第三九話
姜維が漢中の西方にある沓中に駐屯し始めてから、姜維は蜀漢の中枢から切り離され、徐々に孤立していくようになる。その一方で、成都では陳寿が歴史の生き証人として、政の流れに注視していた。人事の結果に必然性が見られず頭を抱えていたが、次第に気づくようになる。
目に見えない因果がある──。
「朝廷の中に、敵がいる。国を富ませ、民に仁徳を施す政を歪める、そんな奴がいるんだ……!」
蜀漢という国、故郷があるこの場所が、一枚岩ではなく、歪さを持ち既に傾き始めている辺境でしかないことに気づき始めていた。この天然の要害に守られた成都でさえも、天に与えられた漢復興のための大地ではなく、ただそこに生まれて暮らしているだけの民と、大義のために、彼らから税を取って、名声を得ようとする名士が犇めくだけの街があるに過ぎないのだ。
政を歪ませるのは誰か。それは一人か、あるいは派閥か、あるいは全員か──。
いいやそれはないであろう。あれはど高圧的な呂乂であっても、皇帝陛下に対する敬意は強かったと聞く。そして諸葛瞻もまた、実際に会って言葉を交わした僅かな時間だけでも、彼が声望に見合った人格者ではなく、恐らく父の七光りと処世術だけで生きているだけの男だろうことは想像できるが、間違いなく国の為に持ちうる力を注ごうという愛国者であった。
そんな彼をも凌ぐほどの欲望の王様、それも陛下への忠義心や蜀漢復興への志を持たない欲望に取り憑かれた王様が、蜀漢の中枢にいるのである。国を食い潰そうなど、もはやそれは生きながら魂を失った鬼、人の形をした怪物であるように思えた。
「陛下への忠義心と、志を持たない者……俺じゃないか」
陳寿は、自らはその者と同じなのかと感じた。国に仕え、その禄を食みながら、朝廷の人事を疑い、国の大義を疑っている。陛下に対しては──いいや全くないではないか。自分が国を裏切る逆徒など、そんな杞憂は必要ない。
陳寿は陛下と、この蜀漢で生きる民に対しては、一切の敵愾心も、疑念もなかった。ただ己が役目を果たしながら、生きているだけではないか。そんな人々をどのようにして嫌うことができるだろうか。名士であっても、丞相諸葛亮のことを疑ったことはない。彼が私利私欲の為に蜀漢を戦に導いたとは思わない。
諸葛亮は、先帝が心身虚弱となった折り、太子が取るに足らなければそれに代わって即位せよとの命を受けてもなお、忠義の道を選んでそれを断った。そして先帝崩御後に、滅びるのを待つだけであったこの蜀漢を強国にし、出師表を執筆して、大義の為に生涯を費やした。
あの時、国の心はひとつであった。今はその巨星が堕ちて、内側にヒビが入ったに過ぎない。
「名士が悪と決めつけてはいけない。名家、儒者、武家。それだけで、人を区別することはできないじゃないか……。俺は見つけ出してみせる。蜀漢を乱す、怪物の正体を……!」
陳寿は人の記録、事件の記録の編纂と同時に、今目の前で創られている歴史を見逃さぬよう、表には見えない場所にまで意識を向け、宮廷内の小さな出来事にさえ注視した。
景耀二年 (西暦259年)
皇帝陛下は五男、六男、そして末子の七男を王に奉じた。劉諶は北地王、劉恂は 新興王、そして劉虔は上党王となった。これは、これまでお守りをしていた宦官が離れ、新たに教育係として名士や儒学者が付けられることを意味していた。
陳寿はそれを理解していた。しかしそれがどういう意味に繋がるのかまでは、彼の目で見られる範囲では想像することができなかった。
しかし翌年、陳寿は一つの仮説に辿り着くことになる。
景耀三年 (西暦260年)
王に冊封された御子たちにはそれぞれ、名士や儒学者が教育係として付いた。彼らは皆、師匠譙周を嫌う人物であった。
点と点を線で繋ぎすぎてはいけないとは分かっていたが、それを踏まえて仮説を立てるとするならば、こうなるだろう。
「師匠を邪魔だと感じる立場の者が、朝廷に住み着く怪物だとするならば……その者が師匠を消して、国の中枢を支配しようとしている。まごうことなき愛国者だから、師匠は野望に邪魔なんだ。敵は表舞台に現れない……ならば敵は……宮中にいる。師匠と張り合えるのは侍中の者であろうか……?」
陳寿は侍中が国を内側も内側というべき最も陛下に近い場所から、食い破ろうとしているのだと考えた。もしそうであるならば──近いうちに、表舞台でも、大きな人事の変化が現れると考えた。それはなぜか。陳寿の師匠譙周は費禕の時代に、余所者でありながらも皇太子の教育係に抜擢されるほどの才を持つほどの逸材でありながら、その圧倒的な忠義心から陛下の信任を得ており、朝廷、宮中の全てが師匠譙周を讒言しない限り、彼の存在が砦となって、野望を果たせないからだ。
景耀四年 (西暦261年)
陳寿の仮説は当たった。
この年、諸葛瞻は尚書僕射から平尚書に昇進した。そして諸葛瞻と董厥の政治的な姿勢にほとんど違いはなく、
諸葛瞻が怪物に飲み込まれ、師匠を加工ために存在したのだと察したのだ。
陳寿は師匠を助けるため、自らに何ができるのか考えるしかなかった。




