神枷-13
――カチリ。
その音とともに、止まっていた時間が動き出した。
振り下ろされる変異種の巨大な前脚。
巻き上がる土埃。
リリアの悲鳴。
すべてが、一瞬でノアの意識へ流れ込んでくる。
だが――。
(見える。)
世界が、違っていた。
変異種の筋肉が収縮する瞬間。
前脚へ伝わる重心。
踏み込んだ後脚の角度。
舞い上がる土埃の流れ。
風向き。
魔力の揺らぎ。
すべてが一本の線で繋がるように理解できた。
決して時間が遅くなったわけではない。
自分の思考が、世界に追いついている。
(右へ半歩。)
(次に左へ一歩。)
(そこが、死角。)
考えるより先に身体が動いた。
ノアはリリアの手を強く引く。
「伏せて!」
リリアは反射的に身を低くする。
その直後、変異種の前脚が二人の頭上をかすめ、大地を砕いた。
轟音。
土煙。
しかし、二人は無傷だった。
「避けた……?」
レオンが息を呑む。
クラウスも目を見開く。
「今のを……読んだのか?」
ノアは返事をしない。
返せなかった。
あまりにも膨大な情報が、絶え間なく流れ込んでくる。
頭が焼けるように熱い。
(ここだ。)
変異種が着地した瞬間。
わずかに重心が前へ流れる。
その一瞬だけ、左前脚に体重が乗り切らない。
ほんの刹那の隙。
ノアは迷わず剣を抜いた。
ガレスと何万回も繰り返した素振り。
毎朝、毎晩積み重ねてきた一太刀。
それを、その一点へ叩き込む。
キィン――!
鋭い金属音が森へ響く。
刃は変異種の前脚を深く斬ることはできなかった。
しかし、関節の一点を正確に捉えた。
「グオォッ!」
変異種が初めて苦鳴を上げ、大きく体勢を崩す。
その場にいた全員が凍りついた。
「怯ませた……?」
セシルが信じられないというように呟く。
クラウスも驚愕の表情を浮かべる。
「あり得ねぇ……。」
あれほどの魔物が。
一年生の一撃で。
初めて足を止めた。
ノアは荒い息を吐く。
身体中から力が抜けていく。
(まだ……。)
(あと少しだけ……。)
神枷によって開かれた世界は、あまりにも鮮明だった。
だからこそ、それを処理し続ける脳と身体は限界へ近づいていた。
それでもノアは剣を構え直す。
その瞳だけは、まっすぐ変異種を見据えていた。




