第二一話
夏侯覇の過去を、直接的過ぎず、退屈させない問いによって探っていく陳寿であったが、残された時間が少ないことから、その過去は彼の一生ではなく、ある時期からの過去に絞られた。
数年前の北伐から、夏侯覇が降伏するまでのあいだに魏でなにが起こったのか、その詳細を探るのだ。恐らくだが、それが皇帝陛下がお望みあそばされる働きであり、蜀漢の臣として尽くすべき忠義の行動であると、陳寿は信じた。
正始十年(西暦248年)(一年前)
姜維による北伐を退けた後、夏侯覇は将兵からの賞賛に感謝した。その中でも、誰よりもその活躍を賞賛したのは、征西将軍夏侯玄であった。
「仲権、こたびの戦における活躍、見事であった。そなたがおらねば、我が軍の損害は甚大なものであっただろう。亡きお父上も、黄泉の国でお喜びであろうぞ。我ら夏侯一族は、この時勢にあっても揺らぐことはない!」
夏侯玄は髭を撫でながら笑った。そんな夏侯玄とは裏腹に、夏侯覇は、ある言葉が引っかかってしまった。
「太初よ、この時勢にあっても……とはいかなる意味だ?」
「そうか、戦狂いのそなたの耳に、中央のことは届いてはおらぬか」
「何かあったのか、洛陽で」
「司馬懿を覚えておるか、あの老いぼれじゃ」
「無論、覚えておるぞ」
「倅の司馬師が今、朝廷で権勢を奮っているのだ」
「なんと……司馬一族に司馬懿ほどの傑物はなく、司馬懿めが耄碌し隠居した今、脅威にはなり得ないと考えていたのだが……」
「諸葛亮との戦を戦い抜いた先帝が薨られた後、司馬懿は幼き陛下の傅役となった。我ら宗室は曹真大将軍を急病で亡くし、その後を継いだ曹爽殿は我らと歳も変わらぬ中堅。未だ戦における功もなく、司馬懿の対抗馬にはなりえなかったのだ。次第に司馬懿は……我ら魏の宗室に不満を抱く漢の忠臣気取りの名士を取り込んだのだ」
「されど……司馬懿が隠居し政に関わらぬ今、名士らもまた、身の振り方を考えるのではないのか。何故だ。何故、戦功もない司馬師なんぞが権勢を奮えるのだ!」
不条理に怒り心頭の夏侯覇は、周囲の椅子を蹴飛ばした。怒りはまだ収まらなかったが、夏侯玄の目を見た時、自分よりも更に、心の中で怒りの炎が燃えたぎっていることに気づいた。
「よいか……司馬師、司馬子元は、我が妹夏侯徽を妻とする男だ。つまり彼もまた宗室に近い立場にある。そしてなにより、曹爽殿とは異なり、自らも司馬懿と共に出兵して手柄を立て、戦場で学んだ実績があるのだ。名士たる司馬懿の地盤を引き継いだ今、もはや司馬師は無視できぬほどの存在となってしまったのだ」
表向きは、幼き皇帝曹芳を共に輔弼する曹爽と司馬懿であるが、水面下では数年前より骨肉の争いが繰り広げられていた。司馬懿は魏で三代の皇帝に仕え、魏の国土防衛に奔走した男であり、多大なる功績からその手に権力を集中させた。しかしこの時期、司馬懿は既に齢六九を超えており、痴呆となり隠居生活を送っていた。薬を飲もうにもこぼし、訪れた皇帝の勅使の言葉を何度も聞き返すというのは、魏の誰もが知るところであった。
この時、倅の司馬師は中護軍として皇帝の膝元である洛陽の軍を統括する立場にあったが、それも司馬懿が亡くなるまでの天下であると、遠き西方にて中央の喧騒から離れて暮らす夏侯覇には、そう思えて仕方がなかった。
「私が……今もまだ中護軍として洛陽にて陛下をお守りする任に就いていられたならば……かような事態には……!」
夏侯玄は四年前に征西将軍を拝命し、西方へ赴任していた。これは度重なる蜀からの猛烈な侵攻を止める名誉ある職務であり、現在は都督征西将軍として郭淮が就任している地位である。
夏侯玄は当時、これが司馬懿ないし司馬師による左遷なのではないかと推察していた。
現にこうして夏侯玄が西方に赴任して以降、洛陽にて司馬師は、朝廷に仕える名士を介して、各地方の名士と懇を通じるようになっている。人材登用を行う際に用いる九品官人法は、地方名士の影響力が大きいもので、端的にいってしまえばこの時司馬師は魏国内の人事権の掌握に動いていると看做すことができる状態にあった。
「太初よ、曹爽殿では、洛陽で起きている不穏な動きを阻止できぬのか」
「難しかろう。曹真殿が今もご存命であれば……」
「司馬懿は、真の傑物であった。だが司馬師は……ただ名家に生まれただけではないか。私もまたかつてはそのように侮られた。刺史殿にも、かつてはそのように笑われたものだ」
刺史殿とは、雍州刺史郭淮である。子供の頃から郭淮とはよく接し、年の離れた兄のように慕ってきた。それは、父夏侯淵が討死したあの日からである。
数十年、共に戦ってきた郭淮も、数年前から距離が遠のいていた。
「太初、刺史殿の心は、既に魏には在らぬのか」
「この頃、刺史は鄧艾と仲が良いな」
「鄧艾……といえば、あの屯田の鄧艾か?」
鄧艾は、南安太守であるが、彼を説明する際に彼を最もよく表すのは、肩書きではなく、司馬懿によって取立てられ彼に忠誠を誓う男であるという性質であろう。諸葛亮の北伐を阻止した後洛陽へ帰還した司馬懿の命で、数年前から兵站や屯田の為に西方へ派遣されていた。だがしかし、それは表向きの理由であり、これは西方に司馬懿の影響力を残す為の策謀であった。
郭淮は夏侯覇と異なり、政に関わる刺史である為、洛陽の政争に疎いはずがなく、鄧艾がこの西方にいるその意味を理解していた。その上で、郭淮は鄧艾と懇意になり、互いをよく知る夏侯覇と距離を取るようになっていた。
ある時、軍営で郭淮と出会した夏侯覇は、挨拶を躊躇った。心の中に、もはや旧知の友として接することを拒む壁ができたことを自覚してしまった瞬間であったが、それに気づかない振りをして、笑顔を取り繕い声を掛けた。
「刺史殿! 夏侯覇が挨拶致します」
「仲権……殿。刺史殿などと、なんともよそよそしいではないか……」
口では距離を感じさせまいとする郭淮であったが、その声は小さく、目は泳いでいた。
それは病のせいであると、夏侯覇は自らにいい聞かせた。それは今までもずっとそうしてきたことであったが、いい加減、鈍感な振りをするのも限界であると感じた。これが、二人だけで行った最後の会話であった。
正史十一年(西暦249年)(数ヶ月前)
夏のことであった。夏侯玄は突如として、洛陽への召還命令に従い上洛するに当たり、征西将軍を解任された。
「太初! 何故そなたが雍州を……西方を離れねばならぬのだ!」
「落ち着くのだ仲権。これはかねてより、私が望んでいたことなのだ」
「どういう意味だ?」
「このままでは、魏の宗室は滅びるやもしれぬ。司馬氏の専横、目に余るものがある。曹氏の曹爽大将軍、そして夏侯氏の私で、専横極めし司馬一族を、蹴落とすのだ!」
「しかし太初よ、今や洛陽に味方はおるのか。行けば……ありもせぬ罪で捕らえられ、殺されるのではあるまいか……!」
懸念は当然のものであったが、既に夏侯玄の覚悟は決まっていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、と申すであろう。魏を宗室の手に取り返すには、もはやこれしかないのだ。刺し違えようとも、司馬師を……! 我が義弟を……!」
この年、夏侯玄の妹にして司馬師の妻であった夏侯徽は謎の死を遂げていた。これは司馬師による謀殺であると考え、夏侯玄は一族の為に義弟を誅殺する覚悟であった。
「太初よ……! 太初よ……!」
共に逃げよう。その一言を口にすることはできなかった。覚悟を決めた男のその決意を踏みにじるのは、何人にも赦されぬことである。
夏侯玄が去った後、都督征西将軍の地位に昇った郭淮によって、軍内に夏侯覇の居場所はなくなりつつあった。
不穏な気配が、夏侯覇の周囲を漂っていた。
そして遂に、訪れたのである。夏侯覇に届けられた書状には、洛陽で起きた惨状が記されていた。
それを目にした時、夏侯覇は絶句し、言葉がでなかった。
大将軍曹爽、太常夏侯玄を筆頭に、魏宗室は三族誅殺。つまり、一族郎党が罪人として斬首の刑に処されたのである。皆殺しの憂き目を逃れたのは、皇帝曹芳や夏侯覇など、数える程であった。
「連座……なんの罪だ。なんの罪だというのだ……!」
書状には、曹爽や夏侯玄による皇位簒奪を目論んだ謀反を察知した太傅司馬懿により両名が捕らえられたことが記されていた。
司馬師は洛陽にて三千もの私兵を密かに集めていた。魏帝曹芳と共に大将軍曹爽が、洛陽の精兵を引き連れ先帝が眠る高平陵へ参った隙を突いた、僅か数刻の出来事であった。
司馬懿の痴呆は演技であり、宗室排除の時を、虎視眈々と狙い続けていたのである。
しばらく呆然とした後、夏侯覇の胸中には苦い気持ちが広がった。面子など捨てて、あの時、夏侯玄へ一言「共に逃げよう」と告げられたなら──。
夏侯覇は魏を事実上簒奪した司馬一族に対する復讐を誓った。宗室の再興、曹氏と夏侯氏が再び天下に繁栄を願い、蜀への降伏を決行したのは、それから間もなくのことであった。




