リリスを救い出すのに協力してくれるのなら、私がなんとかして彼女を連れ出す。あとはあんた一緒に逃亡するなりなんなりすればいい」
「ま、待ってください。救い出すって……お嬢様は、リリス様は捕まっているのですか?」
「ん? 知らなかったのか?」
「知りません。私は彼女がここに養子に出されたという情報を掴んでここの使用人になったのです。ですが養子のお話など聞かず、あてが外れてしまったものかと……」
(養子?)
リリスが養子として迎えられた? 捕えられたとかではなく?
そんな事実は私も知らない。
ティフォンの子どもは相変わらず私一人だけだ。リリスどころか新しい子どもを迎え入れたという噂すら聞いたことがない。
(ガセか? それともお父様はリリスを養子として迎えた上で被験体にしたか……)
こればかりはお父様に尋ねなければわからない。
「リリス様は」ラナの歪んだ顔が向けられる。「捕まっているのですか?」
繰り返された質問。
信じられないというよりは、信じたくないといった悲痛な表情に、眉を顰めた。
必死に探していた主の所在が知れたと思ったら、捕まっているなんて物騒な状況に置かれていると来たのだ。焦りも不安もない混ぜになっているのだろう。
しかも、この女性はリリスを助けるために体を張った人なのだ。それほどまで大切に思っている少女の現状を憂いないわけもない。
「捕まってる。場所はわかってるんだ。でも、侵入するのは難しい」
「場所を教えてください! 今すぐにでも私が――」
「馬鹿言うな!」語調が強くなる。
「強行突破で救い出すとして、あんた、殺されるぞ」
「殺されても構いません。あの方が助かるのであれば死すら怖くありません」
制止の意味も兼ねていたのに、全く意にも返さない反応に目を細める。
主人を思う気持ちが強いのは結構だ。こう言うのを美談とでも言うのだろう。
しかし、それでは困る。
「なあ、あんたが死んでまでリリスを助けたとしてだ。リリスはその後どうなるんだ」
怒鳴り声を一点、諭すように問いかける。
「どうなるって……」
彼女は口ごもる。
フリッガ家はすでに潰されている。リリスの両親は故人だと言うし、さらにラナもいなくなってしまったらリリスを保護してくれる人はいよいよいなくなる。
(ゲームではアルヴィンの父親に拾われたみたいだったが、今回もそうなるとは限らないし)
寧ろそうはならないでほしい。
アルヴィンのところに行ってしまえば、彼女は将来的に魔術学校に入学することになってしまう。
そして、そここそがゲームの舞台。つまり、彼女を中心とした大事件が幕を開けるきっかけの一つは、ヴェント家に身を寄せるか否か……。
「リリスの救出は私とナギがやる。だからあんたはリリスとどこか遠くまで逃げろ。あ、王都の方角はなしだ。他国……とはいかないまでも辺境であればあるほどいい」
お父様もレビンも目の届かないところ。かつ魔術学校とは縁遠そうな場所に身を隠してもらいたい。
ラナは思案げな顔をした後、目をキリリと引き締めて頷いた。
「わかりました。そのお役目、お引き受けいたしますわ」
その言葉を待っていました。私は悪役さながらの笑みを湛えると、体を背凭れへと深く傾ける。
「それで、その、お救いするのはいつになるのでしょうか」
「それはもう決めてるんだ」
首を横へと曲げ、薄暗い夜空を映した窓を見つめる。薄い雲がベールのように星々を覆い、僅かに欠けた月だけが空洞のようにぽっかりと白く瞬いている。
「1月27日」
あのゲームの回想シーン。ボロボロのリリスを照らしていた大きな丸い月。その月明かりに照らされて、彼女は屋敷から無事に逃げ出した。
「満月の夜に、あいつを助ける」
そしてその翌日、私は――。
ぎゅっと拳を握り込めば、掌のたくさんのマメがジンジンと熱を持った。




