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神枷を宿す少年は、大切な人を守るため剣を振る  作者: なごやかたろう
届かない剣

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9/13

届かない剣-04

 黒い獣が、ゆっくりと一歩踏み出す。

 ――ズン。

 地面が揺れる。

 ノアは小さく息を吐いた。

 怖い。

 逃げたい。

 それでも、父の教えを思い出す。


『足を止めるな。』

『怖い時ほど、よく見ろ。』


 ノアは木剣を構えた。

 父と兄と何度も繰り返した構え。

 毎朝、五百回。

 夕方、五百回。

 雨の日も。

 風の日も。

 熱を出した日でさえ、父に止められるまで振り続けた。

 誰にも褒められなくても。

 強くなりたくて。

 誰かを守れるようになりたくて。

 今日まで、一日も欠かしたことはない。


「ノア……。」


 後ろでリリアが泣いている。

 その声が、震える足を支えてくれた。


「大丈夫。」


 もう一度だけそう言って、ノアは地面を蹴る。

 父が教えてくれた最初の一歩。

 相手の懐へ飛び込むための踏み込み。

 小さな身体が、一気に距離を詰める。


「はあっ!」


 気合いとともに木剣を振り下ろす。

 狙うのは前足。

 父が教えてくれた。

 大きな相手ほど、足を狙えと。


 木剣は、狙いどおり黒い脚へ届いた。

 ――カンッ!!

 乾いた音が森に響く。


「え……?」


 手応えが、ない。

 まるで岩を叩いたようだった。

 黒い外殻には傷一つ付いていない。

 逆に衝撃が腕へ返り、ノアは思わずよろめいた。

 だが、止まらない。

 右へ回り込み、もう一度。

 今度は関節を狙う。

 ――カンッ!

 駄目だ。

 なら首元。

 ――カンッ!

 腹。

 ――カンッ!

 肩。

 ――カンッ!

 何度振っても。

 何度狙っても。

 何一つ通らない。

 黒い獣は、反撃すらしなかった。

 ただ静かに、その小さな剣を受け止めている。

 ノアの呼吸だけが荒くなっていく。


「はぁ……っ。」


 腕が重い。

 足が震える。

 それでも木剣を握る手だけは離さない。

 最後にもう一歩だけ踏み込んだ。


「うあああぁぁっ!」


 渾身の力で振り抜く。

 ――バキィッ!!

 嫌な音が響いた。

 折れた。

 木剣が、根元から真っ二つに。


 勢いのままバランスを崩したノアは、地面を転がる。

 肩を打ち、土にまみれながらも、すぐに起き上がろうとする。

 しかし、その前に黒い影が覆いかぶさった。

 見上げる。

 黒い獣が、すぐ目の前にいた。

 その巨大な前足が、ゆっくりと持ち上がる。

 初めてだった。

 獣が攻撃する構えを見せたのは。


 ノアは折れた木剣をぎゅっと握り締める。

 息が苦しい。

 腕も足も動かない。

 それでも、立ち上がる。

 立ち上がらなければ。

 守れない。

 その想いだけが、幼い身体をもう一度動かしていた。

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