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神枷を宿す少年は、大切な人を守るため剣を振る  作者: なごやかたろう
届かない剣

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6/11

届かない剣-01

 ――ミシッ。

 倒れた大木が、地面を滑るように崩れ落ちる。

 舞い上がった土煙が、夕日に染まった森をゆっくりと覆っていく。

 ノアは息を呑んだ。

 煙の向こうで揺れる、二つの赤い光。

 それは獣の目とは違った。

 まるで、燃え盛る炭火が闇の中に浮かんでいるようだった。


「ノア……。」


 背中から、リリアの震える声が聞こえる。

 ノアは振り返らない。

 握り締めた木剣に、じわりと汗がにじんでいた。

 やがて土煙が薄れていく。

 その姿が、ゆっくりと現れた。


「……っ。」


 言葉が出なかった。


 黒い。

 全身を黒曜石のような硬そうな外殻に覆われた巨大な獣。

 肩の高さだけでも、大人が何人も積み重なったほどある。

 頭には湾曲した二本の角。

 長く伸びた尾が地面をゆっくりと這うたび、乾いた土が抉れていく。


 何より恐ろしかったのは、その存在感だった。

 何もしていない。

 ただそこに立っているだけ。

 それだけで息が苦しい。

 胸が締めつけられる。

 足が動かない。

 心臓だけが、壊れそうなほど激しく脈打っていた。


 ノアは今まで父と何度も森へ入り、小さな魔物なら見たことがあった。

 角ウサギ。

 牙オオカミ。

 森熊。

 どれも怖かった。


 でも、目の前の"それ"は違う。

 同じ「魔物」という言葉で呼んでいい存在には思えなかった。

 黒い獣は、ゆっくりと顔を上げる。

 燃えるような紅い瞳が、まっすぐノアを見据えた。


 その瞬間。

 ぞくり、と背筋を冷たいものが駆け抜ける。

 逃げろ。

 頭の中で誰かが叫んでいる。

 逃げろ。

 今すぐ。

 ここから。


 それでも、ノアは一歩も動けなかった。

 いや、動かなかった。

 背中にはリリアがいる。

 その事実だけが、小さな足を地面につなぎ止めていた。


 黒い獣が、一歩だけ前へ踏み出す。

 ――ズン。

 地面が揺れる。

 木々が震え、枝葉から無数の葉が舞い落ちた。

 続いて、もう一歩。

 ――ズン。

 それだけで、近くの細い木が根元から音を立てて倒れた。


 ノアは木剣を握る手に力を込める。

 震えは止まらない。

 手も、膝も、声も。

 怖い。

 怖くてたまらない。

 それなのに、不思議だった。

 逃げようとは思わなかった。

 守らなきゃ。

 その気持ちだけが、恐怖より少しだけ強かった。


 その時だった。

 黒い獣が、不意に動きを止める。

 紅い瞳が細くなり、じっとノアを見つめる。

 まるで何かを確かめるように。

 長い沈黙が流れる。

 風ひとつ吹かない森で、ノアはごくりと唾を飲み込んだ。


「……なんで。」


 小さく漏れたその呟きに答える者はいない。

 だが次の瞬間――。

 黒い獣は低く唸り声を上げると、大地を揺らしながら、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。

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