10月13日①
話数を分けました。
リアクションをくださった方、大変申し訳ございません。
今後ともよろしくお願いいたします。
朝起きて身支度を整え終わると、タイミングを見計らったかのようにノック音がした。応じればナギが入ってくる。
「毎日ご苦労なこった」
髪を梳きながら悪態吐く。
見た目はいつも通りの蝋人形。しかし、様子はいつもと少し違っていた。
「ディアナ様」
髪を撫で付けていた櫛が流されるようにするりと手から滑り落ちた。きっと私の耳が犬猫のそれであったならば、今頃ピンと立っていたことだろう。
「な、なんだよ」
初めて名前を呼ばれたことへの動揺と、もしかして何か仕掛けて来るのではないかという緊迫感で胸をドギマギさせながらナギを見る。
ナギはあくまで平然と、薄い唇を開いた。
「昨日の菓子は、美味しかったです。ありがとうございました」
いよいよ私は目を見開いたまま動かなくなった。
今まで人間らしいところをほとんど見せなかったナギが、美味かったという感想をわざわざ伝えてくるとは思わなかったからだ。
(こいつでも美味いと感じるものはあるんだな)
驚いた時に少し瞼が開く程度。息は切らさないし、神出鬼没出で人というより絡繰と言われた方がしっくりくるような、浮世離れした少年のあまりにも人間らしい感想に、気を良くした私は、その肩に手を回した。
「なんでしょうか」
「いやー。あんたもやっぱり人の子だったんだなと思ってさ」
ゲームでのナギを知らないから、てっきり本当は人じゃありませんでした、みたいなトンデモパターンもあり得ると思っていただけあって、この発見は実に喜ばしい。
人間だとすれば、機械仕掛けの人形に比べて、こちら側に引っ張り込むことができる可能性ができるというもの。
味方が欲しい且つお父様の手駒を減らしたい私としては朗報以外の何物でもない。
「よし! そうなったら厨房に行こう。今頃料理長が茶会用のお菓子をこさえている時間だろうしな!」
人間の三大欲求の一つに働きかけてこいつを懐柔してやろう。心の中でほくそ笑みながら、ナギを厨房へと引っ張って行った。
「ほら、たんと食え」
ケーキ、クッキー、プリンにチョコレート。テーブルの上にところ狭しと並べられたお菓子の数々を前で両手を広げる。
「ディ、ディアナお嬢様。そちらはこの後のお茶会で使用するものでして」
両手をニギニギしながらヒョロガリの料理長が口を挟む。
「いいだろ別に。いつも私手つけてなかったし」
「しかし」料理長は食い下がる。
「いいんだよ。形だけの茶会のお飾りにされるよりは食べてもらった方がいいだろうが」
「ですが、一介の使用人が口にするものではございませんので……」
「そいつは私の監視役だ。四六時中私を監視しているわけだから普通の使用人とも違うだろ。というか、私がいいって言ってるんだけど?」
ぎろり、と料理長をひと睨みする。真面目だが小心者の彼はそれだけで身を縮こまらせて頷くことしかできなくなる。
少しやり過ぎたかもしれない、と罪悪感を抱きかけ、思い直す。
ナギにお菓子を与えるということは、お茶会の時に食べないものを横流ししているだけの行為である。
つまり、食べ物を無駄にしなくて済むというわけなのだから、普通に考えたら私の言っていることは正しい。うん、全くもってその通り。
「ディアナ様、折角のご厚意ですが、これは私が口にしていいものではありません」
「あんたもかよ」
頭が硬いやつしかいないのかこの家は。
「お父様にそう言われてるのか?」
「特に申しつけられているわけではありませんが、一般論を踏まえるならば、私は口にすべきではありません」
使用人が食べるお菓子は食べられるが、私たちが食べるお菓子は食べられないという。はっきりと引かれた主従という境界線に私はムッと口を曲げた。
私はクッキーを摘んでバキッと歯で割った。甘さは控えめだがやはりむわんと甘ったるい匂いが口の中に広がって顔を顰める。
「ほい、食べろ」
「……はい?」
ずいと口元に持っていく。
「これなら残飯処理になるだろ」
グイグイと食べかけのクッキーを手に迫ると、横から「はしたないですよ!」なんて料理長の悲鳴が耳を劈いた。
「お言葉ですが、何が貴方様をそこまで駆り立てているのでしょうか」
ナギは顔を固定したまま淡々とした口調で問う。そんなの決まっている。
「意地」
こちとら小さい頃から高慢と強引を放し飼いして生きていたのだ。そんな私の珍しいご厚意(下心入り)が拒まれたとあってはムキになるのは仕方がない。
俯瞰した自分としてはどうかと思うが、一朝一夕、頭を打ったくらいで心をまっさら入れ替えるなんてことはできない。
ナギは真顔で私の視線を正面から受け止めた後、パクリとクッキーに齧り付いた。
「……甘い」
もぐもぐと咀嚼しながら当たり前の感想を言う。私の指からクッキーが離れる。
「当たり前だろ。もっと何か気の利いたこと言えないのか」
横に作った本人がいるんだから。チラリと料理長を見る。
「美味しいです」
「そうそう。そう言うのでいいんだよ。はい他も食え。私の監視をするって言うなら腹を満たすくらいのことはしろ」
「……」
ナギは諦めたのか、勧められるがままお菓子を平らげていく。見ているだけでも胸焼けがする光景だが、一方で大食いを見ているようで、些か気持ちが良い。
片手で料理長に下がるように指示を出し、私はモゴモゴと口を動かしている少年に問いを投げてみることにした。
「あんたさ、本当にいつご飯食べてるんだ?」
「適当なタイミングで食べています」
「何を食べてるんだよ」
「チーズやナッツなどを」
「非常食じゃねえか。そんなんだから細っこいんだ。もっと食べろ」
おら、とプリンをひと掬いして口元に運んでやる。観念したナギは雛鳥のように口をパカっと開けてそれを出迎える。
「ディアナ、ここにいると伺ったん……だけ、ど……」
扉が静かに開けられ、顔を出した人物は、餌付け途中の私たちの姿を確認すると、大きく目を見開いて、パチパチと瞬かせる。
「あ」意味のない言葉を発したと同時に、ナギはスプーンをパクリと咥えた。
カイルの顔が沸々と赤く染まっていく。戦慄く唇からは壊れた機械のような音が漏れ出ていた。
「あー。カイル? これはだな――」
「う、うわあああああ!!? お邪魔しましたーーー!!?」
そう叫ぶや否や脱兎の如く駆け出してしまう。反射的に彼へと伸ばされた手が行き場なくピクピク動く。
「追いかけた方がいいのでは」
「そう、だな。……はあー」
がっくしと肩を落として、私はカイルの後を追いかけた。




