10月20日(幕間)
その日、ナギは能面のような顔の下で密かに困惑していた。
目の前にはアフタヌーンティーのセット。白いティースタンドにフルーツやクリームで彩られたお菓子がお行儀よく並べられている。
視線を少し下げればティーカップの中に琥珀色の液体が太陽の光をキラキラと反射させている。
チラリと右を窺えば、怪しいほどにニッコリ笑顔のディアナ。左に目線を配ればやや引き攣ったように微笑むカイル。
自分にとっては縁遠い存在の二人と共に、丸テーブルを囲っている状況に改めて首を傾げる。
「ディアナ様、これは一体どういうことでしょうか」
数分前と同じ疑問を繰り返せば、ディアナの眉毛がぴくりと動く。笑顔はかろうじてキープしていた。
「だからあんたは私の代わりにお菓子を食べる係に任命されたんだよ。だからちゃんと紅茶も用意しただろ?」
「そんな命令は旦那様から伺っておりません」
「そりゃそうだ。私が勝手に決めたんだから」
であれば従う義理はないな。そう判断したナギはそそくさと椅子から立ち上がる。しかし、ぐいと腕を引かれ、行手を拒まれてしまう。
「どこに行くんだよ」
「下がっています。私のようなものがお嬢様とその婚約者様と同じ席に着くなどあってはなりません」
「あっていいって言ってんだ。なー、カイル」
「う、うん。そうだよ!」
示し合わせたように首を縦に振る第三王子。彼は緊張した面持ちのまま、言葉を継いだ。
「それに君は僕たちと同じくらいの年頃だし、できれば一緒にお話したいんだけど、どうかな?」
「どうと申されましても。……わざわざ私のような身分のものではなく、同程度以上の方とお話しされるべきかと存じます」
「そ、そうじゃなくて、僕たちは君と話したいんだ」
気の弱いと噂の第三王子すら食い下がってくる。これは完全にディアナと結託しているに違いない。
「第一さ、あんたはお父様から私の監視を任されてるだけなんだろ? 監視しながら何かしてはいけませんなんて言われてないんだろ? ならいいじゃん」
「これは命令の有無は関係ありません。主人と使用人が同じものを食べるなど普通はありえません」
「私は普通じゃないからいいんだよ」
ディアナの目がすっと細められ、口がこれでもかとへの字に曲がる。
彼女の父親の話では冷徹なところはあるが根は真面目で努力家であるというような情報を聞き及んでいた。頭を打ってからはお嬢様というイメージからかけ離れた破天荒さが目立つようになったというが、これではじゃじゃ馬もいいところではないか。
「以前といい、今日といい……。なぜそうまでして私に菓子を食べさせたいのですか」
こんな細い腕を振り払うことは造作もない。しかし、つい魔が差して、ポロリと思っていたことを口にする。
「なんでって、仲良くなるためだけど」
そういえば、そんなことを倉庫の裏で話していたことがあったか。あれは本心だったのか。「なぜ」
「なぜって……。そうしないと私が死ぬ確率が上がるし、あんたも死ぬ確率が上がるから」
「ちょっ、ディアナ!?」
さも当然のことのように紡がれた言葉に真っ先に反応したのはカイルであった。言われた当の本人はわずかに目を瞬かせ、硬直する。
「そんなこと言ったら不審がられるだけだよ。ここは平凡な理由にしなきゃ」
「でもよ、仲良くなりたい理由ってなんだよ」
「相手のことを知りたいとか、新しい友だちが欲しいとか」
小声が丸聞こえである。
それだ、とでも言いたげに、パチンと指を鳴らす。
「あんたのことを知りたい」
「内緒話ならばもう少し声を顰めることをお勧めいたします」
「んだよつれないな。んー、じゃあこういうのはどうだ?」
ディアナの青い目が企みを孕む猫のように弧を描く。唇には不適な笑みを浮かべていた。
「私が何を知っているのか知るために、私と敢えて仲良くなる。そしたら、お父様の言う監視の意図にも添えるし、あんたが気にしていた普通の行動よりも理にかなった行動ってことになる」
ナギは口を噤んだ。
自分を監視役につけた意味に関しては、カイルが的を射た推理をしていた。それを踏襲した上で彼女はナギに揺さぶりをかけているのだ。
それは暗に、自分はエーギルが危惧していると面と向かって宣言しているようなものだ。
「ディアナ様、下手に情報を垂れ流せば、私は旦那様へと連絡します」
「知ってるよそんなこと。でもさ、あんたどうせ一週間前のカイルとの話もどこかで聞いてたんだろ?」
「えっ?」カイルの表情が青ざめる。
「それなのにお父様になんら動きはない。ってことはあんたはまだお父様に報告してないか、実験のことを知られたくらいではお父様は動く必要ないと判断したかってところだろう。あんたもお父様も私の考えや今後の動向を危惧している。なら、あんたは私に近づくことでそれを知った方が監視役としての職務を全うできると思うんだけど、どう?」
「驚きました」ボソリと呟く。
実のところ、ディアナの推論は当たっている。ナギは一週間前に聞いたことをエーギルに報告してはいなかった。
実験のことを知っていた。しかもそれに批判的であったとあれば報告しなくてはならなかったのだろう。しかし、それをしなかった。
少し考えてやめたのは、おそらくはナギの心の奥底に抱えていた感情のせい。小さな少女が正しくないと感じたものへ、できる限りの抵抗をしようとする姿に、どこか胸を打たれていたせいなのかもしれない。
(これは、あくまで監視のため)
そう自分に言い聞かす。
ナギはディアナに引かれるがまま椅子に腰を下ろした。
ディアナとカイルはお互いに顔を見合わせて、口元を綻ばせる。
それは些細な一歩。
しかし、絶望的な未来を変える、大きな心変わり。
三人称の方が書き易いなーと感じる今日この頃。
後戻りできない今日この頃。




