第二四話
死屍累々とする成都は、訓練から戻った精兵によって数日かけて、瓦礫は片付けられ、亡骸は葬られた。この騒動は、魏の降将郭循や夏侯覇の存在に不満を抱き暴走した蜀漢兵によって行われたものとして処理された。成都守備隊の大規模訓練が蜀漢人ばかりであったことに端を発し、成都が魏人ばかり兵になったことで謀反を警戒した愛国の士が行ったものであるとして、騒動を引き起こした蜀漢人将兵の恩赦を求める声は多かった。しかし皇帝劉禅は、泣いて馬謖を斬った相父諸葛亮に倣い、騒動に加担した蜀漢兵を罰した。
また、謀反を鎮めた郭循は夏侯覇による推理が騒動発生時の迅速な対応に繋がったと主張し、夏侯覇の功績を認めて登用するよう求め、皇帝劉禅はこれを容れた。
夏侯覇は小屋を出て、宮中を堂々と歩いた。夏侯覇と直接会ったことがなかった者たちは、百日間も表舞台に姿を表さないことから、その存在を嘘のように思っていた。しかしその威風堂々たる姿を目にし、誰もが萎縮した。それは彼が魏人でありながらも、すでに皇帝劉禅によって寵愛されているという事実が周知されていたこともあった。
公の場で夏侯覇はよく人と会い、陛下への忠義を語った。また交友関係を結ぼうとし、人望溢れる将軍張嶷をよく賞賛した。張嶷との対面が叶った際は、わざとらしくも笑顔で接し、阿った。それは心の底から、この蜀漢の地に根を張るべく下手に出ているという訳ではなく、夏侯覇は居場所を作ろうとしているのだという風評を流し、国内から無用な懸念を断つ為であった。
「この夏侯覇、千里も離れた魏に居た頃から、将軍はお優しい御仁と思うており申した。それは正しかった。こうして、魏の降将という弱き立場の私と、こうして茶を飲んでくださる。まるで友のように慕っておりましたが、これから友になりたきものにございます」
「夏侯殿、天の道理に添って考えれば、離れて友のように慕うなど不自然だ。会って間もない儂にそこまで阿るような真似はおやめなされ」
「されど、本心にございます。あなた様の名声は、遠き魏の地まで響いており申した」
「戯れを申されるな。この張嶷、衛将軍殿の北伐には参加せず、この益州の南部南中にて、反乱が起きぬよう厳しく目を光らせて参ったのみ。幸い大きな反乱は起きなかったが、それ即ち、私の武名が遠き魏まで轟くなど有り得ないということだ。夏侯殿、司馬仲達は諸葛丞相をよく研究していたと聞くが……もしやそなたも私を狙うておるのか」
「滅相もございません。将軍は自ら申されたばかりでしょう。私は南中で目を光らせて参ったのみ、と。私に下心があるならば、あなた様ではなく、衛将軍かそれに近しい者に取り入ろうとするでしょう」
「一理あるな」
「私は将軍の御人徳に惹かれ、お慕い申しておるまでのこと。こうして友として茶を飲める幸福を、ただ噛み締めておるのです」
「夏侯殿、ご好意には礼をもってお応えしよう。されど、我らは初めて会い、初めて茶を飲み交わしたのだ。友情は千里の彼方にあり、我らはまだ友とは呼べぬ。願わくば今のお言葉、三年の後にまた聞きたい」
「されば、また茶を共に飲んでくださるということですな。それは、嬉しゅうございます」
夏侯覇のこうした動きは、国内に波紋を生んだ。その代表例は、譙周であった。
譙周は、夏侯覇の約百日ぶりの謁見を控える陛下に釘を刺した。
「宜しいですか陛下。夏侯覇はしたたかな男です。彼の者が陛下にお話したことと、我が弟子が百日掛け彼の者から引き出した話は違わず、魏での政変に偽りはなきものとございます。同時に、彼の者は人たらし。陛下はおろか、始めは夏侯覇を嫌い恐れていた我が弟子も、今や使命感を帯びて歴史を記す術を学ぼうと、竹簡や木簡を読み耽る日々です。決して有意義と思えても、彼の者の利益となりうる要望は、採用なさいますな。蜀漢と魏は、決して相容れぬものにございます」
「されど譙周よ、夏侯覇がおらねば、我らは魏の政変について知れず、姜維めの北伐を快く受け入れることも難しかったろう。姜維めがかつてそうであったように、夏侯覇もまた、魏の西方の土地や異民族に詳しく、北伐を成功に導くであろうぞ」
「それは結構。陛下が、手網を握るのです。彼の者は依然として魏人です。永久にその道理は変わりませぬ。陛下が国益の為に、彼の者を操るのです」
「しからば……朕は何をすべきか」
「まず彼の者が、魏の為に我が国を使おうという気持ちを削ぐのです。決して、彼の者を余所者のように扱われず、彼の者の居場所はこの蜀漢にあると、分からせるのです」
「難しいことを申すな譙周よ。夏侯覇は魏人故突き放せとも、魏人故包み込めもも聞こえてしまう。もっと分かりやすく申してはくれぬか?」
「宜しいですか陛下。彼の者はは陛下の親類にございます。官位や称号を得て功績を立てれば、すぐさま政の中枢に入り込みます。そして蜀漢に自らの派閥を作り出し、敵を排除した後、劉氏の皇帝を戴く夏侯氏の国として、この蜀漢を掌握するのです」
「覚えておこうぞ、譙周。なれども、朕はこうも思う。夏侯覇にそこまでの思惑はなく、ただ司馬一族に仇討ちをしたいだけなのだと。されど……朕は賢帝とは呼ばれぬ皇帝だ。そなたら中心の言葉を、身勝手に退けることはない」




