28日の夢
暴力シーンの描写があります。
苦手な方は飛ばしても支障はありませんのでお手数おかけしますが、ブラウザバックをお願いいたします。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
誰かが問いかける。
一面の暗がり。どこまで続く闇は果てしなく、地平線すら存在しない。天は塗りつぶされたように真っ黒。上があるのかもわからない。
私の足が一歩前へと進む。いや、実際は進んでなどいないのかもしれない。目線を下げてみても、脚もなければ胴体も、腕もないのだから。
空気のような己に何の感慨も抱かないまま、私は暗闇を進んでいるつもりになる。
やがて、何もない空間に一つの丸い灯りが浮かび上がる。スポットライトで照らされたように浮き出されたそこには、少女が力無く倒れていた。
私のないはずの体が走り出す。
黒い長髪は乱れたようにボサボサで、上を向いている頬は赤く腫れ上がっている。シャツとチェックのスカートからしてどこかの学生なのだろう。しかし、白いシャツのボタンは腹部まで引きちぎられ、無地の下着が露出していた。スカートのホックも外されたのか、左の手が弱々しくその繋ぎ目を引き寄せていた。
雑音が聞こえる。羽虫の音のような笑い声。車のエンジン音のような怒声。古い木材の軋む音よりも耳障りな低音。金属同士が擦れるよりも耳を劈く高音。全てが雑音でしかない。
少女の瞼がぴくりと揺れた。大きな目玉が怯えた目つきでこちらを見上げる。震える唇からは血が流れ、息のような声を漏らす。
その瞬間、じじっと視界が乱れた。少女の顔に、別の女の子の顔が重なる。
白い髪は手入れがされたことがないかのようにボサボサで、上を向いている頬は酷く痩せこけている。
その子の瞼がぴくりと揺れて、大きな目玉は虚空を見つめるような虚な目つきでこちらを見上げる。
心臓が早鐘を打つ。脳が焼き切れるように熱い。脊髄が砕かれるように痛い。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「忘れられるわけがない」
体のない私の声が、静かな湖面に落ちる一粒の雫のように広がっていく。
「忘れられる、わけがない」
あれ以上の最悪の出会いを私は二度としたくはなかった。
あれ以上に醜悪な世界を私は二度と知りたくはなかった。
たった一人のか弱い女に注がれる理不尽を、私は決して許さない。
心臓が早鐘を打つ。血潮が煮え滾るような熱を帯びる。
それは足立花という女が残した置き土産。
何もなかった彼女が、たった一つの譲れない者を得た日の出来事。
「……心臓が鳴っている」




