第三八話
景耀元年(西暦258年)
何事もなく通り過ぎたように見えた一年は、平和に見えてその実、内在的な暴力が表面化するための準備期間でしかなかった。延熙が終わり、景耀となってからの数ヶ月は不穏な日々が続き、突如として水面下で動いていた政争は、目に見える惨事として現れた。
尚書令陳祗が病没したのである。数ヶ月前に体調を悪くし、階段を転げ落ちたような速さで、この世を去った。その死に陰謀の匂いを嗅ぎつけた陳祗の一派もまた、相次いで世を去った。大物の死はいつも血に塗れた噂が絶えぬもので、その連続死は食に起因するものであるとされた。食客らと同じものを食していた陳祗が、食客や食を共にしていた仲間たちと相次いで死んでしまうことなど、考えられないことではなかった。
勘の良い者ほど、どんどんと口を閉ざしていくのである。古の宦官趙高が行ったとされる馬と鹿の問答のように、墓穴を掘って黄皓の魔の手にかかり、闇に葬られたくはないからだ。
黄皓は陳祗と似た侍中出身で陛下の信頼を得て寵愛を受けるという、似た立場にありながらも、対立しつづけていた。皇帝陛下は、そういった者たちを対立させ、権力の偏りを防ぐことを得意とする。その為、二人は蜀漢が地に足を着けて立つため、互いを補完し合う存在であった。だがその均衡は、蜘蛛によって壊された。宮中の戦は、相手への敬意を払えない卑劣さに満ちている。黄皓は、死んでいった敵たちに敬意など持つことはないし、時々嘲笑ってあげることが関の山で、普通は関心などなく、すぐに昔の存在として忘れられてしまう。彼は前だけを見ていた。皇帝の玉座が、また一歩、また一歩と近づいている気がしていた。
「かつて趙高は、始皇帝の亡きあと、遺書を改竄して有能な長男扶蘇を死に追いやり、無能な次男胡亥を操って、玉座を得た。しかし……胡亥の子供子嬰は操れず、やがて命を失った。子嬰のように外からの敵を招き入れるような輩は、この蜀漢にはない。私は……趙高になってみせる……!」
真珠の飾りを頬に擦り付け、自らの栄達を誇った。故郷の誰よりも、一族の誰よりも上へ登った自分を誇り、まだまだ上へと駆け上ってやろうという意思があった。
しかし黄皓の心にある喜びは一瞬にして消え失せ、怒りと憎悪が現れた。そして震え、顔を赤くしながら静かに笑い始めた。破滅の前のふっきれ笑いの様な、あるいは怒りのあまりに笑うしかなかったかの様な、おぞましい笑いであった。
「勝つのだよ……私が、一宦官が、人でも獣でもない宦官が……草花にも劣る命の軽さ、地面を這う虫より価値のない宦官が……全部を奪ってやるのだよ……ヌフフフフフフフフフ」
尚書令の後任は選ばれなかったが、尚書僕射の董厥が平尚書令として尚書令の代理につき、尚書僕射の諸葛瞻がそれを補佐する体制で、政が行われることとなった。
両人とも三十代と若かったが、両人ともに父が功臣でありながら、その面影を感じさせるほどの秀才であったことで、宮中ならびに民からも評価されていた。
無論、この采配には黄皓の力が介在していた。董厥は自身の才や父の功績が諸葛瞻に劣ることから、宮中にて存在感を増す黄皓に賄賂を送り、自分を諸葛瞻より上席にするよう頼み込んだいた。
黄皓は陛下に口添えし、この人事が確定した。つまり、董厥は陳祗と同じ轍を踏んでいた。しかも陳祗とは異なり、脅しで操っている訳ではないため、簡単に操ることができるのだ。
口利きの見返りに、家族や親類を人質に取ったのである。あとは、陛下が対立させ競争させるであろう諸葛瞻をも手中に収めてしまえば、あとは陛下に董厥と諸葛瞻という玩具を陛下に操らせながら、その陛下を操るのみだ。
「国を……奪うのだ。奪ってやるんだ……! ヌハハハハハハハ! !」
同年、姜維は政治が安定したように見えた矢先に、軍内にざわめきが感じられるようになった。亡き張嶷将軍の後継として南中地方を治めていた将軍閻宇が成都に現れたのである。
閻宇がなぜ現れたのかは、すぐに分かった。
「蜘蛛の足か……」
閻宇を北伐軍の指揮官に据える噂が飛び出し、それが瞬く間に真実味を帯びはじめると、姜維は軍内の秩序を守ることに尽力した。
姜維を頂点とした秩序が、軍内には構築されていた。それはたかが一、二年によって築かれたものではない。二十年以上、天下を揺るがす北伐で一進一退の攻防を行う中で築かれた、信頼の賜物であった。
年内には姜維に身の危険が及ぶような出来事が相次ぎ、姜維は軍を連れて、ほとんど無断で漢中へ向かった。
これは事後報告という形で上奏したが、姜維に叛意などないことを確信していた陛下によって追認され、閻宇は陛下によって東の対呉戦線の指揮を命じられ、副将に羅憲を連れて白帝城へと出向した。
これは黄皓にとっては、関与が疑われれば陛下の信頼を失いかねない大失態であったが、陛下は閻宇の人気が軍内を乱しただけであると解釈し、黄皓が糸を引いていた出来事であることにまで気づくことはなかった。




