第四十話
平尚書となった諸葛瞻は、常に仲間として競い合ってきた董厥と手を取りあって、黄皓を押さえ込もうと動き出した。
「董厥、こたびは譙周殿にお口添えいただき、陛下の勅命で私も昇進した。そなたは黄皓に好かれているであろうから、黄皓に媚びるのだ」
「分かっているぞ諸葛瞻。私が内から、そなたが外から、黄皓を陛下から遠ざけるように動くのだ。陛下に訝しられれば、我らは黄皓によってではなく、陛下によって罷免されかねぬ」
「家名を賭けて、共に戦ってくれ」
二人は黄皓排除に動いた。陳寿の飛躍した想像は、見事に外れていたのだ──。
そして二人は、譙周を通じて、姜維と通じるようになった。
姜維は成都を離れる前に、陛下の宮殿へ参内して直に、佞臣の黄皓を排斥するよう求めていたのである。それは、「将軍が出過ぎた真似をするでない」と一蹴され、尚も発言するがそれは讒言として全く受け入れられなかった。
姜維の軍があれば、かつて十常侍を排除した漢の大将軍何進や袁紹のように、黄皓やその取り巻きを一掃することができる。もしそれが許されるならば、諸葛瞻はその汚れ役を担う覚悟があった。宮中を乱した罪で、父が築き上げた家の名声を地の底へ叩きつけてでも、君側の奸、宦官黄皓を討伐しようというのだ。
その年の内、黄皓の専横は更に力を増した。羅憲は師匠譙周のように、黄皓を退ける盾になろうとし、黄皓を排斥するように主張し続けた。精兵を動員し、宮中を襲うような動きを見せるなどしたが、その過激な行動は陛下の怒りを買った。奇しくもそれは、姜維を使って董厥や諸葛瞻が行おうとしていたことであった。しかし、それを単独でやり遂げようとするほどの行動力と忠義心を持った羅憲は、羽林の秩序を乱した罪で羽林から対呉戦線への移動を命じられ、白帝城の閻宇の下に配属された。この人事に、董厥と諸葛瞻は、負けを悟った。
閻宇は黄皓の手先であり、これだけの行動を取れる人物が勅命によって手先の下に左遷させられたことを考えれば、もはや姜維が同じ行動を取ったところで、同様の末路を辿って終わることは確かであり、そればかりか反黄皓派の者が一掃される決定的な口実を与えるばかりである。もしそうなれば、全てが終わってしまう。誰も黄皓を止めることはできず、趙高に滅ぼされた秦の再現となってしまう。
しかし──現状では、黄皓と陛下を離し、黄皓を遠ざける術は見つけられなかった。
同年
陳寿は職務を地道によくこなしたことで、更に昇進をした。新たな彼の仕事は、諸葛瞻の主簿であった。
諸葛瞻の執務室に入り、拱手をして頭を下げた陳寿は、ビビり散らかしていた。これから、どれだけ心労がかかるような日々となるのか、戦々恐々するのも無理はなかった。
「直れ、陳寿よ」
「感謝致します」
「よいか陳寿よ、そなたがここに来たのは、私がそなたを指名したからだ」
「……何故……? ですか?」
「私には、そなたを指名する理由がある。かつてそなたは正しい推理をし、私に魏の降将を警戒するよう勧めたな。私はその頭脳と知見を買ったのだ」
「私より優れた人物など、どこにでも居ましょう。何故私なのですか。もはや夏侯覇は亡く、私は推理など、やめましてございます」
「そなたが辞めても、私が始めさせよう。私がそなたの上席ならば、そなたは私の命に従う他あるまい」
「私に……何を推理させたいのですか」
「私の敵の弱点だ」
「それはもしや、我が師譙周の弱点にござりましょうか。それならばこの陳寿、師匠を売る訳には参りませぬ。こたびの事は辞退し、名誉のために下野して田畑を耕して暮らしまする」
それは一世一代の宣言であった。全てのやりたいことを諦め、人生の道筋を変えてでも、師匠への忠義を尽くそうとした。
笑われるか、怒鳴られるか、はたまた殺されるか。陳寿は諸葛瞻の動向に覚悟を決めた。
「は? 何の話だ?」
反応は冷ややかに近いような、あるいは単に意味が分からなかったかのような、居心地が悪くなる一言だった。
「へ……?」
「何故私の敵が黄皓殿なのだと聞いておるのだ」
「違うのですか?」
「問いに問いを重ねるな」
「では師匠の味方なのですか」
「味方ではない。黄皓殿は皆に嫌われておる。私も例に漏れぬ」
「されば……本当に、私の頭脳を理由に……?」
「そう申しておろうが!」
諸葛瞻は陳寿を拳で殴りつけた。
「よいか、私の敵は……」
「お待ちください! 私に問いをさせてください。もう一人、漠然と心当たりがあるのです」
「ほう、されば問いをしてみよ」
「その敵というのは、宮中におりますな。さしずめ侍中で、陛下の寵愛を受けている。それ故、陛下を盾として自らが排斥されることがないと確信し、政を乱している」
「やはりそなたの推理、的確じゃ。当しく、私の敵はそういう者だ。名は黄皓。最も黄皓に近く、そして最も黄皓と敵対しておるのが、そなたの師匠だ」
「私にその黄皓を引きづり下ろす術を、見つけろと仰るのですね」
「そうだ、師匠のため、そしてこの蜀漢のため、そなたの才を用いよ」




