第四二話
姜維は魏が軍が発したことを早馬で成都へ伝え、廖化と張翼に関所を守らせるべく軍を動かす許可と、増援を与えるよう奏上していた。
段谷の大敗の傷は未だに癒えておらず、姜維は漢中の要所要所に兵を点在させ守りを固める防衛策を改め、改築した関所にのみ兵を固め、敵を漢中に誘い込んだ後に制圧する防衛策を取っていた。
その二つの関所を歴戦の猛者である廖化、張翼に守らせようというのが、姜維の策であった。
しかし姜維の奏上を、黄皓が握り潰した。魏の侵攻が事実かどうか、それは現場の将兵にしか分からない。増援を与えた後に、成都まで進撃されては、もはや黄皓は成都で自らを守る手立てがなくなってしまう。
「陛下の目にこの上奏文は触れさせぬぞ姜維よ」
しかし、姜維の策で同様の上奏文を、日に何度も届けさせることで、黄皓が関知しない物が陛下の手に届くこととなった。
何も知らない陛下は黄皓や文武百官へ、増援を送るべきか相談した。しかし黄皓は「占いによって、こたびの魏の侵攻は退けられると出ています。増援の必要は皆無と思われます」と発言し、皆が彼を恐れてこれに同調した。
しかし事ここに至って陛下は黄皓を訝しみ、譙周にも相談すると、譙周は占いの結果を用いて反論した。
「占いや予言は、我が蜀学の専門。私が占った結果、魏は蜀漢を滅ぼすであろうと出ています」
「ならば全力で抗わねばなるまいな。朕は決めた。羽林や、巴東の対呉戦線用の軍を増援として、漢中へ向かわせようぞ」
数日遅れで陛下の勅令が発せられ、十数日後、増援は続々と漢中へ到着した。
その間姜維は最前線の沓中にて、鄧艾軍と激突していた。狭い山中であったが、鄧艾は地形を活かして軍を三つに分け、まるで蟻の巣のように枝分かれしている狭い道を効率よく兵で満たし、姜維を包囲しようとしていた。
姜維は数で劣る自軍が包囲されると勝ち目がないことを悟り、南東の漢中へ後退。道中で敵将諸葛緒の軍に退路を絶たれるも、姜維もまた空になった諸葛緒本営を発見し、進路を北東へ急転換、山間を抜けて本営へ向け進みだした。それに気づいた諸葛緒が慌てて本営防衛のために北東へ進んだところで、それを読んでいた姜維は全速力で南東へ急転換。通りに戻って、漢中へと移動、廖化の援護を受け、無事帰還した。
蜀漢軍は兵糧が足りない中で、長い持久戦を強いられることとなった。しかし、姜維が単独で前線の沓中にて鄧艾を十数日後釘付けにしたことで、後方からの増援が間に合い、戦力差は縮まった。
漢中軍は間もなくして鍾会軍率いる魏の主力軍と交戦を開始。
関所に阻まれた鍾会は思うように漢中を攻略できなかった。各城、各関所で両軍の将兵が死闘を繰り広げ、両軍は互いに兵糧が尽きることを願う耐久勝負となった。
しかし関所の一つ陽安関を守る武将の一人、蔣舒は、未曾有の攻勢に恐れをなし、魏へ降伏した。元より自らの処遇に不満があったことから、彼が蜀漢のために命を賭けるなどというのは有り得ないことであったが、人材不足の蜀漢では、彼のような者でさえも前線に投入する他なかった。
動揺した陽安関の守備兵らは、そのまま行われた魏軍による猛攻に耐えられず、陽安関は陥落した。武具兵糧は魏軍に接収され、魏軍はますます勢いづいた。
「この鍾会の名声はますます高まろう。このまま蜀を滅ぼし……私が次の司馬師司馬昭になってやろう……!」
蜀漢軍の敗残兵は姜維率いる本軍と合流し漢中を放棄、そのまま南の益州へと帰還し、最前線の関所剣閣に駐屯した。
当初の計画であった漢中で敵を疲弊させ殲滅する策は失敗に終わったが、姜維はまだ諦めてはいなかった。この剣閣は以前から、漢中喪失後の防衛の要として長い時間と金を投入して改築が重ねられた堅固な要塞であり、険しく道無き道が広がる益州の巴蜀においては、この剣閣を抜けるしか、成都へ抜ける道は存在しなかった。
「我らはここで敵を食い止める! 成都とこの剣閣のあいだにある綿竹関には、諸葛瞻殿がおられるが、その兵は少ない。我らが抜かれれば、成都まで敵が流れるものと考えよ!」
姜維はその気迫で、全軍を鼓舞した。
姜維の下には、廖化、張翼、董厥率いる兵もいたが、それらは姜維の命令をよく聞き、やがて到着した鍾会軍との戦闘においても健闘した。
剣閣は地形をよく活かした構造になっており、攻撃側の大軍が広く展開できなかった。つまり、鍾会軍は漢中を抜け、鄧艾や諸葛緒率いる沓中攻略軍と合流してもなお、その兵力を攻撃に加勢させることは難しかった。
「これでは我ら魏軍が息を切らして剣閣まで迫った意味がない。兵糧が尽きて漢中まで撤退することとなれば、この鍾会の名誉に傷がつくではないか!」
鍾会は前進していてもなお、苛立ち周囲に当たり散らしていた。
「これまで……功績を立てて来たのはこの時のためだ。父が病に伏せても看病をせず、嘲りを受けてでも反乱鎮圧に出向いたのも、司馬昭ごとき匹夫に媚びへつらい、功績を立て、人脈を広げてきたのも、全てこの時のためだ。なんとしてでも蜀を滅ぼす。その手柄でもって私は……王になる。司馬家を潰し、私こそが朝廷を率いるのだ……!」




