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神枷を宿す少年は、大切な人を守るため剣を振る  作者: なごやかたろう
届かない剣

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8/12

届かない剣-03

 黒い獣は、道の真ん中に静かに立っていた。

 まるで最初からそこにいたかのように。

 紅い瞳だけが、じっと二人を見つめている。


「……どうして。」


 ノアは息を呑んだ。

 一本道のはずだった。

 ずっと後ろから追ってきていたはずなのに。

 どうして前にいる。

 理解が追いつかない。

 背中でリリアの身体が小さく震えた。


「ノア……。」


 その声で、ノアは我に返る。


「大丈夫。」


 反射的にそう答えた。

 だが、その言葉とは裏腹に、自分の鼓動は激しく乱れている。

 逃げ道を探す。


 左。

 深い茂み。

 子どもでは抜けられない。


 右。

 岩肌が切り立ち、人ひとり通れる隙間もない。


 前。

 黒い獣。


 後ろへ戻るしかない――そう思った瞬間。

 背後から、バキッという音が響いた。

 振り向く。

 倒木。

 さっきまで通ってきた道を、大木が塞いでいた。

 風で倒れたのではない。

 黒い獣の長い尾が、ゆっくりと揺れている。

 まるで、逃げ道を断つためだけに倒したかのようだった。


 ノアの背筋を冷たい汗が流れる。


「……うそ。」


 喉が渇く。

 息が浅くなる。

 目の前の存在は、本当に魔物なのだろうか。

 父が話してくれた魔物は、もっと本能のままに動く生き物だった。

 だが、これは違う。

 考えている。

 逃げ道を塞ぎ、獲物を追い詰めている。


「ごめんなさい……。」


 背中から、小さな嗚咽が聞こえた。


「わたしが迷子になったから……。」

「ノアまで……。」


 リリアの声が震える。


「ごめんなさい……。」


 ノアはゆっくりと首を振った。


「違うよ。」

「でも……。」

「リリアは悪くない。」


 そっと背中から降ろす。

 立とうとしたリリアは痛みに顔をしかめ、その場に座り込んでしまった。

 やはり走れない。

 ノアはその姿を見て、静かに息を吐いた。

 もう、分かっていた。

 逃げられない。

 どちらか一人だけなら。

 そう考えた瞬間、その考えを自分で打ち消す。

 違う。

 二人で帰る。

 二人とも、生きて帰る。

 それしかない。

 ノアは折れかけた木剣を握り直した。

 震える手に力を込める。

 その時、不意に父の声が脳裏によみがえった。


『ノア。』

『剣は勝つためだけに振るうものじゃない。』

『守りたいものの前で、最後まで立っているために振るうんだ。』


 幼い頃は、その意味がよく分からなかった。

 でも、今なら分かる。

 勝てるかどうかじゃない。

 逃げるわけにはいかないんだ。

 ノアはゆっくりと前へ出る。

 リリアを背中に隠すように。


「ノア……?」

「ここにいて。」


 小さく笑おうとした。

 でも、うまく笑えなかった。

 怖い。

 怖くて仕方がない。

 膝が震える。

 泣きたくなる。

 それでも、一歩だけ前へ踏み出した。

 黒い獣が、その様子を静かに見つめている。

 そして――。

 初めて、その口元がわずかに動いた。

 まるで、目の前の小さな少年を試すように。

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